遠坂と別れ食事を済ませ新都に戻るとすっかり日も落ち街は夜の様相を見せ始めていた。
記憶にある頃から基本的には変わっていないものの、やはりいくらか雑多な印象も受けた。それは見覚えのないビルや店舗が増えていたからか、あるいは単に、異邦人としての目線が自らに染み付いてしまっているからか、そのどちらとも知れなかった。
溢れるような人の隙間を縫いながらホテルへの抜け道に入ろうとしたところで背後から声をかけられた。
「久しぶり」
振り返って顔を見るが、ネオンの逆光も手伝って判然としない。その男はやけになれなれしく肩に手を掛けてきた。
「いや、ホント、久しぶり。覚えてる?」
「誰だよ……」
昔の知り合いかとも思ったが、一回り近く年の離れたこんな人相の悪い若者の知り合いはこちらにはいなかったはずだが。
僕が判断しかねているのを見ながら若者はケラケラと軽く笑って僕の手を見ながら言った。
「手、ずいぶん綺麗に治ったな」
「ん―――あ」
不意に、彼のことが思い出されるのとともに腹部に冷たい違和感が生じ、次いで熱を伴った痛みに変じた。
山崎努好きで念仏の鉄みたいな人相の悪い彼はナイフから手を放し「それじゃ」と手を小さく振って雑踏に紛れようとする。その背中に中身がこぼれないように気をつけながら、できるだけ大物らしく声をかける。なるたけ尊大に、できる限りおおらかに若者に摂理を教えてやる事くらいが、今の僕に出来ることだ。
「ここはあの正義の味方のホームグラウンドだ。さっさとケツに帆掛けて逃げ出すことだね」
「マジで?怖いな」
まるで笑い話だという様にケヒケヒと若者は笑う。
「正義の味方にぞっこんの魔女だの、任侠モノから抜け出したみたいなヤクザだの、どーしようもない阿婆擦れの性悪な妹だのおっそろしい信者もいる」
「うわ、マジこえー」
ケヒャケヒャと若者は尚一層けたたましく笑う。
「……長生きするよ」
「あんがと」
まるで相手にされなかいことに対して腹も立ったが、何より立てる腹が裂けてしまっているので満足に腹を立てることすらできない。結局若者は終始肩を震わせたまま僕の視界から消えたそれを見送る様にした後、二三人に肩をぶつけながら目的の抜け道から更に脇道にはいり人目が無くなったところでようやく壁に背中を預けずるずると地べたに腰を下ろすことにした。
見下ろせば脇腹に刺さったナイフからの出血は激しくはないものの止まる気配もなく、暑さ寒さや痛みなどといった感覚はその周囲だけがぽっかりとこぼれ落ち始めていた。素人判断だが抜かない方がマシだろうと考え一息つくためにポケットから煙草を取り出し咥えたところで、ジッポーはあの晩に家の跡に落としたっきりだったことを思い出す。仕方なく周りを探すが百円ライターすら落ちていない。
仕方なしに火のついていない煙草を咥えぼうっと向かいの壁の染みを見ながらつらつらとここ二三日のことを、ここ数か月のことを、ここ数年のことを、まるで走馬灯を見るように思い返す。
色々あったが、結局あの戦争以来衛宮の会うまで魔術師の世界に関わることはなかった。
それは僕がどこかで積極的な関わりを避けていたということかもしれないし、単純に僕の手に届くようなものではなかったというだけのことかもしれなかった。それを認めるのは非常に腹立たしいことだが。
そんなことを考えていると不意に主張をするように傷口がずきりと痛んだので恐る恐る覗いてみると、流血の代わりに、あの妙に肉感的な泥が僕の腹からとめどなく湧いて出てくる様が目に飛び込んできた。その様子に息を飲み目を瞑り深呼吸をしてから再び見てみると、やはり流れているのは只の血液だった。
「あー、畜生……」
その内に頭の中であの声が響いてくる。
―――死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしね死ね死ね死ね死ねシネネネネネネネ死ねシシシィィィィィネネネネネエエエエエ―――――
その津波のような呪いの声を聞いているうちにだんだんと視界が絞る様に暗くなりだした。
「―――クソ」
悪態が口を吐く。
「クソクソクソクソ」
呪いの声に張り合うかのように繰り返す。
「クソクソクソクソクソクソクソクソ」
―――しねしねしねしね死ね死ね死ね死ねシシシシィィィィィネネネネネエエエエエ―――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネネネネネネネ―――死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしね死ね死ね死ね死ねシネネネネネネネ死ねシシシィィィィィネネネネネエエエエエ―――死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしね死ね死ね死ね死―――死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしね死ね死ね死ね死ねシィィィィィネネネネネエエエエエねネネネネネネネ死ねシシシィィィィィネネネネネエエエエエ―――死ね死ね死ね死ね死死死死死ねシネネネネネネネ死シシシィィィィィネネネネネエエエエエ―――
しかし、圧倒的なその量は比喩でなく僕を押しつぶし悪態すらもでなくなる。寒いのか暗いのかすら分からなくなり、咥えた煙草を取りこぼしてそれをぼんやりと見ながら、どこかで聞いたような文句が口をつく。
「暗い所で生まれて……暗い所で死ぬ、か」
「あら、シンジ。あなた死にたいの」
いつからそこにいたのか、僕の隣で彼女が笑う様に囁いた。その拍子に五感が戻り周囲からの情報が再び認識できるようになる。
ふふふと笑いながら少女はそんな僕を見下ろす。
銀の髪に紅い瞳。上等そうな仕立ての、しかし季節はずれの服。
衛宮の姉。僕の心臓。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
「せっかくシロウと楽しくやってたのに。それともあれで一生分の運を使っちゃったのかしら」
楽しそうに言いながら正面に移動して壁に寄り掛かる。元からの身長差は僕がしゃがんでいる分、逆転してこちらが見上げるようになっている。
無論、これは幻以外の何物でもない。現実に実態をもって僕の目の前にいるわけではない。
しかし、彼女は僕の妄想ではなくイリヤスフィール本人の人格をもってそこにいる。
「別に貴方が死にたがるのは構わないけれど、私も道連れになっちゃうんだから身体は大事にしてよね」
「―――吐きちがえるなよ、ガキ。僕が主でお前が従だ。しゃしゃり出ずに大人しく心臓の役に徹してればいいんだよ」
「なによ、シンジなんか私が泥の声をせき止めなきゃ良くて廃人なんだから」
にぃと、威嚇するように口をゆがめる。
ロマンチックな意味は欠片もなく七年前のあの夜から、彼女は僕の胸の中で息づいている。
死霊というべきか生霊というべきか、それとも多重人格のように僕の脳の片隅に居座っているのか。どういう風にしてその人格が保存されているのかは知らないがこの様に表に出て喋ることこそ今まで無かったものの彼女の存在自体は朧気に把握できていた。
「七年前を生き延びたくせにこんな所でこんな風に死ぬなんて」
「言ってろ。そうやって囀ることしか出来ないくせに」
「貴方の回路が錆びて穴だらけの上に泥がみっちり詰まった水道管みたいじゃなければ、なんとか出来るのだけれどね」
「役に立たない聖杯だよ、お前は」
「役に立たないのは、貴方。私の器にもなれないくせに。下らないを通り越して退屈だわ」
イリヤスフィールはいかにも不満げに眉を吊り上げ壁から離れこちらに顔を近づける。
その赤い瞳の中に僕がいる。憔悴しきった見るに堪えない顔だ。死ぬことに脅える情けない顔だ。魔術師ならば死ぬ事くらい受け入れなければならないと七年前に痛感したというのに。そんな僕に満足したのか、イリヤスフィールは見た目相応にくすくすと愉快そうに笑いながら、
「今日はあのお医者がいないから代わりに私と問答のお時間と行きましょう」
好きにしろと、目線を上に外す。迫るビルの間から僅かに夜空がのぞいていた。
「シンジ、何がしたかったの」
何を聞くのか、そんな事は決まっている。
「―――」
しかし答える前に懐の携帯電話が鳴り出した。
無視を決め込んだがあまりにしつこいので軋み始めた腕をなんとか動かし、受ける。
『兄さん?今どこですか』
切った。
しかしすぐに、また鳴り出した。
再び切る。
しかしすぐに、また鳴り出した。
再び切る。
しかしすぐに、また鳴り出した。
諦めて受ける。
「しつこい」
『兄さんは、もう。それで今どこですか』
「あー……高速。もう冬木は出た」
『あ、そうなんですか。家の跡で趣味の悪いジッポ拾ったんですけどこれ兄さんのですよね』
「ふん、やるよ。高いモンだぜ、イイものだ」
『相変わらず高級品嗜好ですね、薄っぺらい。それに私も先輩も姉さん……は吸いますけど兄さんのジッポはいらないでしょうね』
「いい機会だから吸ってみな、体に悪いぜ」
『前後が繋がってませんよ。それで次はいつ頃戻ってくるんですか』
「二度と会うもんか」
『はい、それじゃ』
「ああ」
ぷつりと、今度こそは本当に打ち切ると呆れ顔のイリヤスフィールが目に入った。
「ホント、相変わらずのバカ兄妹ね」
「うるせぇ、バカ姉弟」
それを境に再び周囲からの情報が遠ざかり出した。
周囲の雑音が分厚いスポンジを介したように籠もり、替わりにキィ――――ンと耳鳴りが高く大きく迫ってくる。
ハァ―――ハァ―――と自分の呼吸音が自棄に体の中で反響し残響し、重なりだしていく。
そんな中で、あの質問が再び問いかけられる。
―――なにがしたかったの
―――遠くへ行きたかった
―――遠く?
―――人生よりも速く、運命よりも遠く。ここじゃないどこかへ行きたかった
―――ふぅん……バッカみたい
アハハと、心底愉快そうな笑い声を立てながらイリヤスフィールは姿を消した。
Interlude in
夜の街を秋津六助は歩いていた。
後輩とは別れて、一人で歩いていた。
正直に言って、興奮していた。
何しろ、あの骨を見つけた時と同程度の異常にかかわったばかりなのだ。
六助は心の中で小躍りをしながら、街を歩いていた。
道を折れ裏路地を抜け、人目のない、それでいてその種の人間がたむろしやすい環境の整った場へと六助は向かっていた。逸る心を抑えきれず最も人数が集まる時間帯からずいぶん早く来てしまったので少々不安だったが幸い、それなりの人数が集まっていた。
しかし、その顔ぶれは普段ここを使っている連中とは違っている。無論六助もこの地域全員の顔を把握しているわけでもないが一人も見知った顔がいないというのも、不自然であった。良く見ると彼らの足元には数人、顔面を変形させた人影が転がっているし周囲にも無造作に使用済みと思しきモノが転がっていた。つまり今六助の視線の先で和やかに談笑している連中は流れ者の集団というところなのだろう。どうしたものかと、考えていると唐突に後ろから肩を叩かれる。
「何してんだい、オジサン」
六助が振り返ると今まで見ていたい集団と同じくらいの年頃の、まず人相の悪さが目を引く若者が立っていた。若者はにこやかに笑いながら背中を押し、集団の中に入っていく。視線が自分と若者の二人に寄せられているのを感じながら、どうにもこの場で済ます他なくなったと六助は今更ながらに腹を括る。
人相の悪い若者が六助から離れ、代わりに別の若者が数人笑いながら歩み寄ってきた。先ほどまでの若者に比べれば随分と大人しい顔つきではあったが、やはり世間一般で言えば強面な彼らをぐるりと見渡す。皆一様にガタイは良く、一番背の低いものでも六助より頭一つ大きかった。無論これは六助自身が長身とは言い難い所為もあるが。
「君たち」
六助は若者のうち一人が拳を振り上げるのを見ながら言う。
「悪い事はやめた方が―――いい」
「―――は?」
驚きの声を上げたのは、拳を振り上げた若者ではない。
いつの間にか六助が抜いていた、匕首で顔面を縦に切り裂かれた若者の隣でバタフライナイフを構えていた若者だった。自体が飲み込めずに顔に手を当て身体を丸めて叫んでいる仲間の姿に放心している彼らをよそに六助は全員の膝―――正確には膝蓋腱―――を切り裂いた。
「うりゃうりゃ」
そのまま驚きと痛みで倒れこむ彼らの首を順繰りに踏みつぶしていく。
六助に構わず談笑を続けていた残りの彼らも異変に気づいたのか、再び視線が六助に集まる。
六助は匕首を下げたまま、そちらに歩み寄っていく。
「悪いことをすると悪いことが寄ってくる。たとえば―――こう」
まず、寄ってきた若者の顔面に、先ほど窄めた手のひらに収めたコンクリート片を叩きつけ、そのまま地面に後頭部から落す。パキャッという音が周囲に響きどろりと中身がこぼれる。
「もしくは―――こう」
次に正面から六助の頭に躊躇いなく振り下ろされる鉄パイプを未だ収めたままのコンクリート片で受け、砕けたモノを右から迫っていた若者に投げつける。
「さらに―――こう」
一歩踏み出し正面の若者の喉に匕首の鞘を突き出すと深く突かれた鞘の形が首の後ろに浮き上がる。倒れこむ若者ののどから鞘を引き抜き、右の若者を切りつけようとしたところで、既に殆ど全員が逃げ出していることに気がついた。
一人、最初に六助に声をかけた人相の悪い若者だけが残っていた。
「驚いた、すごく驚いた。冴えないオッサンが実は人殺しの達人か。下手なマンガみたいだ」
そういって笑いながら、素手のまま六助の方に歩み寄る。
六助の方からも近づいていたが匕首を持った六助の間合いに入る前に若者は足を止めるのに合わせて六助も止まった。
若者は掌を上に向けその五指を猛禽類の爪のように広げながら、酷く楽しげに六助を見ている。今も刀身から出血しているかのように赤黒く濡れている匕首も自分の爪も同等の凶器であると言いたげに、笑っている。
そんな若者の口から笑い声の代わりに六助への問いかけが出る。
「オッサンは正義の味方の信者……こんだけ殺しといてそんなわけでもないか」
「いやいや、オッサンは正義の使者だよ。警官だ。パブリックサーヴァントだ」
「冗談だろ?じゃあ、さっきの悪いことはいけませんで本気かよ」
「まあ、君らはすでに悪いことはしこたましてきているんだろうけど」
「濡れ衣だ、なにしたってんだか」
「傷害、恐喝、窃盗、強盗、強姦、薬事法違反……殺人以外の悪いことは大抵、というか少なくとも君は殺人も経験済みだね」
「実に失礼な濡れ衣だ。なんにしろオッサンみたいに金を貰うでもないのに人殺しするような殺人鬼に言われたくはないな」
「見解の相違だが僕と君とは別の人間だからね。まあ、これは」
六助は一旦言葉を切り、ぐるりとまわりを見渡し、
「災難だったと思えばいい」
「いや、結構いい状況だ。ここでオッサンを殺せるようなら一つ俺も殺人鬼になってみるとしよう」
キシと、膝を沈める若者の目には確かに力のこもった光のようなものが見えたし、その体にも活力が満ちている。
今この若者はベクトルがどちらの方向を向いていようと、明らかに人生を謳歌していることを六助は見てとった。
まさしく、こういう者を相手取る時が殺人鬼、秋津六助にとって胸が最も高鳴る瞬間だった。
「変人だ、殺してあげよう」
「変態め、解体してやる」
結局終始徒歩のまま遠坂邸に戻り小言を言われながら傷の手当を終えると、携帯電話に先生からこれから会えないかと連絡が入った。二つ返事で了承し待ち合わせの場所に向かうと、先生は千津留さんを連れず一人でそこにいた。
右手の傷について聞かれたものの適当にお茶を濁すと、それ以上追及されるようなこともなかった。
だから俺も、なんだか妙にくたびれた先生について追及することはよしておいた。
「俺はもう帰るけど志保はこっちに残るのか」
「もう少ししたらロンドンに行きますけど、しばらくは」
「ロンドン?そっちが本拠地なのか」
「はい」
「ふぅん。ま、縁が合えば次も今度もあるだろ。そう言う時が来たらよろしくな」
「こちらこそ、色々お世話になりました」
「志保はいい子だねぇ。勝手にどっかいっちまった間桐とは大違いだ」
「慎二の奴、一人で帰ったらしいですね」
「協調性のないやつだ。携帯もつながらない―――なぁ、志保。俺があいつのことを嫌いだってのは知ってるよな。なんでかわかるか」
「さあ」
「あいつがもう人間じゃないからだよ」
「人間じゃ無いって……また酷い」
「脳波はフラット、心拍数もゼロ、体温は変温。なのに腐らないし動くし食うし寝るし出す。あまつさえあいつ、傷が治ってるんだぞ。都合よすぎるだろ。あいつのいう俺の知らない世界の法がそういうものを許容するなら俺はそんなものに関わり合いになりたくないね」
苦いものでも食べた様な顔をしながら先生が言うそれらのことは俺も慎二と暮らしていたうちになんとなく気づいていた。
しかし、先生が気づいていたとは思わなかった。
「それは、いつから」
「気づいたのはあいつがウチに初めて来たとき。いつからそうなのかってことならお前の方が知ってるんじゃないのか。ああ、そういえばあいつは志保が実は男だとか言ってたがどうなんだ。お前も、俺とは別の理法で生きているのか」
「もしそうなら、どう思います」
「ん?気持ち悪い。まあ、そうだとしても俺はお前の前を知らないから単にイタイ子で済むけどな」
「認識が肝心ですか」
「百人が白を黒って言ったら白は黒なんだよ……ちょっと違うか」
「さっきの話ですけど、慎二の奴が、その、そういう身体だとしたらあいつはいつまで動いているんでしょうか」
「さあ、オカルティックでスピリチュアルでホラーな話だからな。本人が「あ、これ死んだ」とか思ったら死ぬんじゃないかな。そうなったら死体はどうなるんだろうか。ゾンビみたいにまた徘徊し出すのか、何年化分の腐敗が一気に進んだりしてな」
そんな話をしながら先生は食事を済ませ、俺の分も含めて会計を終えた。
別れる段になってなんとなく次も今度もないような気がして、そんなあやふやな感覚を後押しにようやく最初から気になっていたことを聞くことが出来た。
「千津留さんはどうしたんですか」
「死んだ」
「千津留さんは―――」
「今日一日色々あった。血と硝煙のガンアクション、泥と汗のクライムサスペンス、愛と涙のラブストーリー。今日は二十年分生きたよ」
「冗談ですよね……?」
「冗談かもな―――仮に」
そこで先生は疲れたように一つ伸びをする。
ぐぅっと今日一日で身体に染み付いた色々なものをふるい落とすように強く長く身体を伸ばし、弛緩させる。
「仮にお前や間桐が俺の知らない法を知っているとして、俺だってお前らの知らない法を知っているかもしれないってことだ。今日のこととか、千津留さんのこととかな」
最後にひとつあくびをして去る前に先生は「そうそう」とついでのように
「あいつら、志保が「説得」した奴らのお仲間の何人か、見かけたぞ。なんかする前に叩いたらどうだ」
「―――ありがとうございます」
「ま、がんばれよ、正義の味方」
こちらにエールを送る様に軽く拳を振り上げて先生は今度こそ俺の目の前から去って行った。
道を折れ、その背中が見えなくなったところで一つ息をつき遠坂邸に戻るために踵を返して歩き出した。
その途中、試しに慎二の携帯電話にかけてみるが先生の言ったとおりに慎二が出ることもなく程なく留守録センターにつながった。
通話を切ろうとも思ったが、せっかくなのでメッセージを入れることにした。
「勝手に帰るなよ、食材が余っちゃったじゃないか。次来る時はちゃんと桜のごはんも食べてやれよ。じゃ、またな」
返事のない独り言を喋り終え、携帯電話をポケットに戻して再び歩き出す。
Interlude out
気がつくと、見覚えのある天井を見上げていた。
「起きたか」
足元の方からぱたんと本を閉じるような音と一緒にそんな風に声をかけられる。目線を向けると若干色黒の青年が丸椅子に腰かけていた。服装はタイトパンツに光沢のあるカーマインのシャツ。寝かせた赤髪は頭頂から額に至るラインを描くように、もしくはそこだけ色を塗るのを忘れたように一部だけが真っ白になっていた。なんか、無駄にエロかった。座ったままではあるが、上背が結構あることは容易に見てとれる。しかしそんな服の上からですら鋼か鞭のようなイメージの体躯とその幅広な肩の上に乗る童顔が妙にアンバランスな印象を与える。
「せっかく拾った命なんだからもう少し大切にしろよ」
あの人相の悪い若者並みになれなれしく、話しかけるその声を聞いた途端にそいつが誰か納得した。
「なんだ、本当はそういう風になってたのか。衛宮」
「こっちで会うのは始めてか、そう言えば。うん―――久しぶりだな、慎二」
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