さて帰り道。

 色々と話したいこともあったがとりあえず、今日は分れて明日学校で作戦会議という事になった。私として学校にはあまり行きたくないのだがそこは頑として衛宮が譲らなかったのだ。遠坂の的にされたいのかといっても聞こうとしない。

そして、坂を下り終わったところで私は、白い少女と鉛色の巨人に、会った。少女はまず衛宮、ついで忌々しそうに私に視線を投げてよこす。

「こんばんは。お兄ちゃん。……そっちは、マキリか」

 マキリ。

 間桐の真名ともいえるその名を少女は興味も無げに呟いた後、露骨な嘲笑を浮かべる。

「お兄ちゃんも趣味が悪いね、そんな蛆虫と組むなんて。どうせならトオサカと組めばよかったのに」

「ひ―――」

 少女はこちらをちらりと見ただけが、心臓を丸ごと持っていたれたような、肺腑に泥が詰まったような、内臓が漏れ出してしまったような、まるであの巨人の鉛色の拳で殴られたような、いつかどこかで味わった恐怖が蘇る。胸の中心から、脇腹から、足もとから、指先から、湧き出してきた黒い不安がやがて頭の上で、さながら大蝙蝠のようにその翼を広げて私を包み込む。

私は、確かに、彼女らに―――

「あんまり、俺の友達を悪く言うなよ」

「え、み―――」

 衛宮はなるだけ気楽を装うように少女の横に立つ巨人を見上げながら

「それにしてもまた、ゴツイのを」

「ええ、バーサーカーのサーヴァント、ヘラクレスよ。すごいでしょ」

 胸を張るように言う少女。真名を明かすことぐらいで自身の優位は揺るぎなしという自信の表れか。いや、少なくとも私にはその名前は恐怖を更に濃くするだけだった。

 ヘラクレス。主神ゼウスを父に持ちペルセウスの玄孫にして12の功業をなしたギリシア最大の英雄。それがバーサーカーなんてクラスで召喚されるとは異常事態もいいところだが目の前にはその異常が当然のように存在している。私の戦慄に満足したのか少女が私たちを指差し、ごく単純な命を従者に告げる。

「さあ―――やっちゃえ、バーサーカー!」

 その声を合図に、打ち下ろされたバーサーカーの斧剣と飛び出したセイバーの不可視の剣がぶつかり合う。体格差をものともせずに向かっていく英雄とそれを迎え撃つ狂った英雄。両者の剛剣がぶつかり合い、一合ごとに傍で見ているだけのこちらの命がやすりで削られていくような感覚に陥る。

 ランサーとライダー。彼らの戦闘は冷静に見ることが出来た。

 ランサーと遠坂のサーヴァント。彼らの戦闘はとても楽しそうに見えた。

 それら二度の戦闘に比べて、これは何だ。

 こんなもの戦闘どころか戦争ですらない。

 これは只の暴力だ。

 純然たる、不純物を含まぬ只の力だ。

「あ、ああ―――」

 震えるな、足。鳴るな、歯の根。静まれ、心臓。怯えるんじゃない、間桐慎。お前はアレをこそ、望んでいたんだろう。

 それでも今にもへたり込みそうになっていると、ぽんと、頭に手を置かれた。

「あ―――衛宮」

「大丈夫だ、慎」

 何も根拠のないその言葉で戦況が何か変わった訳ではない。だが、冷静にはなれた。

「ライダー」

 呼びかけに応じてライダーが私の目の前に実体化する。どうだろう、疲労は回復し切れたか?魔力は十分か?ライダーの能力で切り抜けられるか?私の不安を感じ取ったのか、ライダーは釘剣を握り私に対して背を向けたまま静かに告げた。

「慎、信じて下さい。私は勝てると。私は最強だと。私は英雄というものが大嫌いですが、彼らと唯一同じくする絶対があります。慎、私を信仰してください。信奉してください。信頼してください。我々にはそれが何よりも力になる」

 その声に、その言葉に私は思い出す。初めてライダーにあったあの晩に彼女が口にした最強という単語。その単語を思い出し、私はライダーに白い少女と同じようにごく単純な命を与える。

「―――やりなさい、ライダー」

「―――御意に」

 満足そうにうなずくとライダーは釘を自分の首に突き刺した。

 血が噴き出す。あたり一面を染め上げるように降り注ぐ血の雨はやがて形を成す。光出した陣の中より現れた天馬にライダーがまたがりその手は虚空から手綱をとりだした。そしてライダーが呪を口ずさむ。

「―――ベルレフォーン」

 ライダーはまるで地面から放たれた彗星のように光を放ち、熱を帯び、疾走を開始する。それはなんと幻想的な光景か、地面と平行に走る彗星。コンマ以下の時間の筈が延々と引き延ばされやがては静止し一枚の絵画のようにさえ思える。

 向かう先にはいまだ剣をぶつけあうセイバーとバーサーカー。

 ライダーを背に感じてか、セイバーが戦闘を離脱する。

 バーサーカーは離脱しない、離脱できない。彼の主人を守るため彼はその場にとどまらざるを得ない。そして彗星をその身一つで受けとめた。

 そこから弾けるように空に駆け上がりやがて光と熱を失い、元のライダーに戻って地上に降り立つ。

 どうだ、これで――――

「は―――な」

 焼け焦げぶすぶすと煙をあげていたバーサーカーはのそりと緩慢に立ち上がり再びこちらと対峙した。炭化した皮膚の下から新しい皮膚がのぞいている。アレは、再生?いや、ベルレフォーンに対して再生程度のありふれた能力で間に合うものか。ならば―――あれは。

 白い少女はすっかり元に戻ったバーサーカーを見上げて

「―――やるじゃない、マキリ。まさかバーサーカーを三回も殺せるなんて」

「三回、ね。一体何度殺せば本当に死んでくれるのかしら」

 やはり再生ではなく蘇生か。いくらなんでも無制限ということはないにしてもあの余裕からして一度や二度の蘇生では大した痛手にはならないだろう。

「ふふ、もうおびえてはくれないのね。可愛かったのにぃ、ぶるぶる震える貴方、本当に蟲みたいで。―――ゴッドハンド、十と一度の蘇生。つまりはあと十一回殺せばバーサーカーは死ぬわ。でもね、ストックは再生する。そうね、半日もあれば完璧に元通りでしょうね」

「ぺらぺらとよく回る口ね。ふん、だったら殺す、死ぬまで殺す、死んでも殺す、首を落として殺す、頭を砕いて殺す、肺腑を潰して殺す、心臓を抉って殺す、臓物をぶちまけて殺す、八つに裂いて殺す、砕いて殺す、刻んで殺す、潰して殺す、散らして殺す、削って殺す――――たかだか十二個の命、殺しきってあげる」

「殺す殺すと下品なこと、やっぱりあなたは蟲けらね。自分のサーヴァントの状況も確認できないんだから」

 言われて、周りを見れば、ライダーがいない。

「―――ライダー?」

 ライダーは、どこだろう。さっき地上に降り立ったはずなのに、どこにいるんだろう。

「実体を維持するほどの魔力も残らないなんて随分と使い勝手の悪い宝具ね。いいえ、きっとあなたがマスターとして使い勝手が悪いのよ、マキリの蛆虫さん」

 煩いな。なんだあのガキ。

「―――ライダー?」

「だから、魔力が足りないのよ。それとも、霊体化したんじゃなくて現界できなくなったのかしら?ふふ、流石はマキリ、蟲けら魔術師の一族。くーだらない」

 煩いな。鬱陶しい。

「―――ライダー?」

「ねぇ、聞いてるの、マキリ。貴方のサーヴァントは貴方の無茶な命令を実行して消えちゃったのよ」

「煩いな。衛宮、あのガキを黙らせなさい。私はライダーを探すから」

「―――分かった」

 衛宮は何でそんな苦しそうな顔をしているんだろう。

 確かのバーサーカーは脅威だが、同じ事を十二回繰り返せばいいだけじゃないか。ああ、そうか。こいつは私のライダーを侮っているのか。ふん、ライダー自身が自分の宝具は最強だと言っていたのだ。だったらお前の不安はまさしく杞憂。それにしてもライダーはどこにいるんだろう。

 セイバーが再びバーサーカーに向かう。ライダーはどこにいるんだろう。

 セイバーがバーサーカーに吹き飛ばされる。ライダーはどこにいるんだろう。

 バーサーカーが瀕死のセイバーに追い打ちを掛ける。ライダーはどこにいるんだろう。

 衛宮がそれをかばって■■をぶちまける。ライダーはどこにいるんだろう。

「何これ。こんなのつまんない」 

白い少女が何かを言っている。ライダーはどこにいるんだろう。

「マキリ、お兄ちゃん。次はしっかり殺してあげる」

 白い少女が何かを言っている。ライダーはどこにいるんだろう。

ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。ライダーはどこにいるんだろう。

「―――――ライダー」

夢は

見なかった。

「―――ライダー」

「はい」

 目を開ければすぐそこにライダーがいた。

「何処いってたの」

「いえ、少し疲れたので、休んでいただけです」

「私に断りもなく勝手なことしないの」

「はい」

「ああ、ライダー―――ああ」

 手をのばしてその顔をぺたぺたとさわる。ライダーはされるがままに身動きもしない。ひんやりと、しっとりと、手に吸い付くようなライダーの顔をいつまでも触っていたかったがそうもいかず身を起こす。ここは先ほどの戦場ではなく衛宮の家。ライダーが私たち三人を連れてきてくれたんだろうか。聞けば、辺りに血痕は大量にあるものの衛宮もセイバーもともに見た目には傷一つないそうだ。サーヴァントであるセイバーはともかく、衛宮はどういうことだろう。やっぱりゾンビか。一晩で二回死んだはずなのに。

 それにあの少女は何で引いたんだろう。いや、そういえば衛宮の事も知っているようだったが。情報が足りないな。後で衛宮本人に聞いてみよう。そう考えて外を見れば朝日がまぶしい。―――あれ、なにか忘れているような。

「ご飯がおいしー―――のはいいんだけどなんで間桐さんがいるの?あと、そちらさんはどちらさん?ていうか二人とも、それは士郎の服だよね」

首を傾げながら質問する藤村。そして眼が泳ぎっぱなしの桜。しまった、忘れていた。

しかし慌てているのはライダーとセイバーを強引に連れてきた衛宮ばかり。二人とも、もちろん私も特に騒ぎたてることはない。流石に武装状態ではまかり通らないのでとりあえず衛宮の服を着せたわけだが、小柄なセイバーはともかくライダーはもう。お臍は見えるしラインがぴっちりとうき出てるし半ケツどころか全ケツ出そうなローライズっぷり。武装状態と露出度ではそれほど変わらないが、外すわけにもいかない自己封印・暗黒神殿がその異様さを際立たせている。出会いがしらの一瞬とはいえよく藤村も見逃したものだ。そして遠坂ではないが聊か猫をかぶりながら真っ赤な釈明を始める。

「そろそろ卒業も近いという事で衛宮といい加減仲直りしておこうかと思いまして。昨日思い切って泊まりがけで来た次第です。藤村先生なら衛宮がそれでどう言うかはお分かりですよね」

「うんうん。そっかー、仲直りしたんだー。よかったねー、士郎」

「え?ああ、うん」

「それと、しばらくこちらに泊まり込むことに致しましたので」

「え、それはまた何で」

「実は私三年になったら部活を引退するつもりですので代わりに衛宮に弓道部に戻るように説得しようかと思ったのですがこちらはなかなか。なので、ここは一つ持久戦に持ち込もうかと」

「うーん、やっぱりなんだかんだいって間桐さん責任感はあるのね。士郎はどうなの?そういう気あるの?」

「あっと……あー、そのまだはっきりとは。ほら、俺だって三年になるわけだろ?」

「なによぅ、曖昧ねぇ。んー、ま、士郎なら間違いがある事もないか。それで、その子たちは?」

「はじめまして、セイバーです」

「妹のライダーです。衣服に関しては、すいません。置き引きに合ってしまい身につけていた物以外は紛失してしまったのです。その旨伝えると、彼が新しく買いそろえるまでの間は自分の服でも貸そうと」

「妹?!ライダー妹?!」

「間桐さん、何でそんな取り乱してるのかな?で、御用向きは」

 問われて、まずはセイバーが姿勢を正して答える。

「生前彼の父、衛宮切嗣に受けた恩に報いようと来てみれば彼はすでに鬼籍にはいっているとのこと。そこで彼の息子、つまりシロウに父の代わりになっていただこうと」

「律儀な人だねぇ。えっと、でつまり具体的には?」

「ここに住みこんでシロウの剣となり警護を致すつもりです」

「……えええええ?!さ、流石にそれはダメだよ!いけません、お姉ちゃん認めません!ライダーさんもそうなのかな!」

 対してライダーは特に気追う事もなく答える。

「はい、私は観光でついてきただけですので素泊まりのホテルでも取ろうかと思っていたのですが、先ほど言いましたように置き引きに会いまして。彼の厚意に甘えてこちらに宿泊させてもらおうかと」

「うぬー……追い出すわけにもいかないけどさー。で、とりあえずセイバーちゃん。だめだよ、そういう事言うならそりゃ強いんだろうけどせめて私より強くなくちゃあ認められないわね」

「そうですか、それではお手合わせねがいましょう」

「え?え、えー?!」

 流石にこの忙しい時間帯にそんな事をやっているわけにもいかないので夕食後、改めておこなうことで落ち着いた。いくら藤村が有段者とはいえ英霊と只の人間で勝負にすらなるわけもないのだが。

それにしても桜、久し振りの一緒の食事だからってそんなに気まずそうにしないで。お姉ちゃん傷ついちゃうよ。

 

昼休み、屋上で衛宮と弁当をつつきながら作戦会議を行う。

「さて、とりあえず遠坂には見つかっていないけど、どうしようかしらね」

「だからさ、そんなに遠坂を警戒しなくてもいいんじゃないか?」

「えーみーやー。お前昨日だけで二回死にかけといて暢気なこと言ってんじゃないの。正々堂々真正面から撃ち殺されるよ」

「撃ち殺される?遠坂は拳銃でももってんのか?」

「ガンドよ、ガンド。遠坂の得意技、十八番、お家芸。言っとくけど風邪ひくぐらいの生ぬるいものじゃないわよ。あれはもう実弾と変わりないわね」

「良く他人の家の魔術を知ってるな。基本は秘匿だろ」

「ん、まあ色々ね。さて、現状はキャスター、アサシン、アーチャーが不明でこのうちのどれかが遠坂のサーヴァント。マスター確定は遠坂とあのガキ。マスター不明はランサーだけ。マスターは全員冬木に居る筈だけど、ライダーは魔力不足でいざって時が不安になるしセイバーは霊体化できないから斥候も無理。まあ、明るい話もないではないけど」

「えーと、ランサーの正体か」

「そ、クランの猛犬。アルスターの光の御子。赤枝の騎士団。戦いになると骨は皮膚の中で回り、天を衝く髪からは血がしたたり、片目は針の目ように小さく、もう片方は化け物じみた大きさに。口は耳まで裂け、体は膨れ上がり、衣服ははじけ、踵とふくらはぎは裏返り、「戦士の光」は額から天を貫くとかなんとか」

「怖いよ!化物じゃないか!そんなの英雄じゃねぇー!」

「まぁ、日本じゃ認知度低いからか人間ぽかったね。現地だったらまんまでてきてたかも」

「良かった……!開催が日本で本当によかった……!」

「で、まぁ自分で自分に課したタブー“ゲッシュ”が結構あってね、守ってる限りはその加護を受けるけどこれを破ると弱体化するんだって」

「たとえばどんなのだ」

「犬を食べてはいけない。目下の者の食事を断ってはいけない。詩人の言葉に逆らわない。後色々」

「……つまり俺は昨日夜食に犬肉料理を作りつつ詩を諳んじればよかったのか―――できるか……!」

「混乱してるね、衛宮」

「まあな―――専守防衛ってわけにはいかないかな。そもそも相手がいなけりゃ何もできないだろ」

「まぁライダーもグロッキーだし回復するまではそうしたいところなんだけど。衛宮、お前は誰も死なせたくないんでしょう?だったら私たちにかかわらないところでの戦闘はどうするの?気づかない限りは放置?新都で魔力集めしてる奴は?」

「む、そういうわけにはいかないな」

「キャスターならあたりは付くけどね。柳洞寺、あそこは何度か聖杯戦争最終決戦地になってるし陣地を築くには持ってこいってかんじなのよ。実際ライダーがあそこには魔女がいるっていってたしね」

「それじゃあ、一成にでも聞いてみるか、なんか最近見慣れない奴いないかとかなんとか」

 そんなことを言う衛宮を横目にふと、フェンス越しに校庭を見渡す。まばらではあるがそれなりの人数がいる生徒を見て、次に屋上の真ん中あたりを、私には見えないけれどあるはずの基点を見て思う。

――――あれでどれ位ライダーは回復するんだろう。

 他者封印・鮮血神殿。

 結界内の人間を文字通りに消化するライダーの宝具のひとつ。

元々は魔力補給よりも遠坂に対する釣餌の意味合いが強かったが、どうしようか。サーヴァントは見られた。遠坂の性格なら結界の解呪を行うだろうからしばらくは行動が読みやすくなる。これ以上基点を増やさないにしても、むしろ放置した方がいいんだろうけど、昨日のあれでバーサーカーを殺せなかったのは誤算だ。なんとかして魔力を補給しなければ碌に戦う事も出来ない。もとよりライダーというクラス自体が宝具に頼った戦闘を基本にしているわけであるし。

「ライダー、調子はどう?」

「体の方はともかくベルレフォーンの使用はしばらく無理です。今使ったらその場で消滅してしまいますね」

 これだからね、てっとり早い供給方法ではあるけど。

裏切りたければ裏切ればいいと衛宮は言った。鮮血神殿を発動させれば衛宮を裏切ることになるのだろうか。なるんだろうな、きっと。これは新都で行われているような中途半端なものではない、完成した上で発動すれば結界内の人間は文字どおり消えてなくなる。その場合、この関係は決裂するんだろうか。遠坂の件は保留するにしてもこれは、可能性に含めておくべきか。

「そ、ごめんね」

「いえ、いいんですよ。私はシンを守るためにいるのですから。ですから、どうか謝罪ではなく労いの言葉を」

「ありがとう、ご苦労様、ライダー」

「身が震えます。ふふ、これだけでもう漲ってきた……!」

 あれ、衛宮なんで引いてるの?

 とにかくあの少女の言う通りなら明日の夜にはゴッドハンドとやらが完全に回復してしまう。それまでになんとか解決策を講じたいところだが。

「衛宮、お前昨日のガキと知り合いみたいだったけど」

「二三日前に道ですれ違っただけだ。どうも向こうが俺のことを一方的に知ってるっぽい。可能性としては親父の知り合いかな」

「衛宮の?どういう人だったの」

「海外をふらふらしてた流れの魔術師。つっても血縁はないんだけどな。色々あって養子になったんだ。先に言っておくけど隠し子とかじゃないぞ、多分」

「流れの、ね。―――衛宮は遠坂が魔術師ってことは知らなかったのよね?ていうことはセカンドオーナーへの申告もしないようなモグリ魔術師ってことか」

「あんまり悪く言うなよ。俺の親父だ」

「別に悪口を言うつもりはないけどね。しかしそれだと衛宮から漬け込む手掛かりはなしか。もう一つ、お前自分の体の異常に気付いてる?」

「ん、なんだろな。最近、というかセイバーを召喚してからやけに死ににくくなってる。俺にもよくわからん」

「ということはセイバーから何かが流れ込んでるのか……。セイバーの調子はどうなの?今朝はやけにパクパク食べてたけど」

「どうも俺から魔力供給が滞ってるらしくてあれで魔力補給なんだと。あとはひたすら寝て温存。とはいってもおかわり断られたしな。バーサーカー戦のことを差し引いてもしばらくは問題ないんじゃないか」

「んー、なんにしろ戦力不足がいなめないわね。ライダーの魔力回復はどうする?血でも飲む?」

「おいおい、それで回復するのか。まるで吸血鬼だな」

「シロウ。私は吸血鬼でこそありませんが正真正銘の吸血種なのですよ」

「え、だって今昼だぞ」

「ブラム・ストーカーですか?あれを信じるようならホンモノにあったときはさぞ驚くでしょうね―――さて、シンそれではお言葉に甘えて」

「ん」

 軽く肩を肌蹴る。

「衛宮、あっち向いてろ」

「あ、ああ、悪い」

 慌てて向こうを向く衛宮にくすりと笑ってからライダーが牙を刺した。漏れ出した血液をぺろりぺろりとライダーの長い舌がなめとっていく。ライダーの体臭が香る。視界にライダーの後頭部が、露にされた滑らかな肌が入る。本当にきれいな髪だ。羨ましい。密着した体から今を生きるはずのない英霊の心音が伝わってくる。そのリズムに陶然としてきたところでライダーが顔を離した。

―――なんだろう、あの上気した頬は。もしかしてものすごく迂闊なことをしたんだろうか。魔力供給の名目で何度か吸わせてきたが、状況の問題だろうか。漏れ出す雰囲気が非常にヤバ気な感じである。

「衛宮、協力してほしいことが」

「おう、何でも言ってくれ」

 こちらを向かないままで答える衛宮を指差し

「ライダー、許可する」

「ありがとうございます」

「何の話をぉぉおおおおお?ラ、ライダーさぁん!?痛い、くすぐったい、気持ちいい!?」

 ちゅうちゅうと吸われた衛宮は暫く肩を震わせていたが立ち上がりつかつかと歩み寄ってくるとこちらの肩に手を置いて

「何か別の方法はなかったのか……!」

「あることはあるんだけどね、しかももっと効率のいいのが」

「それは何だ、出来ればそっちがいい」

 ああ、こいつは本当に基本的なことを知らないんだなぁ。

 私は肩に置かれた衛宮の手を私の手でそっとつつみ胸の前にもってきてまるで告白を受けた少女のように微笑みながらゆっくりと、はっきりと、聞き間違いなんてあり得ない位明瞭に、宣告した。

「ライダーを抱きなさい」

「―――ぁえ?」

 聞こえただろうに、むしろ聞こえたからこそかもしれないが衛宮はぽかんと口を開けてしばらく私と後ろに立つライダーを交互に見つめかたまった後、

「―――ぁえ?」

 繰り返した。今度はなんだか泣きそうだ。精神的な奇襲に弱いやつだな。それでも多少落ち着いたのか、汗をだらだらこぼしながら、

「いやいやいや、まずいだろうそれは。そりゃ立川流やら房中術やらあるけど、ダメだ。、そもそも俺はそう言う儀式じみた事はさっぱりだぞ」

「あのねぇ、魔術師がそんな事言ってどうするのよ。男の精には人間一人生み出すだけのエネルギーがあるのよ。科学でも魔法でもまだ再現できないことなの。だったらそこから補填して何かまずいことでもあるの?」

「まずいだろ!魔術云々以前に人として!倫理的に!愛故にだろう、そういうことは!」

「死にたくないのよ、私は。魔力が足りないってことは単純に戦力の低下ってだけじゃなくて消滅の危険もはらんでいる。いざとなれば衛宮に助けさせるけど、ライダーが消えるのは私の望むところじゃない」

「じゃあ、俺が守るから!ライダーが消える暇もないほど徹底的に守るから!」

「そういうわけにもいかないでしょ」

「まぁ、シロウが望む望まざるにかかわらず致す方法はあるのですがね」

「アレね」

「アレです」

「俺の!自由意思が!今!殺された!」

 私とライダーが頷き合い衛宮が叫んだところで昼休み終了十分前を告げる鐘がなった。

 なんだか藤村みたいね、というと途端に大人しくなってついてくる衛宮の足音を聞きながら考える。衛宮は校舎にいくつも在る基点に気付いてないんだろうか。そもそもの目的が囮であるためにカモフラージュは度外視しているから気づくのは容易なはずだが、私がそういうことをしているとは毛ほども疑っていないのか?あ、いや、もしかして、違和感はあってもそれが何に起因するかまでは分かっていない、とか?カマをかけてみようか。

「衛宮はさ、強化と投影が使えるっていったけど、それはお父さんに習ったの?」

「ああ、最初は投影やってたんだけど効率悪いからって強化を教えられた。でも、色々習う前に死んじゃってね。文献もつながりも無かったから仕方なくそればっかりやってきた。まーでも滅多に成功しないんだよな、どっちも。投影は出来ても使えないものになるし強化はやり過ぎて壊れちまうし」

「じゃあ、もしかしてランサーに殴りかかったときのポスターは?」

「強化して鉄並の強度があったかな。アレは何年ぶりの成功かなぁ」

「しみじみとしてるところ悪いけど、そういうのは使えるって言わないよ。やり方を知ってるっていうの」

 衛宮はまったくだと頭をかいてからそういえばというふうに軽くこちらを睨む。

「お前さ、桜にまた手をあげたろ。なぁんで妹を大切にするなんて簡単なことができないんだよ」

「……なによ、私の妹よ。どうしようと私の勝手でしょ」

「家に通いだしてももう一年と半年。俺にとっても妹みたいなもんだ。今朝もせっかく一緒に朝飯くったのに、最初から最後まで目を合わせようともしないで。ったく、次会った時には謝れよ」

「イヤよ、なんで私が桜なんかに」

「悪いことをしたら謝るのは当然だろ。いいか、家族は仲良くするもんだし上の奴は下の奴を守るために先に生まれるんだぞ」

「ふん、衛宮らしいお節介よ。ホント、藤村みたい」

「そこんとこは俺の自慢だ」

「あっそ―――そう、ね。聖杯戦争が終わったら謝ってやってもいいかもね」

「約束だぞ」

「忘れない限りはね」

「さてと、それじゃ今晩くらいから色々教えてくれよ。ライダーは魔術の事分かるんだろ。それに慎だって魔術師なんだし」

「今、なんて?」

「慎も魔術師、なんだろ」

「――――んふ」

「何だよ、気味の悪い笑い方して」

「ふふん。わかったわ、じゃあ晩御飯食べたら講座を開いてあげましょう」

 浮つく頭で確信する。衛宮は結界に気付いていない、ないし、分かっていない。

 よかった。心の底からそう思った。

 それがいったい何によるものか、今ひとつ私には分からなかった。

その晩の夕食後今朝の約束通り、藤村とセイバーの手合わせがあったわけだが結果は言わぬが華。

 なのだが、

「えっと、藤村先生」

「んにゃ、なにかな、間桐さん。あー、確かに五人は狭いかな。ごめんねー、士郎。二部屋使うから今日は離れで寝てくんない?」

「―――衛宮」

「観念しろ、慎。あれは誰にも止められない」

 なぜだか衛宮を除く五人で布団を並べて雑魚寝する羽目になってしまった。

 ていうか桜と。

桜と!

非常に気まずい。

再び衛宮の方に視線を向けたが、既に廊下の向こうに消えていた。あの野郎。

その後は質問攻めというか、世間話というか、ライダーが思いのほか作りこんだホラ話をしたりセイバーが藤村と剣術談義に花を咲かせたり色々とあったわけだが、とにかく、そこで桜と何を話したかは知らぬが仏、である。

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