生徒会室にて、既に食べ終わって番茶をすすっている私を睨みつけるは柳洞一成。個人的にキャスターのマスターであって欲しい。それならば日ごろの恨みとか色々思う存分気兼ねなくぶちまけられる。遠坂のことを女狐とか魔女とか言うのは好感が持てるが、一一私のやることに目くじらを立てるのには辟易していたのだ。
衛宮から喜捨されたピリ辛唐揚の最後の一個を租借した後ぴしりと音を立て箸を置くと亡者もかくやという声音で
「それで、貴様は何でここにいるのだ、間桐」
「何処で昼食をとるかまで干渉するのかしら?生徒会長殿?」
「っく―――衛宮よ、こ奴は遠坂と並び立つ悪の両巨頭だぞ?そうそうに付き合いをやめよ。これは親友としての忠告だ」
いや、ホント。何で私はここまで嫌われているのだろう。
「いや、そこまで毛嫌いしなくても。慎にだっていいところくらいあるぞ?」
「言ってみよ」
「いつもの人懐こい顔の下がこれだと思うととてもホッコリとした感じにならないか?」
「ならん。それはどちらかというと欠点だ」
「それじゃもう一つ。一成が食べたピリ辛唐揚な、あれは慎の作ったやつだ」
ぴきりと。
柳洞は音をたて固まって、ややあってから絞り出すように、
「―――ちょっとまて、衛宮。なぜお前の弁当に間桐の作った唐揚が入っている」
「え、そりゃこれを作ったのは半分くらい慎だし」
「な、なんですとー!?」
ああ、言うなよ。そういうこと。
お前はもう少しその浅慮を何とかしろ。猪突猛進だけで事が回ると思うなよ?
―――やはりサーヴァントとマスターって似るもんなんだな。
「失礼ね、柳洞。何でそこでそんなに驚くのよ。私が料理するのがそんなに意外?」
もちろん、柳洞が騒いでいるのはそんなことではないのは分かっているが。
せっかくだしおちょくっておこう。
「ええい、間桐きさま!どうやって衛宮を誑かした?!」
ほんとにお前は坊主見習いか。いつもの学生離れした達観は如何した。
そもそも衛宮、今日私がここに同席している理由を忘れたのか。
おう、と手を叩いてから衛宮は柳洞に向きなおり、
「一成、何も聞かずに服を脱いでくれ」
「な、なんですとー!!!!???」
しまった。
衛宮はバカだった。
「衛宮!やはり間桐に毒されたのだな?くそう、既に手遅れだったか!!間桐!貴様なにをしたー!」
「はぁ?何でそうなるのよ。ほら、衛宮。はっきり教えてあげなさい。柳洞の体に興味があるって」
「何でそういう言い方しかできないんだお前は―――とにかく脱いでくれ」
「ぬああ―――!やめぬかたわけー!」
どったんばったんともみ合いながら柳洞の上半身が露になる。どちらの腕にも令呪もなければそれを隠すための包帯も巻かれていない。―――残念ながら白のようだ。
対して衛宮はほっとしたように柳洞から離れ、
「む、すまなかったな、一成」
「一体何だったのだ、全く。――-間桐、後で事情を聴かせてもらうぞ」
「いやよ、衛宮に聞きなさい」
「衛宮はどうせ貴様をかばうのだろうからな」
と、ここで更に四人目の来客があった。
がらりと戸を開けたのは社会科教師、葛木宗一郎。
何やら、柳洞と話し込んでいる。生徒会の用事だろううか。
去り際、葛木が、こちら、を、見―――――――――――――
「ひ――――――!ひ、ひあああ、ひああああああああああああああ!?」
情けない悲鳴を上げ座っていたパイプ椅子から転がり落ちる。そのまま窓際の壁まで尻もちをついた格好のままあとずさる。くそ、邪魔だ。この壁、もっと、もっと離れなければ、衛宮、そいつから離れろ、こっちに来い。私を守れ。そいつは、まともじゃない。なんでそんな異常者がここにいるんだ。あ、こっちに来るな、来るな、来るな――――!
「ひっ―――はひ、ひぃいいいいあああああ!!」
「慎!?おい、どうした?落ち着け!」
「は――ひ、え、衛み、衛み、ああああああ!ひぃぃぃぃいいいいいいいいい!」
「どうした、間桐」
葛木がこちらに手をかざす。
その手がとても不吉なものに見える。
アレは疫病をふりまく、どうしようもなく嫌なものだ。
アーチャー、ランサー、ライダー、セイバー、バーサーカー。
彼らはそれぞれが私の思いもつかぬ程人を殺してきたのだろう。それでもその行動の裏には信仰されるだけの理由がある。
だが、この男には、そんなものはない。殺した人数は彼らには遠く及ぶまい。
もしかしたら只の一人も殺してはいないかもしれない。だが、そんなことは関係なく、この男は異常だ。根柢のところで人殺しが禁忌足りえない。
怖い。
理解できないものは怖い。
侵されそうで怖い。
飲み込まれそうで怖い。
だから私は葛木を払いのけた。
「来るな―――――――――――――――!」
ばちんと大きな音をたてて、私の手が葛木の顔を打つ。からんと音をたて葛木の眼鏡が床に転がる。葛木は落ちた眼鏡を拾い上げ歪んでいないことを確認すると取り出したハンカチで汚れをとりながら、
「――-衛宮、間桐を保健室に連れて行ってやりなさい」
そう言って葛木は今度こそ出て行った。
「慎、立てるか?」
「う、うあああうううううう。え、衛宮ぁ衛宮ぁ。ああああああ」
情けなくも衛宮の胸にすがりつき幼児のように泣きじゃくる。唖然としている柳洞の事も視界から追い出し、涙と鼻水でグズグズになりながらずっと泣き続けた。
ただ純粋に恐怖から涙を流すのは何時以来だろう。ぼんやりと、熱に浮かされたような胡乱な思考のまま、衛宮にしがみついて肩を震わせたままそんな事を考える。
ほんの子供のころ、夜の闇が怖かった。
あの頃、桜はまだ間桐ではなく家には自分しかいないことが多かった。御爺様はたまにしか家におらず、生れた時から母は居らず、父は自分のことを枯れ果てた間桐の象徴として忌み、東京に出奔したという叔父は噂にしか聞いたことがなかった。誰も彼もがこの家から逃げようとしているのは家に喰われることを恐れているからだと思った。広く、暗い、間桐の家の隅々にまで浸みこんだ夜に飲み込まれるのを恐れているのだと思った。そんなときは自分の部屋でがたがたと震えながら朝を待っていた。一人は怖いと、自分も夜にのまれて消えるのではないかと、自分がいなくなっても誰も気づいてくれないかと、思って泣いた。
やがて桜が間桐になった。
その頃には、間桐の特殊性を子供なりに受け入れ、何だかよく分らないけど自分は偉いのだと考えるようになった。故に、桜は間桐に来て喜ばなければならないのに、沈んでいるのがなんだか腹が立った。間桐の家など既に腐れて異臭を放つだけであったのに、もはや外来の血すら分けてもらえぬ朽ちた名門だったのに。
とはいえ、家族が増えるのは単純にうれしかった。桜は私の一つ下であったから、姉である私は桜を泣かせてはならないとも思った。なれぬ身で泣いてはいないかとこっそりと夜中に部屋に行ったのも一度や二度ではない。だけれど、桜はいつも部屋にいなかった。そも、屋敷の何処においても見なかった。見るのは学校など家の外。私はその事態に対して不思議がる以前に憤りを覚えるようになっていた。
なぜ、この私が構ってやろうというのに桜はいつもいないのだろうと。
そして月日が流れ本当のところを知ることになる。
思わず、桜を殴ってしまった。何度も何度も何度も、手が痛くなったら床に転がっている桜を蹴りあげた。うめき声が気持ち良かった。何度も何度も、息が切れるまで桜を執拗に痛めつけた。ここまですれば桜は私を認識せざるを得ないだろうという暗い喜びすらあった。
しかし、桜は、誰かに謝るばかりで私に対しては話さない。
その後、御爺様は正式な後継ぎを傷つけたことについて叱ることすらしなかった
ここまでやったところで結局、私は誰にも見てもらえなかった。
あの時の感情は何だろう。
裏切られたと感じたのか。
それとも―――再び一人になったのが怖かったのか。
でなければ――――消えたところで誰も気づかないことに気付いてしまった絶望だろうか。
「―――慎?おい、本当に大丈夫か?」
「衛宮―――?」
気がつけば保健室で私は衛宮と手をつないだままベッドのわきに立っていた。
衛宮は手を放して私をベッドに寝かせる。手から、先ほどまで握られていた衛宮の熱がどんどんと霧散していく。それが無性に怖かった。
「え、衛宮」
「ん?」
「あの―――手」
衛宮は首をかしげながら手を差し出してくる。
「手、握ってて」
「―――ああ」
差し出した私の手を衛宮がギュッと握ってくる。
掌に熱が宿る。衛宮―――ああ、衛宮。
願わくば、一生この手を放さないでくれ。
「衛宮。衛宮は私の助けを見逃さないって言ったよね」
「慎が助けを求めるのなら。俺は正義の味方だから」
「うん、うん。――その時は頼むよ。とりあえず今は手を、放さないで」
「ああ―――慎、話をしようか」
「何の?」
「何でもいいさ。戦争のことでもいいし学校のことでもいいしなんなら明日の天気についてでもいい。とにかくお前が安心するまでは話をしよう。大丈夫だ、俺はお前を裏切らない。これも、言ったろ」
「―――うん」
そして、本当に何でもない話をした。
明日は晴れるだろうか。ああ、晴れるだろうな。一度くらいセイバーとライダーも連れて街を見て回ろうか。ならサンドイッチでも作ろう。桜も連れて行こうか。ああ、いいな。藤村は勘弁な。同感だ。バイトの調子はどう。ぼちぼちだな。衛宮はツインテール好き?大好き。じゃあ今度してみようかな。是非。戦争終わっても衛宮の家行っても良いかな。何を遠慮することがある。じゃあ部屋そのままにしておいてね。わかった。桜と私どっちが料理うまいかな。まだ桜。私にも教えてよ。桜に教えてもらいな。
そんなたわいもない話をしている間、衛宮はずっと手を握っていてくれた。
ああ、衛宮はきっと私が消えても気づいてくれる。
いや、消える前に助けてくれる。
何しろ衛宮は正義の味方なのだから。
日が暮れて、グラウンドを使っていた運動部も帰ったころようやく私たちも保健室を後にした。
手はまだつないだまま。
街灯がともる夜道を歩く。
てくてくと。
ああ、どうみえるのか。
ライダー、セイバー、私のこの感情はあなた達の言うように思慕の情だろうか。いままで、交際してきた男は十指に余るほどにいるというのに、手をつなぐだけで幸せになる。安心できる。昨日も一昨日もその前も。衛宮がいれば安心できた。
だけど
だけれど
衛宮は魔術師だ。
それは、それだけは、裏切りだ。
遠坂は殺す。必ず殺す。
だけど衛宮、
私はお前を殺したくない。
衛宮、魔術師にならずに、正義の味方には成れないのか。
魔術師には私が成る。
だから、衛宮―――――――
「で、結局何をそんなに怖がってたんだ?」
「え、あ、うん。その、葛木が怖かった。アレは何て言うか異常よ。葛木には極力接触しないようにしなさい」
「なんでさ、まさか葛木先生もマスターとか言うのか。おいおい、参加七人中四人もウチの学校の関係者なのか?」
「マスターとかそういう問題じゃなくて、異常なくせに自分の中でその異常を肯定しているから傍目には異常に見えないっていうか。とにかく、出来るだけ―――」
あれ、あそこに、いるのは、―――-
「人の蔭口とは感心せぬな、間桐」
「ひ―――」
幽鬼の如くたたずむ葛木は常を変わらぬ、まるで廊下を走る生徒を窘めるように言う。だがそれは、私にとってはとても恐ろしい。
叫びそうになったところで衛宮が手に力を込め強く握り返してきた。その感触を、その痛みを現に留まる錨として、叫びを飲みこんだ。
「一つだけ、とりあえず一つだけ確認したいのですが、葛木先生」
「何だ、衛宮」
「―――参加者ですか」
「―――そうだ」
葛木が言い終わらぬ内に、背後から投擲される釘剣。風切り音を響かせながら疾走するその攻撃を葛木は右に体をずらして紙一重でよける。
が―――その程度は織り込み済みだ。
うねりが鎖を伝り終着点の釘剣の進行方向を無理やりに修正する。狙いは違わず葛木の頸椎。当たれば即死、掠れば致命傷。至は死。
が―――その程度は葛木も織り込み済みだった。
蛇が首に巻きつくように葛木の拳が死角になるはずの釘剣を弾き飛ばす。
地面に落ちる前にこちらに戻ってきた釘剣をライダーの細い指が受け止める。
「あなた達はあまりに不用意です」
少しばかりの怒りと多量の呆れをないまぜにしてライダーがすっと私たちの前に立つ。構えは朝の道場でしていた半身、ではなく正面に開いたオープンスタンス。私たちを、かばう形か、セイバーは如何した。サーヴァントの脚力でどれだけだ、一分か、十分か。それまでライダー一人で耐えられるか。
いや、そもそも葛木のサーヴァントは何だ。
ランサーか、アサシンか、キャスターか。
マスターがまず前線に出てきているのはどういうことだ。
「ライダー、俺は誰も死なせたくないと言ったはずなんだが」
「―――好きにして下さい。私はシンを守れればそれでいい。貴方の主張でシンを危険にさらすなら、私はあなたを殺さなくてはならない。いいですか、シロウ。私はあなたを好意的にとらえていますが、優先順位はシンの遙かに下だということを、自覚しておいてください」
ライダーは葛木から視線を外さぬまま衛宮に対して釘をさす。
それでも、少しばかり声を和らげ
「ですが、殺したくないのも事実です。できれば、シンを守ってください」
「そのつもりだよ」
「ああ―――安心しました」
葛木は特に構えもせず、責めることもせず、こちらを静観している。
周りにサーヴァントの影はない。
と、背後から私に声がかかる。
「ライダーのマスター、あなたは私が直接手を下しましょう」
「―――投影開始」
衛宮が手に、アーチャーが使用していた白黒の双剣を投影し私の後ろに立つ、おそらくは葛木のサーヴァントに切りかかる。が、その斬激が空を切るのを私は見た。背後に対する衛宮の攻撃を私は確かに視認した。衛宮が先ほどまで私の手を握っていたその手で人殺しの道具を持っているのを見た。
「―――え」
正面にライダーと衛宮。
右に葛木。
後ろに―――
「宗一郎さまの面体に手を挙げたあなたは、存分に殺してあげましょう。八つに割くのがいいかしら?それとも足先から一寸刻みにスライスしましょうかしら?ああ、ミンチにしてハンバーグにでもしましょうか?私料理は不得手だからおいしく出来なかったらごめんなさいね?」
―――瞬間移動
間違いない。
これはキャスターのサーヴァント。
ギリと奥歯を噛みしめる。
手にはまだ衛宮の熱が残っている。
ならば、この程度の恐怖に負けはしない。
私のこの身に正義の味方の熱が残っているうちは
挫けない、怯えない、諦めない。
「衛宮、早く私を助けなさい」
震える足に鉄芯を通し
早鐘を打つ心臓に活を入れ
今にも鳴りそうな歯の根に砕けるほどに力をこめて
「ライダー、私のことは衛宮に任せて葛木を倒しなさい」
だから、この熱が消えないうちに
助けに来なさい。
正義の味方。
「慎―――!」
衛宮がこちらに走ってくる。
ライダーが葛木に向かう。
「サーヴァントを出さないところを見ると、坊や、あなたは只の協力者なのかしら」
「その手を――――はなせ!」
キャスターの問いに切りかかることで返答した衛宮。
その動きが、アーチャーとだぶる。
ああ、そうか。アーチャーの武器を使うなら、アーチャーの動きをなぞるのが道理。
あの晩に衛宮はアーチャーの斬撃をその目で見た。ならばその動きをトレースすることなど雑作もない筈だ。何しろアレは―――
だが―――アーチャーに比べて衛宮には圧倒的に鍛錬が足らない、経験が足らない、相手を断ち切るという想像が足らない。
故に、衛宮の刃はキャスターに届かない。
「が、ぐ―――!」
軽く上げたキャスターの指先から放たれた光弾に衛宮の右肩が打ち抜かれる。それだけで衛宮の片腕が死んだ。それでも足を止めずに衛宮が向かってくる。左の剣をキャスターめがけて投擲、動かぬ右手を体を大きく旋回させることで振りぬく。だが、それでも刃は届かない。パシンパシンパシンと軽い音をたて衛宮の四肢が殺され動かなくなった足をもつれさせもんどりうたせその場で無様に転がった衛宮はしかし、それでもキャスターを睨みつけ、一歩も怯まない。その様子にキャスターは呆れを持って見下ろしている
「その手を、放せ―――」
「良く分らない坊やね、死ぬのは怖くないの?理由は何?そんなに魅力的な見返りでも約束されてるの?」
「慎は俺の親友だ」
「坊やにとってそれで命を賭けるに足りるの?」
「お前には足らないのか―――!」
叫んで衛宮は立ち上がり、投影していた双剣をまとめて投げつけさらに手元に投影しキャスターに迫る。
は、確かに。
内臓をぶちまけることに比べれば、あの程度は負傷の内に入らないか。
流石にこの距離は不利と判断したのかキャスターは私から手を離し、距離をとる。
すぐさま衛宮が私を抱き寄せ片手の刃をキャスターに突き付けたまま後ろにじりじりと下がるのを見てキャスターは薄く笑い、奇妙な発音で呪文を唱える。
ぱきんと。
私と衛宮を包む空気が個体と化した。
「は―――――あ」
「か――――く」
彫像にでもなったかのように固まった私たちにキャスターが歩を進め、緩慢な動作で衛宮の首に手をかける。
ぎりぎりと。
少しずつ握力を増していく。
サーヴァントとしては最弱のキャスターといえど、単純な腕力は常人の比ではない。ひと思いに首を折ることもできるだろうに、徐々に顔の色を変えていく衛宮を楽しむように、それを見て動けない私をあざ笑うように、キャスターは口の端を吊り上げながら、その手にかける握力を一gずつ上げていく。
「あ――――く」
唐突にキャスターが再び距離をとる。右手を抑えぼたぼたと昨日のライダーのように血を流しているキャスターとセイバーが対峙している。衛宮の首にしがみついたままのキャスターの手を放り捨て、
「は―――遅いわよ、セイバー」
「すみません。シロウ、シンと一緒に離れて下さい」
「ああ―――後は……頼、む」
そう言うと衛宮がぐらりと足元から崩れた。慌てて支えるが顔面蒼白で息も大分荒い。
「いきなりは、無理だったか」
「え、衛宮?大丈夫なのか」
「どうだろうな、感覚はあるが熱い泥の中にいるみたいだ。昨日の晩の鍛錬では、上手くいったんだが」
衛宮はそれでもふぅと息をつき、私の頭にぽむと手を置き安心したように笑顔を浮かべる。
「とりあえず、無事でよかった」
「――――!バカ、お前だって死にかけといて人の心配なんて」
「なんでさ、死にかけたからこそお前の無事がうれしいんだよ」
「う、ううううう」
うなって、言葉に詰まりはたとライダーの方を見れば、戦闘はまだ続行中だった。
いや、あれは、葛木の方に分がある―――?
Interlude in
戦闘が始まってすぐにライダーは相手の異様さに身構える。
彼は明らかに魔術師ではない。最初は自分と同じくどこかに別のマスターが居るのかとも思ったが隠そうともしない右手の令呪を見て考えを改める。
彼は魔術師でなくしかし正規のマスターである。それはつまりキャスターを召喚した魔術師は既に死亡しキャスター自身が一般人をマスターに仕立て上げたということ。ならば何を身構えることがあるか。
と、最初の結論に至り、一瞬緊張を解く。
そこに図ったかのようにジャブが襲ってくる。その動きは一般人どころの騒ぎではないが、かといってかつてあの島でライダーやその姉達が相手取った戦士ともまた違う。この人間はどこかおかしい。
その何ともいえない違和感を自覚するより前にライダーは全速力で後ろに飛んだ。しかし僅かに間に合わず首の肉を一pほど抉られてしまった。
ライダーはさらに考える。強化なりは施されているようだが、それでも今のは只のキレのあるジャブ。それ以上の何かは無い。なのにこの不気味さはなんだ。殺すことにためらいの無い相手など幾らでも相手にしてきたし幾らでも滅ぼしてきた。なのに今、この人間を殺すところを想像できない。今の自分が本調子だとはとても言えない。今朝のセイバーとの組み手にしても彼女が精いっぱい手加減していたから組み手になっていたのだ。
だがそれでも―――
「――――くくっ」
軽く笑いライダーは足を大きく開いて腰を捩り、右の拳を力強く握り締める。強く強くとても強く。ミチミチとライダーの肉が骨が堅く引き絞られた筋肉に圧縮され悲鳴を上げる。
ライダーの保有技能、怪力。
一時的にバーサーカーに迫る筋力を発揮させることができる。使えば怪物に近づくがその程度しったことかと更に力を込める。
神話の時代だろうが現代だろうが時間の隔たりなど、技術の積み重ねなど何の意味もない絶対的な力。それこそがライダーが持てる最高の攻撃手段。
挙動を隠すだとかタイミングを計るだとか力の伝達だとか、それは所詮持たぬ者の戯言だ。力さえあれば技術など邪魔にしかならない。
そもそもがライダーはそういう物だった。主兵装である釘剣こそ相応の技術を要求されるものの切り札である宝具は鮮血神殿にしろ暗黒神殿にしろ騎英の手綱にしろ、どれも細かな調整などできるものではない。只、力任せにぶつけるだけ。つまりそれこそがライダー本来のあり方。蹂躙すべくして存在した神代の怪物
何時の世でも変わらぬ事実。
最強の力は最高の技術を打ち砕く。
「――――化物は人間を蹂躙する故にと知りなさい」
ために貯めた力を一気に解き放つように、引き絞られた弓から放たれた矢のようにライダーの拳が葛木に向かう。
ただ、ライダーの誤算は事ここに至って人間というものを見下していたことだ。化物は人間を蹂躙し英雄は化物を打倒し人間は英雄を吊るし上げる。その三竦みにおいて英雄は人間より傑出したものであるという事実をライダーは失念していた。
そして拳は葛木にかすりもせずアスファルトに打ち付けられた。
「え?」
アスファルトに直径二mほどのクレーターを作ったライダーの後ろに葛木はいつの間にか移動していた。そしてそのままあの拳を続けざまにライダーに打ち込む。
最後にぼそりと
「人間は化け物を打ち倒す故にと知れ」
とどめとばかり頸椎に、最初にライダーに狙われた箇所に砲弾のような音をたて会心の一打が打ち込まれた。
Interlude
out
二次創作へ