―――後30p
迫る鉛色の拳。
いや、もしかしたらアレは斧剣か。
とにかく、目測、あと30p。
―――後20p
時間がゼロに限りなく近く細分化される。
視界をすべて把握し助かる術を意識的にあるいは無意識下に模索する。
その端に映った白い少女は従者に命令を下した時点でこちらに興味をなくしているのか明後日の方を見ている。
ああ、更に、迫ってくる。
―――後10p
熱が消えた。
音が消えた。
色が消えた。
ああ、これがそうか。脳の処理能力全てを思考に回すために他の回路を遮断するとかいうあれだ。でも、もう―――
―――後5p
走馬灯なんてものは、見なかった。
そんな物を見るほど実りのある人生でもなかったな。
限界まで加速された脳味噌でそんなどうしようもないことを考える。
仕方がないので僕はどこで間違ったのかを考えることにした。
――――やはり衛宮と何としてでも手を組むべきだったんだ。
今更に、そんな事を考える。
もしも、次があるのなら―――
―――後1p
馬鹿馬鹿しい。
―――後――――5o――――――1o―――――――――――――――――――――――――――――――皮膚を裂き―――――――――――肉を抉り―――――骨を割り――――――――ぶちまける―――――――――――――――――――刹那の先の未来を観る――――――――――――今―――「――――はっ」
最後に僕は顔を歪めた。
多分嗤ったんだと思う。
「――――――」
何だろう。
違和感がある、気がする。
目の前凡そ3m上に見慣れた天井。
顔を左に傾けていつもどおりの自分の部屋だと確認する。
顔を右に傾けて窓から差し込む日の光をみて今が朝だと確認する。
今は真夜中ではないし、ここはビルではないし、そして、自分は、死んではいない。
そんな当たり前のことを確認して、ベッドからもぞもぞと抜け出すと寝間着のまま食堂に向かい、何時ものように用意されていた朝食をいつものように一人で食べる。妹は友人の家にいるし、御爺様が食事をとっているところは見たことがない。少し前から一人増えたがアレは「食事」の形態が異なる。
味は―――まあ、いつも通り。
不味くはないが美味くもない。いや、多分、美味いんだろう。舌が慣れている以上に家の臭いが鼻についてよく分らない。食事を終えるとシャワーを浴び、臭いを洗い流す。こんな事をしなくても誰も気づかないんだろうが気分の問題だ。濡れた髪を乾かし、制服に着替えて、家を出る。
行ってきますとは、言う相手がいなかった。
さあ、ここからは、枯れ果てた魔術師の家系の更に残り滓でなく、学校の人気者、弓道部副主将、男子のアイドル、間桐慎だ。
「――――?」
なんだろう。
朝起きた時と同じような違和感がある。しばらく考え込むがはたと思い当たる。今朝見たあの夢だ。内容は既におぼろげだがその上で頭にこびり付く、目の裏を焼くほどに鮮烈な死のイメージ。それがあんまりにも強烈だから今、こうやって息をして二本の足で歩いている事実に違和感があるのだろう。そして夢の所為かどうか分からないが薄い衝動が胸の内で湧き上がった。
―――衛宮に会いたいな
自分で部を追い出した友人の事を考える。最近疎遠ではあるが久々に会ってみるのもわるくないかと考えながら歩く。ほどなく学園に着きその足で弓道場に向かう。
すると早朝練習にはまだ少し早いというのに弓道場前でうろうろしている赤い人影があった。トレードマークのツインテール。毛先にわずかに癖が付いているだけの髪の毛は密かに羨ましかったりする。只、赤を基調に据えたファッションセンスは頂けない。正直真っ赤なコートが目に痛い。
もう一人の学園のアイドル、優等生、ただし猫かぶり×5なのはあの屋上での一件でイヤというほど思い知らされた。
そして本当の魔術師。
そして本当の桜の姉。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「間桐さん、おはよう」
「おはよう、遠坂」
不自然な間は回避できた、と思う。大丈夫。大丈夫。大丈夫。うん、大丈夫。
二言三言言葉を交わしてから別れる。遠ざかる背中を目に焼き付けてから弓道場に入る。
まだ誰も来ていない。道着に着替え弦をはりすっと息を吸いふっと吐いてから的の手前2mの位置に先ほど焼き付けた遠坂の後ろ姿を投影する。
射法八節。
足踏み――私は――胴造り――遠坂を――弓構え――この戦争で――打ちおこし――殺す――引き分け―――会―――離れ――――――――――――――――――――――――残心。
放たれた矢は狙い違わず投影された遠坂の後頭部を打ち抜いて的中。頭蓋が割れて脳漿を垂れ流すところまで見える気がする。後ろめたさは無く爽快感のみがな感覚が背中を貫き僅かに笑みがこぼれるのを自覚した。とはいえ妄想の上でさえこれでは遅すぎる。足踏みの前に覚悟を決めなければ。
これでは、到底、殺せない。
よし、もう一度―――
「おいこら、間桐」
「ふん、美綴か」
声をかけられ振り返れば、弓道部部長、美綴綾子がいつの間にか苛立たしげに腕を組んで立っていた。
―――何であんなに怒っているんだろう。
「なんて射をするんだ、お前は」
「はん?八節ちゃんと丁寧にやって的中してなんで怒られなきゃならないワケ?」
「八節以前の問題だ。弓を人に向けるんじゃない」
ああ、そういうことか。それにしてもよく分ったものだ。まさか殺気がしたとかそんな一般人離れしたことは言い出さないと思うけど、妄想を射抜いたぐらいで気取られるとは。やっぱりまだまだか。そう心の中で自嘲してから二本目を手に取る。
「聞いてるのか、間桐」
「美綴、病院行ったら?何処に人がいるの?ハハ、しばらく学校休みなよ。部の方は私がしっかり見ておくからさ」
そう言い捨てて、今度は的だけを見て八節に入る。流石に今は話しかけてこない。
結果、先ほどより少し上にずれた。今度も残心まで嫌味ほど丁寧に終えてから美綴に向きなおり、
「どう?」
「お見事―――とでも言うと思ったか。間桐、お前偶にだけど人を見立てて構えるだろ。ああいうのは止めろよ。見てて気持ちが悪い」
「っは、失礼ね。そんな暗いマネするわけないじゃないの。私を誰だと思ってるのかしら?」
「やれやれ。全く、衛宮と言いお前と言いウチにまともな上級者は来ないのか」
「美綴と、後は桜が居るじゃない」
「妹に頼るなよ、後、射形の歪みも直せよ」
はぁと、大きくため息をついてから美綴は弓を取りに行った。
まあ、最後は少しイレギュラーが入ったが、これが私の最近の朝である。
放課後。
ちょこまかと動き回る衛宮をなんとなく眼で追いつつ意識を思考の海に沈める。考えることは―――本当なら戦争に向けて策を練らなきゃならない現状なのに弓道場の掃除をしている衛宮を暢気に眺めている自分について、とか。
「―――あれぇ?」
はて、少なくとも今朝までは殺し合いをするための覚悟を決める練習をしていたのに、何でここまで無駄な事をしているんだろう。掃除を衛宮に押し付けてさっさと帰る腹積もりだったのに、口からでたのは
「衛宮、掃除手伝って」
「よしきた、まかせろ」
シークエンスゼロセコンド。
脊髄反射で了承するお人好し、もしくはバカ。そして付き合う自分。いや、たしかに手伝うってことは少なくともそこに居なくてはならないのだけれど、いつもなら単に通告するだけのはず。仮にそういったところで
「衛宮、掃除やっといて」
「よしきた、まかせろ」
やっぱり脊髄反射で答えるであろう目の前のバカ―――目の前?
「どうした。ぼーっとして」
「考え事。衛宮掃除は?」
「ん?終わったよ」
「早いね」
「―――慎、外」
「あれ」
言われてみればとっくに真っ暗。腕の時計に目をやれば、すでに時刻は深夜に差し掛かろうという時間。掃除を始めてからざっと六時間。こいつ、どこまで掃除したんだと見回してみれば床や壁は言うに及ばず、矢立、弓立て、果ては上り口までやっている。ここからでは分からないが多分更衣室やトイレまで掃除できるところは全て掃除したのだろう。お前は靴屋の小人か、このバカ。適当ってものを知らないのか。
「衛宮、お前はやっぱりバカね」
「む、なんでさ」
「バカバカバーカ」
「バカバカ言うなよ。バカになるだろ」
「手遅れよ。でも、お前はやっぱりいい仕事するわね」
思い出すのは、五年前。夕日。二人だけの教室。あの頃は楽しかった気がする。単に何も知らなかっただけとも言えるが。今は―――どうだろうな。またぞろ無駄なことに頭を使おうとすると衛宮が頭をかきながら、
「ありがとう、でいいのか?俺はここで怒るべきなのか?」
「正義の味方なら愚直にならなくちゃ」
まぁ、衛宮が変わらずバカなんだから、今もきっとあの頃と一緒で楽しいんだろう。只自分で何が楽しいのか分かっていないだけで。
荷物を持って外に出れば二月の風が頬に冷たい。いくら冬木の冬が暖かいとはいえ夜中は冷える。早く家に帰ろう。
寒いのも嫌だが命を落とすのはもっと嫌だ。いい加減他のマスターも動き出すだろうし、出来るだけ安全策を取らないと。
聖杯戦争。
なんでも一つ願いを叶える願望器、聖杯を奪い合う殺し合い。参加者は七人の魔術師と七騎の英雄。出来そこないのファンタジー、でなければ、始末に負えない馬鹿騒ぎ。
私は何を願おうか。そういえば、参加できたことに、魔術師になれたことに浮かれてそんな事を考えるのも忘れていた。どうせ手に入れても御爺様に献上するのは確実だし。
「衛宮、何でもひとつお願いを叶えられたら、どうする?」
なんとなく、本当になんとなく、衛宮に聞いてみた。
―――なんで固まってるのよ。なんで笑うのよ。
「慎、お前からそういう事聞かれるとは思ってなかった。お願い、お願いね。しかもなんでも、か。この年になるとそういうのも、うん」
「なによ。いいじゃない、別に」
「あー、さしあたって味噌が欲しいな。一昨日きれたんだよ―――痛いな、何で蹴るんだよ」
「真面目に聞いてるの」
「真面目なのかよ―――じゃあ、慎にやるよ。やりたいことは自分で何とかしないとな。それが俺のスタンス。だから俺の分のお願いはお前にあげよう。―――痛いな、だから何で蹴るんだよ」
「バカ、このバカ。この衛宮。衛宮にも程があるわ」
「なんだ、それ。俺にも程があるって」
「煩い、小間使い。私の鞄も持ちなさい」
「なんでさ」
口で言いつつ素直に鞄を受け取る衛宮。
こいつは恋人ができたら絶対尻に敷かれる。しかもそれを苦痛に思わないどころか「ああ、俺は愛されてるなぁ」とか呆けたことを思うに違いない。くそう、何だか腹が立ってきた。いくら夢の所為とはいえこんな奴に会いたいと思うなんて不覚にもほどがある。こんな思いをするのもからかいついでに衛宮に弓道場の掃除を放り投げるときに不意に頭をよぎった、今朝よりも一層濃くなって胸にわだかまった「衛宮と一緒にいなければならない」という出どころも根拠もあやふやな妙な考えの所為だ。
あんまり訳が分からないので手近にあった衛宮を足を蹴りつける。
「痛いって。今度こそは蹴られる理由が分らないぞ」
「察しなさい」
そのまま校庭を横切って校門に出ようとすると、金属がぶつかり合うような耳障りな音が聞こえてきた。今この時期にこんな類の音がするとは十中八九は戦争絡み。どうしよう。衛宮もいるしな―――なんて考えていると衛宮の方が肩をとんとん叩きながら、
「なぁ、慎。アレは何だと思う?俺には青タイツと赤マントが殺しあいしているのを遠坂が観戦しているように見えるんだけど」
「何処の学校怪談よ、それは」
言ってからそちらを見ると私にもそう見えた。遠坂はライダーの結界の基点を潰しに来て、相手はそれを見越して待ち伏せ、というところか?
まぁ、情報収集は必要だし、気づかれないように気づかれないように。
ああ、確かにあれは殺し合いだ。
青い影と赤い影が殺し合っている。
なるほど。高々七組十四人で戦争とはいくらなんでも大げさだと頭の隅で考えていたが。
これは確かに―――――――――――戦争だ。
騎士。槍兵。弓兵。騎兵。魔術師。暗殺者。狂戦士。
それぞれが一兵卒ではなく一兵器。
私はあんなモノを従えてあんなモノを打倒するのか。
それは――――とても。
とても―――ステキ
「―――はっ」
私は顔を歪め息を吐く。
多分嗤ったんだと思う。
「逃げるぞ、慎」
衛宮が、私の手をとって息苦しそうにそんな事を言う。
衛宮は何を言っているんだろう。
「何を言っているの」
何を、逃げるだなんて、バカなことを。
「バカなこと、言わないで」
私もあそこに混ざらないといけないのに。そうすれば、私は今以上に魔術師になれるのに。そうしなければ、私は魔術師になれないのに。
「ほら、遠坂はあんなに楽しそうじゃない」
ああ、私が気付いていなかった楽しいこととはきっとあれのことだ。脳味噌が蕩けそうだ。神経が焦げ付きそうだ。血潮が沸き立つ。なにより遠坂があそこにいる以上、いつまでもこんなとことで見物している訳にはいかない。
「遠坂には、負けられない」
そう言って腰を浮かせたところで、青い影をこちらを見た。
「衛宮、ちょっとまって!」
「バカ、早くしないと。あんな化物相手にして余裕なんてもつんじゃない」
「っのバカ!だからってなんで校舎に逃げ込むのよ、自分で退路塞いでどうすんの?!」
「―――あ」
衛宮の手を振り切って、怒鳴ってから、辺りを見回す。幸い、というべきかあの青い男は未だ追いついていないがあんな化物じみた動きができるならさっさと追いつけるはず。ならば遠坂の追走を受けながらさらにこちらを追っているということか?
「とりあえず、慎はそこら辺の教室に隠れてろ」
「―――衛宮は?」
なんとなく予想はできるが、一応聞いてみる。そして衛宮は予想通りに囮になると返答を返してきたので中身の詰まったカバンを思い切り振りまわして頭をはたき飛ばした。旋毛のあたりを摩り摩り恨みがましく睨んでくる衛宮の鼻っ面に指を突きたて怒鳴りつける。
「この衛宮!確実に殺されるじゃない、お前は本当に大バカねっ」
「慎は我儘だな」
「何処が」
「さっきは、あそこに入ろうとしただろ?だったら慎にだけはそんな事を云われる筋合いは、ない」
二の句も継げない。いや、そもそも、最初に衛宮に従っていればこんなことにはならなかったのだ。こんなことではこの先も絶対に生き残れない。冷静にならないと。ていうか―――
「衛宮、怒ってる?」
「大分な」
「自分の命よりも他人の命なのね、この正義の味方め」
「ありがとう」
「褒めてない」
少しばかり空気が緩んだところで、待ちくたびれたように青い声が割りこんできた。
「よし、もう未練はないな?お前ら」
「あ―――」
「う―――」
「まあ、あれだ。見せつけんじゃねぇよ。畜生、エマーよう。俺はこんなセコイ事しに来たわけじゃないのによう」
はあと大きくため息をついてから、いかにも気だるげに赤い槍をこちらに向けると、
「まずは坊主」
とっ、と本当に軽く、吸い込まれるように、衛宮の胸に槍が―――
「ライダー!」
私の絶叫に近い呼び声が空気に吸い込まれて消えるよりも先に眼の前に人影が実体化し、釘剣を構える。対して男は即座に状況を理解しにぃと口の端を吊り上げかかっと楽しそうに喉を鳴らす。刺した時とは逆にぞんざいに槍を抜き肩に担ぎ、
「こいつは、悪くない。一晩で二騎か。しかし、迂闊だな。嬢ちゃん、クラス名はそう安易に言うもんじゃねぇよ?」
「喋るな、死ね」
弾けるようにライダーが男に飛びかかる。
二人の戦闘を背中に感じながら流血夥しい衛宮を背負い、駆けだす。早く病院に連れていかないと。血が。死んでしまう。致命傷だ。病院に、衛宮を、衛宮が、死――――――――――ヤダ―――――衛宮――――ヤダ―――――「間桐さん?衛宮くん?!」邪魔よ、遠坂。殺しあいでも何でも好きにして。後ろの赤いのも―――――――あれ、衛宮、何でそこに。お前は背中に、あれ。
唐突に、赤い影が消え、私の意識も一気に落ちる。死んだ、訳じゃない。これはあれとは違う。はは、頭を揺らされただけか、気持ち悪い。お前はどこのボクサーだ、赤い衛宮。いくら背格好が変わったって誤魔化されないわよ、おい、邪魔よ、私は、衛宮を―――――――――
「――――むぅ」
「起きたか、慎」
「あれ、えっと……」
頬に風が当たる。寒い。外かここは。周りには庶民庶民した家が、眼の前には衛宮の背中、広い、厚い、熱い、赤い、血の色が。
「え、衛宮!お前、怪我、胸の、血が!」
「落ち着けよ、深呼吸深呼吸」
「あ、うう。いや、あれ。お前絶対さっき死んでたのに」
「うん、どっこい生きてる。制服は血でべっとりだし、穴も空いてるけど体には傷一つない。なーんか慎のほかにもう一人いたような気もするんだけど。お前は知らないか?」
えーと、誰かに会ったような、赤。うん、赤い誰かが、一人、二人?あの場にいたなら遠坂とそのサーヴァントのはずだが、助ける義理もないはず。
あ、いや、遠坂は私と衛宮の事を巻き込まれただけの一般人だと――――?遠坂が戦争の裏技を知らなければ、いや令呪システムを御爺様が担った以上知らないと考える方が妥当か。そんな私の考えをよそに衛宮はなおぶつぶつと繰り返す。
「長髪の女がいたような―――いなかったような?頭がふらふらするな。血が足りない。出来るだけ拭き取ったけど明日は学校の怪談が一つ増えるな」
死にかけたショックか、衛宮はライダーの事は覚えていないようだった。うん、曖昧なら夢幻で押し通そう。
「―――衛宮、頭、大丈夫?」
「む、なんでさ。とりあえずお前を家に送ろうと思うくらいにははっきりしてるぞ」
「こっち、衛宮ン家でしょ」
「―――あれ。まあ、そんな血だらけじゃ帰れないだろ。今日は泊ってけよ」
「うん、そうする」
こてんと、衛宮の背中に頭を預ける。既に血糊は乾ききってごわごわとした感触がいささか不快であったがそれ以上に、衛宮の拍動がしっかりと聞こえることの安心感が勝っている。そのリズムを刻みつけながら先ほどの蒼い槍兵の姿を思い出す。この戦争でどうしても殺すべき相手が一人増えた。私のものを傷つけて只で済ませるつもりはない。覚悟していろ。
「起きてるか、慎」
「ん、なに」
衛宮が歩みを止めないまま声をかけてきたので、思考を打ち切って返事をする。少しばかり声がしゃがれているのは気管に傷でも付けられたのだろうか。
「あんまりさ、無茶するなよ。人間、死んだらそれまでだぞ」
「何言ってるの。無茶とか無謀とか、それは衛宮の専売特許でしょ?私はブレーキ役だよ」
「分かってるならいいよ。お前は追いつめられる立場じゃなくて追い詰める立場があってる。その分、少しでも無茶したらあっという間に追い詰められちまうから、用心するんだぞ」
「衛宮の癖に私に忠告なんて生意気よ」
ぎゅうと、首を絞めるまねをすると衛宮は軽く笑ってから背中をゆすって私を担ぎなおし少しばかり真剣な声で再度、
「もう一度言うけどな、死んだらそれまでだぞ」
「分かってるわよ、大体衛宮にだけは言われたくないわね」
「俺はいいんだ、無茶をするのは俺の専売特許なんだから」
「バカ」
もういいや、と今度こそは瞼を閉じて眠りに落ちる。
疲れた。本当に。血の匂いも気にならない位に。衛宮、ごめんね。ああ、ライダーはどうしたかな―――
ビルの上。
天頂に上る天馬。
やがて天頂に至り、彗星のように下降する。
迎え撃つ矮躯の騎士。
手には星から生まれた聖剣。
アレこそがあの騎士の宝具か。
らしい。あまりにも、らしすぎる。
単純明快。わかりやす過ぎるその身の象徴。
西洋剣でやることと言えば、
振り上げ、降ろす。
騎士が叫ぶ。
「――――――――――――――――」
彗星が唸る
「――――――――――――――――」
両者がぶつかり合って、
後に残ったのは
矮躯の騎士だった。
バイバイ、ライダー
役立たずの化物め。
「――――――」
次に目を開けた時はどこか、和風な客間であった。眠りから覚めつつある胡乱な頭で畳から立ち上る伊草の芳香をしばらく楽しみながら直前の記憶をまさぐり、ここがついぞ訪れることのなかった衛宮邸だと思いいたる。間桐邸にはない真っ当な家の雰囲気に、桜ではないがここで朝食を食べたいなと思った。そうすればおそらく、いつもよりずっと美味しくなるのだろう。そんな事を考えていると最後に誰かと食卓を囲んだのは何時だったか思い出せないことに気がついた。おぼろげながら父母と囲んだ様な気もするが、はて、あれは、何時の事だったか。そもそも、彼らは何時の間に私の目の前から姿を消したのだったか。そう考えて苦笑する。父母と囲むなんてあり得ない。だって母は私を産んですぐにいなくなってしまったのだから。
思考を打ち切って自分の身を見下ろすと、
「スプラッタ……」
制服が衛宮の血糊でバリバリです。うう、髪の毛にもついてる。ああ、せっかく伸ばしたのに。いっそ昔みたいに短くするか。衛宮はショートは好きだったかな。―――うん?私ショートの時なんてあったっけ?
「おう、起きたか」
襖を開けてはいってきた衛宮はすでに着替えていた。
自分の家だから当たり前と言えば当り前か。
「衛宮、服」
言うと、手に持っていた布を差し出して、
「藤ねぇのお古でわるいけどな」
「地味だなぁ……」
受け取って広げてみれば、なんだ、これは。トラ柄じゃないのは救いだが、あんまりにも地味だ。こんなもの私には似合わない。
「もう少し派手なのがいい」
「あとはトラ柄になるな」
「藤村はおかしい。虎狂いめ」
それでも血染めの制服よりはマシか。血を洗い流してから着替えるとしよう。
「衛宮、風呂」
「沸いてるよ」
「褒めてつかわす」
「恐悦至極」
「背中流して」
「御免被る」
「何処の誰よ」
「お前こそ」
衛宮には血が、私には精神の余裕が、それぞれ足りない。うん、よし、うん。
立ち上がって、なんとなく外を見れば、土蔵が目に入った。
あれは、あの中で衛宮は、魔術師としての鍛錬を、私に黙って―――さっき、私は何で衛宮を助けたんだろう。裏切り者の役立たずを。あのまま捨ておけば衛宮は死んでくれたのに。
なんでこの感情を忘れていたんだろう。衛宮を部から追い出したのも、桜が朝家にいないのも、みんな、こいつの所為なのに。
「―――衛宮」
「なんだ、腹が減ったか?軽く夜食でも作るかな」
振りかぶった平手をぼうっとしていた衛宮の頬に容赦なく叩きつける。酷く大きな音がした。掌がジンジンと熱を帯びる。衛宮の方は状況の理解に苦しんでいるようで頬をさすりながら、憮然とした声で、
「何だよ」
「――――」
「おい」
「この前、衛宮は私を叩いたでしょ。そのお返し」
立って、襖に手を掛けた瞬間に私はなにがしかの気配を感じてそちらに視線を向けた。
そこにいたのは