「ライダー!その腕はどうしたのですか!?」
「まぁ、等価交換といったところですよ」
衛宮邸に帰りついて治療の為ライダーを実体化させたところでセイバーがそう叫んでくる。命に別状はないとはいえ見た目は酷いものだからな。筋肉と皮膚はぼろ布のように垂れ下がり骨も顔をのぞかせている。
ていうか、ラインを通じて話を伝えてなかったのか、衛宮。
「衛宮、とりあえず包帯」
「今もってくる」
「えーと、セイバー、事情聞きたい?」
「ええ、是非」
怒ってる。怒ってらっしゃる。何故私が。おお、ゴッド。くたばれ。
かいつまんで説明したところでセイバーが、切れた。
背後に獅子が見える。
「なんですか、それは!主が引こうとしているのに従者が独断で条件を付加するとは!越権もいいところではないですか!アーチャーといいましたか、そのサーヴァント。私が相手をする時には直々に騎士道精神を叩き込んで差し上げましょう」
「あ、腕をおいてけっていうのは別にいいんだ」
「それは別にいいでしょう?次の戦に備えて出来るだけ敵の戦力を減らしておく。常道です。むしろ主の命を聞かずにあなた方の首をはねなかったのは大分譲歩した感じを受けますね」
「シビアって言うかドライって言うか……。生前は指揮官でもやってたの?」
「お答えしかねます」
「ま、真名のヒントになるような事は云わないか。いいけどね。ああ、今晩ちょっと相談したいことあるから私の部屋に顔出して」
「わかりました」
「ライダーさん!?その腕どうしたの?」
夕食の席、いつもの様に乗り込んできた藤村が叫ぶ。
まあ今朝会った人物が半日とたたないうちに片腕になっていたら驚きもしよう。
対するライダーは立てに水でも流すようにぺらぺらとでたらめを並べ立てる。
「言っていませんでしたが、タイガ。私の左腕は義手だったのですよ。とある工房に頼んで作っていただいた特注品でして幻肢を利用した技術により通常の腕となんら変わらない動作を行うことができますが、非常に高価であるゆえ二つ以上作ることはできないのです。スペアが置き引きにあった今壊れても困りますので外してついでにオーバーホールにだしました。なに、生まれつきですので大して不便はありませんよ」
「え?え?そうなの?うーん、技術の進歩ってすごいんだねー。私寡聞にして知らなかったよー。おー、世界は確実にSFを許容する―――気になっていたんだけど聞いてもいいかな?その眼帯もなにかSFちっくなハイパーアイテムなのかな?ビームとか出る?」
「でません。これは遮光器です。目が弱いもので直接眼球を外気にさらすことができないのです。ちなみに視界は良好ですよ?」
「ふーん。じゃあ、シロウしっかりお世話してあげるんだよ。ライダーさん、私もできる限りのことはするからね。なんだったら若い衆何人か来させようか?」
「及びませんよ、タイガ。そのお心遣いだけで十分です」
ちなみに、
なんとなく会話に入り損ねている桜はライダーの左腕をちらりちらりと心配そうに見ながら時折こちらに説明を求めるような視線を向けてくる。
どこまで話そうか。
ここで、遠坂が命じて切り落とさせたと言えば桜はどうするのだろう。
私を罵倒するのだろうか。
遠坂を憎むのだろうか。
万が一前者だった場合は耐えられない。
こういうときは選択を保留。
後悔しそうなときは
選択をしなければいい。
だから私は自分の選択に後悔をしない。
損も得も織り込んで選択を行えるように整えるまで、
私は選ばない。
夕食後場所を、衛宮の部屋に移して間桐教授の魔術講座、助手ライダー、聴講者衛宮、セイバーである。
まずは座学をしばし行う。
「とまぁ、こんな感じが汎用的な魔術の知識かな。間桐の魔術は特殊って言うか趣味悪いから教えたくないんだけど。質問は?」
「はい、先生。俺はポニテ萌えではありません。ツインにして下さい」
「黙れ」
「はい、シン。剣技を鍛えた方がいいと思います。道場に行きましょう」
「黙れ」
「シン。この白衣脱いでもいいですか?」
「もうちょっと我慢してね。ライダー」
まあ、こんな感じでつつがなく終わる。
続いて実技。
「衛宮の強化をちょっと見せてよ」
「おうさ」
差し出した紙切れを受けとり魔力を通し始める。
苦痛に歪む衛宮を見て浮かぶのは憐憫、同情、憧憬――――嘲笑、嫉妬、憤怒。
――――いや、今は忘れよう。いずれ機会は来る。
結局紙切れは粉々に砕け散った訳なんだけど―――
「あちゃ、失敗」
「―――このバカ」
「む、成功率が低いってのは前もって言ってあったろ」
「じゃなくて!なんでいちいち回路を形成してるのよ!死ぬ気!?」
「俺はこういう風に教えられたんだけど……」
「じゃあ衛宮のお父さんが間違ってるか教えたくなかったのよ。ああ、もう」
忌々しげに舌打ちをする。
だめだ。使えないどころか自滅ものだ。
見ればライダーも額に手を当て溜息を、横のセイバーも……右手にのみガントレットを具現化させている。あ、なんて綺麗なアッパー。しっかりと衛宮の足を踏んで衝撃をのがさせず返すガントレットで裏拳。―――お前もうセイバーを名乗るな。
「あなたは生き残る気がないのですか!死ぬ気ですか!自殺志願者ですか!シン!早々に何とかしなさい!」
「最初からそのつもりなんだけどね。ライダー、鎖を一つ頂戴」
ライダーは言われて手の中に現れた釘剣につながれた鎖の一つをかきんと片手で器用に取り外す。それにしても命令しなれてるな、生前はやはり指揮官、ないし特権階級だったのか。女性の英雄ね、パッと浮かぶのはジャンヌ、スカアハ、ジャ・イールあたりだが、はたして。いや、ライダーの正体を鑑みればもう少し範囲を広げる必要もあるか?
「ライダーの魔力で編まれた魔力の塊よ。これを着火剤としてお前の回路に火を入れる。そのあとはスイッチでもなんでもいいから切り替えのイメージを持ちなさい。それで回路が定着するわ」
「で、これどうすればいいんだ?」
「口開けて」
「?」
ひょいと開けられた口の中に放り込む。
「んがっぐっぐ」
「いいから、飲み下しなさい」
ごくりと、嚥下したとたん衛宮の顔に先ほど以上の苦痛が刻まれる。じわりじわりと汗が浮かび胸を搔き毟る。服が破れ皮膚が破け血が滴る。
それを見る私に感慨はない。
「シン、もし今の行為がシロウを陥れる姦計であったなら私は即座に貴方の首をはねる」
セイバーが剣のように鋭い言葉を放つ。
それを聞く私に恐怖はない。
認識できるのはもがき苦しんでいる衛宮だけ。
それも認識しているだけで先はない。
昨日の晩に助けた男が死にかけているのに、何もない。なにも――――ああ、楽しいな。
――――うるさい
自分の後ろから響いた声を打ち消して衛宮に声を掛ける。
「衛宮、スイッチをイメージしなさい。on・offの切り替えを刷り込むの」
「――――」
聞こえているのかいないのか、衛宮は亀のように丸まり動かなくなる。
「投影で一番上手く出来たものは何?それがお前の起源に最も近い」
「―――ナイフ」
「そう、だったらお前は只刃のみをその身に持ちなさい。お前の神経、血管、筋肉、骨、血液、内臓、脳味噌、眼球、細胞、経絡、回路、経験、因果、縁、技術、嗜好、思考、自我、無意識、人生は――――只刃のみに在ると至りなさい」
「――――は」
衛宮が息を吐いてこちらを見上げる。
「―――慎」
「お疲れ、衛宮」
――――死ねばよかったのに
――――うるさい
「今際の際に河原をわたるってあれはウソだったんだな。何もなかったぞ」
「三度目ともなると説得力があるわね」
部屋の壁に背を預けたままではあるもののそんな軽口をたたける程度には回復した衛宮。
幾分か血色も良くなっている。
「今日はこれで終わり。ここから先はライダー主体で教えてもらった方がいいわ。私の知識は正直邪道だから」
「そうなのか?俺はもっと慎に教えてほしかったんだけどな」
「あきらめなさい。それに師匠が英霊なんて馬鹿げた事態に感謝しなさい」
「はは、確かにな。よろしく頼むよ。ライダー」
「微力ながら」
「―――シロウ」
「ん?どうした、セイバー」
「私は剣技を教授しましょう。さしあたってあなたは戦闘の感覚を身につけるべきだ」
「それもそうだな、じゃあよろしく頼むよ、セイバー」
「心得ました」
剣の英霊セイバーに剣技を。
魔眼持ちのライダーに魔術を。
今多分衛宮は世界一恵まれた環境に居るんだろうな。
本人に自覚がないのが今一つ不安だが。
むしろ体がもつのか?
「今日はもう寝なさい。ライダー、衛宮を部屋に連れて行ってあげて」
「いえ、シロウのサーヴァントは私ですから私が連れていきましょう」
「セイバー、話があるって言ったでしょ――――衛宮」
「ん?」
サムズアップで見送れば、
衛宮は顔を赤らめ、
ライダーがサムズアップで返してくれた。
それにしてもこのライダー、ノリノリである。
それとも、衛宮が初過ぎるのか?
桜は、どうだったかな。
「シン、シロウとライダーは何をしているのですか」
「実技。そんなことよりちょっと確認しておきたいことがあるんだけど」
「はぁ」
「セイバー、調子はどうなの?」
一瞬こちらの真意を探るように眼を細めたセイバーだが、このような事でごまかしをする気もないのか、すぐに口を開く。
「芳しくありません。バーサーカー戦での負傷も原因の一端ですが、シロウからの魔力供給がどうも滞っているのです」
「らしいわね。なんでかな。こころあたりは、ないの」
「ありません。そのような事は私の領分ではありませんので」
にべもなければそっけもない返事である。
目にあるのは拒絶―――ではないな。遮断か。ふぅん。嘘をつくのに慣れている感じ。
潔すぎて逆にいっそ怪しい、が気にすればきりはない。
「そうね、じゃあ。貴方の領分の話をしましょうか。おそらく、というか確実に、柳洞寺にはキャスターがいるわ」
「根拠は?」
「一つに柳洞寺、それ自体の孕む意味。そしてもう一つはライダーの偵察と直感。曰く、柳洞寺に向かう地脈に集団昏倒事件の被害者の精気のってるとか。ライダーは地脈の流れに関しては一家言あるのよ」
「ライダーの言うことなら、まぁ、信用してもいいのでしょうね」
本当に仲良いな。なんとなくだが自由派のライダーと規律派のセイバーは仲が悪そうな気がしていたのだが。そこら辺、どうなのだろう、と聞いてみれば
「平時、共に暮らすとなればライダーとの衝突は必至でしょう。彼女と私は根本的な所で考えが食い違っている」
「でも、今は随分と仲がいいじゃない」
「今は戦時ですから個人的な感情で共闘相手と険悪になるのは望ましくない。それに戦力としてみる場合には彼女もそれなりだ。集団の強みとは何よりも力の多様性ですから」
まあマスター達があまりにアレですので、と付け加えるセイバー。
「ふむ」
つまり、仲がいいのではなく評価し敬意をはらっているということか。
しばらくは作戦会議である。
「正面から堂々といきましょう。いくら調子が悪かろうとこの身は最優のサーヴァント。魔術師ごとき何するものぞ」
「この猪武者」
「アーチャーのマスターとは知り合いなのでしょう?ならば今から攻め込みましょう。騎士道のなんたるかを叩き込んでくれようぞ……!」
「部下に裏切られたことでもあるの?」
「いい加減シロウとライダーが何をしているのか教えてください」
「見当はついてるんじゃない?」
あんまり実のない会議だった。
ひと段落ついたところでセイバーがぽつりと
「ライダーの腕のことですが、あれはまた生えてくるのでしょうか」
「トカゲじゃあるまいし。サーヴァントが人間じゃないたって限界があるわよ。腕をつなげることはできても生えてはこないわ。無理をすれば負担がかかる。負担がかかれば歪が生まれる。歪が積もれば罅割れる。ええ、あなたの言ったとおりアーチャーの決定は全くもって正しいわ」
「私は―――」
と、セイバーがゆっくりと語りだす。
「私は人の心が分らないと言われたことがあります。私のあの腕の事を当然の犠牲と考えたのですが、あなた達はそう思わなかったのですね?」
セイバーはこちらをしっかりと見ながら言う。
それは、その目は、何を見るのか。
私ではない。
戦争でもない。
衛宮でもない。
おそらくは―――故国。
「百のために一を見捨てるのは間違いですか?万のために百を切るのは間違いですか?億のために、兆のために、京のために――――それが何者であろうとも多勢を救うために犠牲を強いるのは間違いですか?シン、私はそれを間違いだとは思えなかった」
「そうね、私から云わせてもらえば知ったこっちゃないわ」
「は―――」
「ウザいことこの上ないわね。鬱陶しいわね。眼触りだわ。耳触りだわ。昔の桜を見ているよう。セイバー、あなたが何時、何処で英雄になったかは知らないけどね。やり直したいの?無かったことにしたいの?ふざけんじゃねぇわよ。あなたの伝説が今にあるからあなたは今ここにいるのよ。もう一度言うわ。知ったこっちゃないわ。あなたの懊悩になんか1ピコグラムたりとも興味はない。やらなかったことは出来なかったことと同意だわ。セイバー、あなたがその場で提示された選択肢は常にどちらも選べたはずよ。選択の連続であなたは英雄になったのだから、たとえ億回やりなおそうともあなたはほかの選択肢は選べない」
「何を知った風な口を―――!」
「っは。だから言ってるでしょ、知ったこっちゃない。私に同情でもしてほしいのかしら?英雄様。ああ、あなたは偉いわ、偉い偉い。自己を殺して苦悩を捨てて他人のために他人を殺して殺して殺して殺して、信仰された英雄様?お偉すぎて涙が出るわ」
「その口をとじなさい、シン」
「ふん、話を振ったのはあなたでしょう、セイバー。私に答えをもとめたのなら大人しく聞いていなさい。捨てた苦悩に何を未練を抱いているの?もしもを想像するのはそんなに楽しい?そもそもがあなたはすでに一度幕引きを行った身でしょう―――ありえなかったことは結局ありえなかったという以上の意味はふくまないのよ」
「あなたはやり直したいと思ったことはないのですか」
「ないわ。自分に降りかかる損も得も結局自分の選択の結果なのよ。―――だから私はライダーの腕を取り返したいとは思わない。あれは、ライダーが自分で選んだ自分の選択。それを私は怒りこそすれ侮辱はしない。だから私はアーチャーに借りを返すことを選択した。あのアーチャーの四肢をもいでテメェの口に突っ込んで裂いた腹にぶち込んで眼ン玉を抉って最後に頭を潰して殺してやる」
―――そして遠坂はもっとひどい目にあわせた末に殺してやる。
見れば、セイバーの顔からは怒りが消え、代わりにあるあれは、どういう感情だろう。
「それは本心ですか、シン」
「―――あれ、私、何か言った?んっと、まぁとにかくライダーの腕の借りは必ず返してもらうつもりよ」
はて、熱くなり過ぎるとついつい意識をとばして喋ってしまうが今度は何を言ったんだろう。ううん、思い出せない。衛宮や桜の前だとたまにこういうこともあるが会ってすぐのセイバーに対してやってしまうとは、いかんいかん。
「――――あなたもよくよく業が深そうですね」
「御爺様にはお前は底が浅い、この出来損いってよく言われるんだけどね」
「あまり、仲はよろしくないようで。ああ、でも私もそんなものでした。姉とは特に仲が悪かった」
「妹ってのは姉にとって天敵であり餌なのよ―――ねぇ、セイバー。今みたいなこと衛宮には言わないでね。あのバカは正義の味方目指しているの。だからね、そのヒーローの具現みたいな英雄に弱音を吐かれるのはつらいと思うのよ」
「―――あのう、シン。不躾ながら聞いてもいいですか?」
「何?」
「あなたはシロウのことが好きなのですか?」
何を至極真面目な顔で聞いてくるのですか、このアマ。
あり得ない、あり得ない、あり得ない。もう一つついでにあり得ない。
私が衛宮にそういう感情を抱くとか、ゴッドがくたばらない限りあり得ない。
「ライダーにも同じこと聞かれたんだけどね。何、そんな風に見えるの?」
「まぁ、シロウもシンもお互いに遠慮というものがないわりに相手に対して一定以上の好意を持っているように見えます」
「それだけで惚れてる証拠にはならないでしょ。ん、まぁ悪友というか腐れ縁というか、友達よ友達」
「そうなのですか。ふむ、シン。右手を出して下さい」
「こう?」
言われて差し出した手の甲にキスをされた。
恭しく、それでいて神々しくさえみえるその振る舞いに一片の不自然さもない。
そういう所作がごく当然のこととして組み込まれている精神構造。
もしも日本人、いやセイバーの出身であろう西欧だろうと一般階級の人間ならばどうしてもぎこちなさが残るであろう行為をセイバーは呼吸をするようにやってのけた。
ていうか
「な、な、何するのよ!?」
「シン、この身はシロウの剣ですが、私は貴方と共に闘うことを約束しましょう」
「は?え?ええ?―――もしかして今まで私のこと信用してなかったの?」
「正直にいえば、裏があるかと。先ほど、回路を開く際にも何処か愉悦を感じているように見受けられましたので。ですが今の会話でさしあたり信用するに足る人物だと確信しました」
はて、今の会話の中にそんなセイバーの心を揺さぶるような言葉があったろうか。
むしろあのガントレットが振るわれなかっただけでも恩の字なのだが。あ、やばいやばい。今になって膝が震えてきた。うわー、私は何をあのバーサーカーとガチでやりあえる人外グラップラーに暴言を吐いていたんだろう。衛宮のことは言えない。私も大概暢気だ。衛宮と違って私は死んだら死ぬ普通の人間なのに。死ぬのはとても怖いことだと昼に思い出したばかりなのに。
「あの、シン?」
「あ?ああ、うん。貴方に私の背中を預けましょう、セイバー」
「ええ、ライダーの不足は私が補いましょう」
腕の下にライダー。
身につけているのは自己封印・暗黒神殿のみ。
その裸体。
豊満な肉体。
神話の再現。
表情はない。
機械的に対処をしているだけ。
それでもその体は自分を満足させてくれる。
こんな綺麗な物を、本来ならば即座にこちらを殺しおおせるだけの物を、屈服させられる下卑た快感。
確かな罪悪感も快感との天秤にかければ、重さは羽根の如く。
そして自分の股間に屹立する―――
「――――」
目が覚める。
股間を見る。
何もない。
うん。当然。
私の名前は?
間桐慎。
性別は?
生まれてこのかた休むことなく性別女性。
「えっと」
起きぬけに何をやってるんだ、私は。
「おはようございます―――なにをしているんですか?」
「おはよ、ライダー。なんでもないから気にしないで。あ、そうだ。腕、どう?吸っておく?」
「いえ、士郎からたっぷりいただきましたし昨晩こっそり外食してきましたので」
「―――セイバーに気付かれなかったの?」
「さて、見逃されたのか気付かなかったのか。腕のこともありますし、見逃してくれたのだと思いますが」
「そういうタイプには見えないけれど」
「実情がどうあれ、こうしているのですからそれでいいとおもいますけど」
「どうかな、どうだろ。あんまり好感度下げると後が怖いわよ?」
とりあえず、顔でも洗おう。
顔を洗ってはて、衛宮はどこだろうと探してみると道場の方からびしばしぎゃーと打撃音と悲鳴が混じって聞こえてくる。ああ、早速始めているのか。
ひょいとのぞいてみればええと、何だろうアレは。少なくともアレをみて「教える」という単語は浮かばない。一方的に衛宮がぼこぼこにやられているだけにみえる。ていうか防具も付けずに竹刀で直接殴るなよ。それでも竹刀を離さず目もつぶらずに挑み続ける衛宮は最終的に竹刀を握る握力が無くなるまで音をあげなかった。
衛宮の回復力は疲労にも当てはまるのか、ぐに息を整え朝食を作るために母屋に戻って行った。と、そこでようやく私に気がついたのかセイバーが声をかけてくる。
「おはようございます、シン。―――あなたもどうですか?」
「いや、いい。私は後方支援型だから」
できないけどね。
ですから私は殺されれば死んでしまうのです。
ユーアンダスタン?
死ぬの怖いし痛いの大嫌いだ。
「それではお相手願いましょう」
代わりに名乗りを上げたのはライダーだった。
戦闘着になってむき出しになった左腕は生え換わってこそいないもののその断面は昨日無理やり引きちぎったとは思えないほどきれいなもので最初からそういう風にできていたようにも見える。
腕一本の欠損など物ともせずに立つライダーの姿にふと、両腕のないビーナス像を思い出す。語るに及ばぬおそらくは世界一有名な作者不明題名不明そして八つからに砕けた、すなわち失われた大理石の像。常ならばブチワレだが、それでも彼女は世界中を魅了してやまない。
そのあり方はなんとなくライダーにふさわしい。
「もういいの?ライダー」
「ええ、とはいえ、片手でのやり方を考えなければなりませんので。セイバー」
「いいでしょう。来なさいライダー」
ライダーは右の釘剣を順手に構え左足をひき、半身をとる。正面から見れば釘剣に隠れる風になるのか
対するセイバーは正眼に構える。
あれはセイバー本来の構えなのかそれとも竹刀だからなのか。少なくとも不自然な力みなどは見られない。しばらくはどちらも動かない。距離は剣道ではありえない遠間に立っている。武器としてはライダーの間合いだが一本しかない以上迂闊には使えない。セイバーにしても当然攻撃の前に移動に行動を裂かなければならない。さて、どちらが先に仕掛けるか。
先に動いたのはセイバーだった。足さばきは、剣道のものではなくあくまで規格外の力を用いた踏みこみで一足とびに間合いを詰める。見れば、踏み込まれた道場の板が見事に割れている。ならばその分のエネルギーは推進に使われずに消費されてしまったということ。本来はさらにスピードが乗るのか。
ライダーは向かってくるセイバーの着地点に釘剣を打ち込む。構えから予測される刺突ではなくあえて動きを止めることを優先したライダーはセイバー自らが縮めてくれた距離をさらに詰め、飛び後ろ蹴り。
急制動のわずかばかりの硬直に受けるもかわすもできなくなったセイバーはこれをあの踏み込みのエネルギーを乗せた渾身のチャージで迎撃する。とてもではないが人型同士が衝突したとは思えない音を響かせ双方もんどりうつが左腕の無いライダーの方がたちなおりに一瞬の遅れを生じさせる。
セイバーは即座に立ち上がりライダーに向かうがそれに手元に残っていた鎖を投げつける。寝たままの不自然な態勢で投げたとはいえ人間が当たればミンチになりそうな速度で飛んでくる鉄の紐をよけたセイバーをローキックじみた足払いが転がした。受け身も取れず、とはいかないが手を付いてしまった、すなわち竹刀から片手を離してしまったセイバーにライダーのヤンキーキックが迫る。対してセイバーはライダーの軸足を右足に引っ掛け自分が立ち上がる勢いとともに思い切り手前に引き寄せる。支えを失い体勢を崩したライダーの頭に軽く竹刀が打ち込まれる。ライダーは頭をさすりながら困ったような顔つきで
「ふむ、やはりやり辛い。魔力が充実していれば何とかなるとは思ったのですが」
「いえ、ライダーというクラスであることを考えれば充分だと思いますよ」
「私の攻めはどうでしょう」
「良くも悪くも流れが見え難いが、動きを模索しているにしても何分時間がない。いっそ、武器を捨ててシンプルに行ってはどうでしょう」
「思い切り殴りつける、ということでしょうか」
「そのとおり」
「なるほど、悪くはない」
お互いに軽く笑い合うセイバーとライダー。
これで後は穴だらけの道場でなければ気兼ねなく感動できるんだけどね。
「ところで、ライダー。魔力が充実しているとはどういうことですか。傷の回復でむしろ不足しているのは貴方の方では?」
「いえ、シロウに補給していただきました」
ライダー?日本には口は災いの元っていう諺があってね?
見ればセイバーがものすごく微妙な表情をしている。同盟相手を助けるというのはセイバーの性格的に是だと判じても自分自身よりも先にやられてしまってはサーヴァントとして立つ瀬がないという感情の板挟みといったところだろうか。
しばらくそれを面白そうに見ていたライダーだったが、おもむろにセイバーを抱き寄せようと腰に手を回す。しかし片腕で確保しきれるわけもなくセイバーはするりとその腕から逃げる。
「何の真似ですか」
「いえ、御不満そうでしたので魔力を分けようかと。てっとり早く体液交換で」
「遠慮します」
「おやおや、どうしましょう、シン。セイバーを怒らせてしまったようです」
怖い怖いとのたまったライダーはそそくさと母屋の方に戻っていた。
その後ろ姿が見えなくなってからセイバーが私に向って話しかけてきた。
「シン、聞きたいことがあるのですが」
「答えられる範囲で答えてあげる」
「彼女の本来のマスターは誰ですか」
本当にさりげなく吐かれたその言葉に体が硬直し、一気に口の中の水分が奪われる。それでもこわばった口を動かして返答する。
「私に、決まってるでしょ」
「マスターとは令呪を宿す者を指すのです。つまり、あなたは――――」
手の甲を、桜の令呪が現れた場所をきつく握り締める。なるほど、昨晩のあのやり取りの際に令呪の有無をそつなく確認していたということか。油断ならない。
私の様子を見て取ったセイバーはそれ以上言わずに、言葉を変える。
「作戦上ライダーを貴方に預けているのだとして、本来のマスターがシロウに危害を加える可能性があるのかどうか。それだけでもお教えいただけませんか」
「私は……私がライダーの―――」
「シン」
「……それは、ない。マスター権を私に譲渡して聖杯戦争から離脱しているから」
「そうですか―――では朝食にしましょう」
私の言葉に一安心といった感じで表情を緩めたセイバーは私の横を通り過ぎて母屋に向かう。その背中に叫ぶ。ここで何も言わずに行かせては、ダメだ。ここで引いてしまってはいけない。しかし
「セ、セイバー!それでも、それでも私は!」
マスターだ、魔術師だと、口にすることはできなかった。それにセイバーは足を止め振り返らぬまま返答する。その言葉にはどこか自嘲じみたものが感じられた。
「ええ、ライダーのマスターは貴方です。過程はどうあれ貴方方は主従として上手くやっている。それでいいじゃないですか」