その後、本当にお茶会になってしまった。
なんでこうなるんだろう。
ぼんやりと、遠坂とイリヤスフィールの魔術談義を聞き流しながらそんな事を考える。御三家が集まって聖杯戦争中にしていることが話題が少々逸脱しているとはいえ只の雑談。すっと、紅茶のおかわりをごく自然に注いでもらいお菓子を手に取る。いくつか食べて分かったが、これ、新都の店の奴だ。名前なんて言ったけな。
結局思い出せなかったが、お貴族様の舌を納得させるとは、店主が聞いたら泣いて喜ぶだろうな。
「―――ん、お客さんみたいね」
ふと、イリヤスフィールが呟いた。
特に物音も何もしなかったが、陣地内での人の出入りくらいは認識できるということだろうか。かちゃりとカップを置いて、立ち上がると
「じゃ、ちょっと失礼するわ。すぐ済むと思うから」
部屋から出る直前、私を振り返って
「シン―――斃してしまっても構わないんでしょう」
「やれるものなら」
「ふふ、バーサーカーはね、強いんだよ」
そう言ってイリヤスフィールは出て行った。
ギルガメッシュめ。来るのが遅いな。
唐突に遠坂は私に質問をぶつけてきた。
「ねぇ慎、私って何でそんなに貴方に恨まれてるの」
「分かってるんじゃないの。私たちはどっちも御三家の一。どちらも魔術師の家系の長女。なのに、あなたに魔術の才能があって、桜にも好かれている。たぶんだけど、衛宮もあなたに好意を持っている。――――要するに私にないものばかり持っているのが憎いのよ」
「そんなこと?」
「―――私の今までの人生で欲しかったものは何もかも全部、今あなたが持っているのよ。あなたがいなければ桜は間桐に来なかった。私と桜はきっと友達にだってなれた。衛宮と三人で今でも弓道部に居る事が出来た。あなたが居なければきっと何もかもうまくいった」
「だから今から私を殺すの?」
「そう、きっと今からでもあなたが消えれば修正できる」
「そう」
「そうよ」
「そうなの」
「そうよ」
「本当に?」
「そうよ」
「――――嘘吐き」
「なにが」
「自分もだませない嘘で私を騙そうとするんじゃあないわよ。失礼ね。そんなに頭悪そうに見える?私は貴方の事大嫌いだけど別にバカだとは思ってない」
「何言ってるの。私は本心、そう思っているのよ」
「―――意地っ張り」
「ふん」
「慎、戦争が終わったら、多分私たちのどちらかは死んでいるんでしょうね」
遠坂は囁くようにそう言った。
「そうね、多分ね」
「たぶん私が残るんでしょうけど、その時は桜のことは心配しないでも私がなんとかするわ」
「たぶん私が残るんだろうけど、その時は桜のことは今まで通り私が面倒みるから安心しなさい」
「―――そうね」
「―――そうよ」
「どちらが残っても」
「桜は不幸にしない」
言って、
お互いに笑い合った。
記憶を探るまでもなく
初めてのことだった。
ドオンと、城全体に大きく音が響いた。
階下で巨人の唸り声が響いている。
後ろにいたはずの女性たちはいつの間にか消えている。私と遠坂はどちらともなく部屋から出て音のした方向に向かう。たどりついた頃にはすべてが終わっていた。
見る影もなく破壊された装飾品の数々。
破壊されつくした階下。
上半身をなくし無残に横たわる巨人の遺体。
壁に磔にされたまま絶命している女性たち。
胸に大きな風穴を開けて死んでいるイリヤスフィール。
手に血濡れの心臓を持つ唯一の生存者ギルガメッシュ。
私の横で口惜しそうに唇を噛む遠坂。
「さぁ、迎えに来たぞ、シン」
「―――遅いのよ、ギルガメッシュ」
一歩階段を降りる。
「慎」
一歩階段を降りる。
「慎」
一歩階段を降りる。
「慎」
一歩階段を降りる。
「慎」
立ち止まらず振り返らないまま
「遠坂、さっきの約束、忘れないでよ」
「ええ」
「アーチャーとはどうなったの」
「ふん、あの贋作者なら中途で離脱したわ。王を前にして逃げ出すのは当然と言えば当然だが仮にも英雄と呼ばれたのならば無様この上ない。次にあったときは必ず仕留める」
森の中、先行して歩いていたギルガメッシュが立ち止まりこちらを振り返る。
赤い眼がこちらを見る。
手には先ほどまで話していたイリヤスフィールの心臓が。
「貴様は魔術師になりたいのだったな」
「ええ」
「命も惜しくもないのか」
「ええ」
「手段は選ばぬな」
「ええ」
「どのような手段でもか」
「―――しつこいわね、ギルガメッシュ。マスターとして命令するわ。やりなさい」
「―――よかろう」
あとは夢と同じ。
泥に埋もれて意識が沈む直前、
――――バカだな
と、あのノイズが今までで一番クリアに聞こえた。
Interlude in
ランサーは不満だった。
自分がこの戦争に参加したのは何より戦うためである。血沸き肉踊るあのひりひりとした感触を再び味わうためであるのに、現在の彼のマスターはまず諜報に徹しろと言ってきた。しかも令呪を使ってだ。
そして今、彼との雌雄を決しかけていた侍がその姿を徐々に薄れさせていっている。
「すまぬな、ランサー。どうやらあの魔女めは退場したらしい」
「くそ―――!またかよ」
「そう残念がるな。このような亡霊にかかずり合わずとも、この聖杯戦争、いくらでも強者はいるだろう」
「だからってお前との勝負を無しにされるのはな、もったいねぇよ」
「嬉しいことを言ってくれる。ではな、ランサー」
アサシンはそれだけ言うと未練もなく消えてしまった。
あとに残るのはやり切れぬ憤りを感じる槍兵が一人。
とはいえどうしようもなくマスターの本拠地である教会に帰還する。
が――――
「おいおい、何であんなにボロボロなんだよ」
教会の一キロほど手前で歩いている衛宮士郎とセイバーを見つけこっそりとため息をつく、ついていない。ひそかに楽しみにしていたセイバーとの戦闘。一度目はライダーとの共闘を警戒していったん引いたがその結果がこれか。
見た限りでは消耗は激しくまともに武装することができるのかどうかすらあやしい。
本当についていない。
「―――とはいえ、機を逃すのはさらにもったいない」
すっと、彼らの前に降り立つ。
即座に武装を編むセイバーと手にあの弓兵のものとそっくりな双剣を握る衛宮士郎。
心のうちでぱちぱちと拍手をうつ。
大したものだ。
どちらも満身創痍。今戦うよりは次戦うために逃げた方が賢明だろうに、そもそも敵を前にして引くという選択肢は無いらしい。できれば万全でやりたかった。槍を構えて二人を見据える。ひゅっと、息を吐き突きを二人に同様に繰り出す。
一合
二合
三合
衛宮士郎が膝をつく。
四合
五合
六合
七合
セイバーの肩を穿つ。
八合
九合
セイバーがだらりと両腕を下げ不可視の剣をとりこぼしたのかがらんがらんと金属音のみがあたりに響く。
十合
武器をとりこぼしもはや徒手空拳のセイバーがあり得ないはずの十合目をその甲手で受け流す。
「―――っは」
さらに突きを重ねるがことごとくを防がれる。
「―――――はは」
本来剣技をもっとも得意とするゆえのセイバーが拳技をもって槍を迎える。
「―――――――ははっはは!楽しいなぁ、おい!」
「―――痴れ者が」
セイバーは苦々しげにつぶやくとその武装を右手の甲手を残して解除する。
「―――ぬ」
槍の嵐をかいくぐりランサーに肉薄する。
魔力放出。
そもそも体格で劣るセイバーがバーサーカーに抗するほどの肉体能力を発揮しうるその能力。武器、肉体に魔力を通し単純な、それでいて圧倒的な強化を図る。その実肉体の修復以上の魔力を要する鎧を捨て、その分の魔力をすべて体に注ぎ込む。そして目の前に迫るランサーに渾身の一撃を加えんと腕を―――
「なめるな、セイバー」
「が―――!?」
ずぶりと防御を解いていたセイバーの胸元に槍の石突がめり込んでいた。ランサーは片足を大きく引き自身の体を支えに、石突を起点とするセイバーの拳に乗るはずだった推進力をすべて受け切った。
つまり、セイバーの有するエネルギー全てをセイバー自身にたたきつけた。
ずぶりとセイバーの胸から槍を引き抜く。石突が深々と刺さるほどのセイバーの勢いはセイバー自身を深く穿っていた。気道を傷つけたのかごぼごぼと血の泡をはき息苦しそうに顔を青ざめている。
「騎士が剣を持つように、槍兵は槍を持つのだ。己の武器の扱いなどとうの昔に極めている」
「――――」
言葉を返そうにも血があふれるばかりで言葉にならない。
ランサーの足もとに崩れるセイバー。
放っておけば回復してしまうのだろうが、彼には制約が一つ科されている。
『一度目は倒さずに生還しろ』
そして彼がセイバーと対するのはこれが一度目。
「仕方ねえよな」
また、溜息をついてから、帰ろうとしてふと、あの少年がどうしたのか気になった。
どこにいる?
辺りを見回すが見当たらない。
「逃げ出したか―――」
そう判断してランサーは考えるのをやめた。
これは無理からぬことである。
彼は衛宮士郎を知らない。
最初の出会いは夜の学校。只の一般人として始末した。
二度目の出会いは彼の家。セイバーのマスターであることを確認しただけ。
そして三度目。サーヴァントの攻撃を三度受けたこと評価すべきだろうが、結局倒れた。
彼の槍、魔槍・ゲイボルグ。
師匠にして影の国の女王スカサハより貰い受けたこの槍は刺し貫いた相手の体内より千の棘を生やす。只の人間なら即死。もっても致命傷に変わりはない。
だがしかし、彼は衛宮士郎を知らない。
ことセイバーを伴連れとする衛宮士郎に対しては致命傷程度では足りない。
「―――?!」
闇の向こうにこちらに迫る何かを視認した。
即座に起動と除けかたが頭に浮かぶ
矢除けの加護。投擲物に対してその軌道と除けかたが分かる、ランサーのクー・フーリンとしての固有スキル。飛んできた方向は衛宮士郎が倒れた方向でもなくセイバーの方向でもなくまったくの別方向。そうこうするうちに矢が―――いや、あれは。
「ちぃ―――!!」
全速でその場から離脱する。
直後爆音があたりを包む。
わずかに有効圏内から離れたランサーの目の前にはセイバー担いだあの赤い男が立っていた。左には衛宮士郎が血だらけになりながらも並んで立っている。いくらか傷ついてはいるものの戦闘に支障があるようには見えない。
「貴様、アーチャーだったか」
「む?そういえばお前は知らなかったのだな」
「ふざけたやつだ。弓兵の癖にあの剣技かよ」
「なに、芸は身を助けるというのだよ、この国では」
肩をすくめながらそう言うとセイバーを下ろし、ランサーに向かって歩いてくる。
「お前はそいつらと組んでいるのか」
「いや?だが、こいつは義理堅いのでな、恩を売っておけば必ず返す。まぁ押し売りだがね」
「恩とは、どういうこった」
「つまり―――」
双剣を両手に握り、構える。
「貴様を倒して」
じりじりと、間合いを詰めていく。
「こいつらを助ける。どうだ、いい恩だろう。それとも、こう言えば良いか―――あのときの続きをしようじゃないか、ランサー」
「――――っは」
軽く笑う。
本当についている。
ランサーがアーチャーと対するのはこれが二度目。
一度目の攻防ではすわセイバーかとも思ったが蓋を開けてみれば件のセイバーは既に死に体。そしてあの晩と同じ双剣を持ってあの晩のように自分と対しているのはやはりあの晩と同じ奇妙な弓兵。
セイバーが剣を持つように、
ランサーが槍を持つように、
アーチャーもまた、弓を持つのが道理であろうに、この弓兵は剣を持つ。
彼自身の発端がそれであるかのように武器としてではなくその身の顕現とするように剣を持つ。
――――まあ、いい。所詮は瑣末事だ
そう、常道には嵌らぬ相手などいつものこと。
それらのことごとくを打倒してきたからこそ自分は今ここにいる。
「―――派手に行こうぜ、アーチャー」
大きく跳ね上がる。
キャスターが消え、アサシンが消え、セイバーもほどなく消えうせるだろう。
ならばもはや出し惜しみなどする事もない。
出来るだけ派手に、しかし早々にケリをつける。
「ゲイ――――」 「―――――I am the bone of my sword」
「――――ボルグ」 「ロー・アイアス―――――」
ランサーの手より放たれアーチャーの心臓へと因果を向かう必殺の魔槍。
アーチャーの眼前に展開される七枚の花弁。
まず心臓を貫くという「結果」に追随して「過程」を生成する因果律逆転の槍。
トロイア最強のヘクトールの投げ槍を唯一防いだ七枚重ねの牛皮の盾。
貫けぬものの無い矛。
防げぬものの無い盾。
絶対矛盾。
軍配は―――――矛に挙がる。
「ちぃ―――!」
七枚の花弁をすべて砕かれたアーチャー。
あの槍を防ぐには同等以上の神秘を持って迎撃するか運命を捻じ曲げるほどの幸運を持つか。しかし、領分ではない防具の投影で魔力は尽き、彼自身の幸運は最低ランクのE。
如何にすべきか。
もはやその程度の時間もない。
さて、ここで唐突だが、幸運とは何だろう。
いわゆる強運。
間違いではない。
いわゆるご都合主義。
概ねずれてはいない。
つまりはすでにして確定しているはずの「結果」の書き換え。
それをしてこその幸運だろう。
つまり――――――――事象を望むとおりに修正する。
「――――セイバー」
アーチャーの心臓を貫くという「結果」を持つ槍はその方向をセイバーは己の心臓に向けさせていた。目の前のセイバーに深々と刺さった槍は明らかに致命傷、只でさえ危うかった存在が急速にその濃度を下げていく。
「君は、何を―――」
「アーチャー、シロウを頼みました」
それだけ言うとあまりにもこれもまた潔くセイバーは消えうせた。
アーチャーは手を伸ばし、つかみ損ねた
救えなかった。
何度目だろう。
死に際に呪いを掛けられるのは、これが二度目だった。
「く――――大した呪いを残してくれる」
一瞬だけかつてに立ち戻りかけた自身を鼓舞し、こちらを睨むランサーに対しいつものように皮肉な笑みを浮かべながら
「今更に負けられぬ理由が出来た――――その首もらうぞ」
「っははははははっはあはははっははは!!その程度では負けてやらぬさ!テメェもこの場で果ててゆけ!」
再び、ぶつかる。
Interlude out
たゆたう泥の中ノイズの主との初対面
――――はっはっは! うひょークカカコココキイキイ!
ようこそなんかうちのご先祖が造っちまったミステリアスな不思議空間へ!
そのけたたましさに正直面喰う
――――んだよー、反応うすいなぁ。んー、みてよこのドロドロとした悪辣な構成。
流石はこの世全ての悪。並じゃねぇー
なんなんだそのハイテンションは
―――――うむ、いわゆる並行世界の間桐慎二達の意識集合といったところだからね、見て見てハイブリッドな僕。記録が多すぎで修理しきれねー。しかし女になった程度じゃ僕らの運命は揺るがないのな。少なからず期待してアドバイスもしてきたのに
あれがアドバイス?単に茶々を入れただけじゃないの
そもそもそれならもっとはっきりと忠告しなさいよ
――――世界の壁というのはそれこそ魔法でも使わない限りは越えられないほど厚いのさ。僕等は同じ起源、同じ魂を持ち、その上時間も空間も無視できる場にほぼ同じ時期に行き着くからこそ似通った状況に限定してとはいえ交信することができたわけだが、あれでも結構無茶なことなんだぜ。その上、君は間桐慎二としては本来外れた可能性だ。
ふん、私たちのベースはあくまで間桐慎二という男性体だというわけ
――――その通り。並行世界が無限にあるとはいえあり得ないことはあり得ない。間桐慎という可能性はこの世界だけか、あってもあと一つくらい。世界の支流としては無視しても良いくらいの少なさだ。逆にだからこそ、大局の運命からも外れやすいとも考えたんだけど
さっきも言ってた運命ってどういうことよ
――――たとえばギルガメッシュにアインツベルンの心臓を埋め込まれるルートは割と多い方だったりする。とはいえ、全体の一割程度、残りの九割は早々に殺されてしまう訳だし、この後生き残る確率もそう高くないけどね。
原因は色々あるけどともかくとして僕たちは基本的に三月を迎えることはできない。で、無限の並行世界から根源の渦に還る筈の間桐慎二が目詰まりして引っ掛かった残滓の塊が今の僕の形という訳だ
私は生き残るよ
―――――ぜひそうあって欲しいけどね。僅かばかりにまともに勝ち抜くってのも期待のうちだったんだけど結局は多数派のルートに落ち着いてしまうんだな。
この後は大抵遠坂がこっち、衛宮がギルガメッシュに向かうんだが……
少しは変わってるがこれも大して意味はないか?
どういうこと?私にはあなたの声しか聞こえない
――――それは君が情報を処理しきれていないからだ。今この瞬間においては柳洞寺は僕らの胃の中だからね。たかだか二つの眼球での情報に慣れ切った意識じゃオーバ ーフローを警戒して回路を遮断しちまう。僕等はもうそういうふうにしか世界を見ることはできないんだけどね。
……衛宮はここにいる?
――――頼むからその質問の仕方はやめてくれ。亡くした体に虫唾が走る。ああ、いるな、満身創痍ではあるが。なんでかアーチャーと連れだっているな。二人ともが死に体だ。何だろうな、セイバーと揉めたとしたら衛宮ついてくるのもおかしいし……ふぅん。少しは干渉出来たってことか
なんとか、見せて
――――どっちかだな、アーチャーと衛宮。対象を二つに絞ってもまだ認識しきれない。衛宮はこっちに向かってる。アーチャーは、ああ、ギルガメッシュに対するか。大丈夫なのかね、あれで。さ、どうする?
ギルガメッシュの方を
――――衛宮も命をかけてるのに報われないね。ま、それもアイツらしいか
ぱちんと
目の前に火花が散るようにして、泥の中に外部が投影される。
アーチャーはまさしく満身創痍。
腕は風に揺られるぼろきれのようだし、右眼はつぶれている。
左足を引きずって体にもところどころ穴が空いている。
対するギルガメッシュは不遜に腕を組み
「そのような薄汚れた格好で我の前に立つでないわ、疾く去ね、フェイカー」
「なに、天敵と獲物のハンデはこれくらいで丁度よかろう。正直に言うとさっさと貴様を殺して座に帰りたい。結局この世界もまたハズレだ。あの衛宮士郎はこちらには届かぬとんだ欠陥製品だ。―――行くぞ英雄王、武器の貯蔵は十分か」
そしてアーチャーの世界がこの世界を侵食する。
奇妙な呪文とともにあらわれた天頂に錆びた歯車を掲げる剣群の丘。
ああ、よかった。
あの衛宮が、私が関わらなかった衛宮だというのなら
私の衛宮はこんな風にはならないのか
そしてアーチャーとギルガメッシュが互いに互いを消滅させるために動き出した。
結果、ギルガメッシュは剣がつきアーチャーは命をすりつぶした。
もはや維持できなくなったアーチャーの世界は砕け彼らはこの世界に立ち戻る。
ギルガメッシュも相応の傷は負っているが初期条件が悪すぎたのかアーチャーに比べればほぼ無傷と言っても差し支えない。それでも彼と相対した時点でそもそも戦えるような状態ではなかったことを考えれば賞賛に値する戦果だ。
だがそれでも、あと三分もすればアーチャーは消滅するだろう。
結局、負けたのだ。負けて、果てるのだ。
だけど、それでも、アーチャーはかろうじて動く右腕に弓を持ちあの螺旋状の剣をつがえギルガメッシュに向けて口で引き絞る。
突然、アーチャーの背後に孔があきその中に落ちるように吸い込まれる。なるほど、胃袋の中とは言い得て妙。まさしくアーチャーは喰われたわけか。これで本当に―――
「―――投影、終了」
閉じかけた孔からアーチャーの声が響く。
同時に、釘剣がギルガメッシュの肩を貫いていた。そして、釘剣につながれた鎖は当然のように孔から伸びている。何の神秘も持たない只の武器ならば残り滓程度の力でも十分だということか。
ふん、贋作者め。ギルガメッシュの言い分が良く分かる。これは不愉快極まりない。
お前なんかがソレを使うな。
「攻めるも守るも半端どころかまるで役立たずだとは思ったが、捕獲用としては悪くない」
打ちこんだ釘剣を楔にアーチャーが孔から抜け出そうと鎖をたどってくる。
その顔はまさしく死人のそれだが、不遜な表情はそのままだ。
「遠慮はいらんぞ、ギルガメッシュ。こっちに来い」
「黄泉路へは一人で行け、贋作者」
つまらなそうに肩の釘剣を引き抜こうとしたままの姿勢でギルガメッシュが、まるで彫刻の様に動きを止める。見開かれたその眼はアーチャーの更に向こう、まるで中天の何者かを睨みつけるようにしている。
「蛇めが――――!」
呟くと、硬直した体が孔の吸引力に負け体勢を崩しそのままアーチャーもろとも孔に吸い込まれるように消え、孔自体もすぐに消えてなくなった。もはや、彼らの戦いの跡すらも残っていない。
飲み込まれる寸前にアーチャーは確かに笑っていた。あいつにとってはこれで上出来なのだろう。それはいずれ消えてしまうサーヴァントしてでなくとも例え、生前であろうと自分の命程度と引き換えに何かを達することができるのならためらいなく投げ捨てる。おそらくあいつはそんな風にして、そんな風だったからこそ、英雄に、英雄なんかになってしまったのだ。
まったく、最初から最後まで心底腹の立つ男だった。
―――――ふぅん。こうなったか。さて、衛宮は、ああ、まだあんな所か。やれやれ、どうしようもない愚図だな。こんな泥、遠坂ですら渡れるというのに。
衛宮……!!
泥をかき分け衛宮がこちらに向かってくるがその歩みはまさしく牛歩の如く、アーチャーほどではないにしてもその体は動きまわっていいようなものではない。それでも衛宮はこちらに向かってくる。まるでアーチャーのように自分の命は勘定に入れる必要はないというように。
泥を通して衛宮の思考がこちらに伝わってくる。
――――慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎慎!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
泥に侵された影響か、衛宮の思考は一本化されもはや目的のために或いは正義の味方という呪いのための人形のように狂ったように私の名を叫び続ける。
衛宮、衛宮、バカめ。引き返せ。引き返せ。引き返して……!
――――バカだな、あいつの馬鹿さ加減は身にしみてるだろう。あいつはああいうやつだよ。アーチャーと違うのはまだ矯正が利くって所だけだ。ほら、そうとなれば君の言うことは決まってるだろう。
ああ、そうだ。そうだった。いつもそうだ。私が衛宮にするべきは嘆願ではなく――――
「私を助けなさい、衛宮」
「――――――――――慎!!」
「遅いよ、バカ」
泥の中、周りを押しつぶされそうになりながら衛宮と手をつないだ。
間桐慎二の声はまた只のノイズのように掠れて遠くなり私が泥の中から目覚めたからか途切れ途切れにしか聞こえなくなっている。
――――最後に忠告だ。
桜には気をつけな
それを最後にノイズは消えた。
「出るぞ、慎」
「うん」
頷き、周りに迫る泥をかき分けながら外を目指す。だが、泥はどんどんと量を増し再び核である私をおさめようと流動を繰り返す。
と、天頂から、泥に隠れて見えるはずもない天頂から、聞こえるはずもない声がした
―――――ベルレフォーン
彗星は空から落ちてくる。
そんな当たり前のことをそういえば私はここのところすっかり忘れていた気がする。
泥を焼きこちらに向かう彗星に私と衛宮は抱きかかえられその場を脱した。
彗星を駆る女性は生えそろった両腕で私を抱きしめながら
「ああ、やはり慎は可愛い」
なんてどうでもいいような事をこの上なく幸せそうにつぶやいた。
だから私は彼女の名前を呼んだ。
「ライダー」
「はい」
さて、後日談
あれから一週間、私は魔術協会の手の入った病院で衛宮とベッドを並べて寝ている。私は身体的外傷はないものの無理やりに通された魔力の影響で神経が断絶し脳味噌からの指令を首から下に伝えてくれない。
対する衛宮は身体的外傷だけだがもはや両手両足は言うに及ばず胴や首にまでギプスを巻かれ身動きできない状態にある。日々「鍛錬がしたい」とぼやいている。私としては一日中衛宮がそばにいることに結構満足しているのだが。
今日も今日とて暇にあかせて雑談に興じていたが、不意に衛宮が
「なぁ、慎。俺は正義の味方になれるかな」
一瞬、孔に飲み込まれたあのなれの果ての背中が走った。
口の中に張り付きそうな舌を動かして問い返す。
「今更どうしたの。飽きたの?」
「そうじゃないけどさ。こう、身動きが取れないと変な方に思考が回るんだよ」
なるな。ならないで。そんなものにならなくてもいいから、私から離れないで、私の手を握っていて。
そんな叫びが頭に響く。だから、いつか言った答えをそのまま与えた。
「今のまま、バカなままなら、なれるんじゃない?」
バカとは何だと、衛宮が笑交じりに文句を言ったところで今日初めての来客を告げるノックにつづいて引き戸が静かに開けられて
「や、元気か。間桐―――衛宮はそれいつになったら取れるんだ?」
なんて言いながらやってきたのは美綴綾子だった。
手にはフルーツが山と入ったバスケット。
「弓道部の方からの見舞だよ」
「何でメロンが入ってないのよ」
「気持ちを受け取れよ。ふうん、結構元気そうだな」
「全然、動けないのはつらいわね。それにしても美綴」
「うん?」
「何であんたがくるのよ。私のこと大嫌いなんでしょ」
「……あのなぁ、いくら嫌いだっつってもそんな死にそうな目にあったなら普通心配するだろ?フツーだよ、フツー。別にあたしが聖人だってわけじゃない」
「あっそ―――ねえ、こないだ私、武道は人殺しの予行演習だって言ったでしょ」
「ああ、確か精神鍛錬のためだって言ったのに返してな」
「あれ、嘘。私は只の暇つぶしだと思ってる」
「ああ、そう。実はあたしもな、美人は武道を嗜むべしっていう信念に基づいてるだけだ」
「なにそれ」
「だから信念、弓道にしたってやったことがないからやってるだけで思い入れもない。ま、何にしろ、学校の部活動レベルで精神鍛錬とか人殺しとか、お寒いだけだよな。そういうこと言っていいのは中学生か達人だけだよ」
いって、はははと笑ってから美綴は病室を後にした。
続いて入ってきたのは遠坂だった。
「まだ起き上がれないの。いい気味」
「聖杯戦争が終わる時にねこけてただけあって元気そうね」
「あ、あれはアーチャーが……まぁ、いいわ。早く退院しなさいよね。桜が寂しがってるわよ」
「できるならね。どう?間桐の家は」
「臭いし暗いし、もう最悪。今リフォームの最中よ。家のほうも早いところ掘り出さないといけないものとかあるんだからいつまでもこっちに関わってるわけにもいかないんだけどね」
「ふふ、がんばってね。メイドさん。私が帰るまでには終わらせておいてよ」
「だから、私は只の居候!」
叫んで出ていく遠坂。
次に来たのはライダーと桜だった。
ライダーは肩をいからせながら出て行く遠坂を不思議そうに見ながら
「リンは何を怒っていたのですか?」
「さぁ?それよりライダー、無暗に吸血してないでしょうね」
「大丈夫ですよ、あれ以来シンからは安定して魔力が流れてきてますから」
「ならいいんだけどね。退院したら今度こそ、街に行きましょうね」
「それには先輩や姉さんが早く退院しなくてはいけませんよ」
「わかってるわよ、桜。どう?遠坂とはうまくやってる?」
「はい、昨日はいっしょにお風呂に入りました」
「そ、羨ましいわね。ライダーから聞いているかもしれないけど私たちが退院したら一緒に街に行きましょう」
「はい、楽しみにしています―――姉さん少し外に出ませんか?今日はいい天気ですよ」
「そうね、入院してからずっとベッドの上だったし。じゃ、そこの車椅子とって」
はい、といって桜が車椅子を広げる。
そこにライダーが人形でも抱くようにそっと私を抱き抱え座らせる。
桜は車椅子の取っ手を持ち
「それじゃ、姉さんを借りていきますね。先輩」
「おう、気をつけてな」
「ライダーはどうする?」
「今日は新刊の発売日ですので」
「そう。あんまり使いすぎないようにね」
病室で別れてライダーは右、私と桜は左に行った。
ごろごろと車輪が廊下を転がる音が響く。
エレベータを通り過ぎ、階下に続く階段の手前で桜は車椅子を止めた。
数えてみれば、何の暗示か13階段。
「姉さん、間桐の家は随分明るくなりました」
「そう」
「ライダーと遠坂先輩が頑張ってくれました」
「そう」
「御爺様は殺しました」
「そう」
「後は、姉さんだけです」
「そう」
「人払いの結界は遠坂先輩に作ってもらいました。事故死だと思わせる暗示はライダーに頼みます」
「そう」
「先輩はきっと私を疑いもしません」
「そう」
「御爺様はまだ死にたくなかったみたいです」
「そう」
「―――それじゃ、サヨナラ。姉さん」
ごろりと
車いす前部の車輪が宙に浮く。
「でもね、桜。私今死んでも後悔はしないわよ」
ぴたりと
車椅子が止まる。
「だって今私幸せだもの。衛宮は私のものになったしライダーと遠坂が居るから桜の心配もしなくてもいいし。だから、私は後悔なんてしないまま幸せに死ぬわよ」
「じゃ、止めます」
あっさりと
桜は方向転換してエレベータに向かって車椅子を押し出した。
こちらからは桜の顔は見えない。
「私は姉さんに復讐したいんです。だから私が殺すときは絶望しながら死んでほしいんです。幸せなまま死ぬなんて許しません」
怒っているのか泣いているのか笑っているのか、こちらからは桜の顔は見えない。
「ところで、先輩に告白でもしたんですか、それともされたんですか」
「どちらもまだ、よ。でもその内にさせてやるわ」
「うふふ、だったら私姉さんから先輩を奪っちゃいます。持てる者から略奪し持たざる者から搾取する。老若男女の区別なく私の影は逃しません。ねえ、姉さん。私もこれで間桐の女なんですよ」
「―――ええ、知っているわ」
「姉さん、覚悟してくださいね。――― 一生呪ってやる」
「まあ、怖い」
エレベータの扉が開いた。
最近いつも暗い
最近いつも寒い
「衛宮、暗いわ。カーテンを開けて」
「ああ、分かった」
「衛宮、まだ暗いわ」
「済まない、今は夜だった」
「だったら電気をつけなさい」
「済まない、切れているんだ」
「桜、寒いわ。暖房をつけて」
「はい、分かりました」
「桜、まだ寒いわ」
「すいません、燃料が切れていました」
「仕方無いわね、桜、衛宮、手を握って」
「はい」
「ああ」
じんわりと
手から二人の熱が伝わってくる。
暖かい
暖かい
――――ああ、幸せ
「――――――あは」
最期に私は
笑ったんだと思う。