Interlude in 

 秋津六助は、殺人鬼である。
 かれこれ二十余年、殺人鬼である。
 後数か月で四十路になる、殺人鬼である。
 殺し方を問わない、殺人鬼である。
 斬殺魔ではない――――刺殺魔ではない。
 絞殺魔ではない――――扼殺魔ではない。
 撲殺魔ではない――――殴殺魔ではない。
 毒殺魔ではない――――薬殺魔ではない。
 秋津六助は、殺人鬼である。
 六助が無意識にまさぐったコートのポケットの中で、長年触りすぎてつるつるになってしまった骨が転がる。
 十数年前、拾ったころはもっとごつごつとしていた。少し目を閉じ、当時を思い返す。なにかしら他人の意志を感じる加工がなされていた。ひどく損壊していたが一日探し回った結果、他にも数点パーツらしきものを見つけることが出来た。それが自分の体を支えているものと同じものだとは分かってもこれがどこの骨なのか、どれだけの人間を解体すればこれらのパーツを賄いきれるかは想像もできなかった。ただ骨組みだけとはいえ、完成品を想像するには難くなかった。それは傘、パラソルの類のものであることは明白だ。
 どこの異常者がこれを作ったかは知れない。なぜここまで完膚なきまでに壊されているかも知れない。一瞬テレビで見た失敗作を叩き壊す陶芸家の映像が思い浮かんで、そういうことなのかもしれない、この作者は手探りでこれを作っているのだと知れた。
 こんな異常な工作を試みる顔も知れぬ誰かが自分と同じように手先が不器用なのかと思うと、笑いが漏れた。
 しばらく前に世間は児童連続失踪事件に沸いていたのでもしかするとこれは消えた子供かも知れないと思い、一つ記念にと持ち帰ることにして残りを未遠川にばらまいて家路についた。その後、医学書を見ながらおそらくこれは大腿骨の付け根、股関節にはまる部分だとあたりをつけることができた。他人に見つかれば大層な騒ぎのすえ警察にでも渡さなければならないはめになると思いこっそりと隠し時たま触ったり眺めていたりした。 それが年を経ても捨てることもできずに持ち歩いている六助の思い出の品である。六助の手が大きくなったこととすり減ったことで握り込めるほどになったそれは何も知らずに見れば軽石の類にも見えるので、六助は置物用の小さな座布団を購入し堂々と棚の上に飾ることにしていた。
 だがこのことは六助の人生にアヤがついたこととも、六助に殺人鬼として道がついたこととも関係はなかった。
 結論を言ってしまえば秋津六助は、殺人鬼である。
 これ以上の理屈も過程も起源も、彼は持ち合わせていなかった。
 最近この冬木市には自分以外に二人殺人鬼が来ているらしいことを六助は感じていた。
 一人はまるでケダモノのように後処理を考えずに汚らしく殺す殺人鬼。
 一人はまるで魔物のように後処理の必要すらないほど綺麗に殺す殺人鬼。
 後者は死体が見つかることすらないので失踪事件扱いであるが、これは明確に殺人事件であった。ポケットの中の骨を見つけた時と同一人物かとも考え、方々探し回ったがそのようなものを見つけることは出来ず別人であるという結論に落ち着いた。しかしそれを差し引いても諦めるわけにはいかない。なぜなら六助は、刑事であったからだ。六助は真摯に仕事にとりくむ良い刑事であると評判だった。殺人鬼が社会正義に目覚めてはいけない法はないので六助は、最初の殺人の後始末をしている時に刑事になることを志していた。無論社会正義などは二番目三番目の理由で、刑事であれば殺人事件を揉み消すのは一般人に比べれば比較的容易だとか場合によってはそういう世界に関わり易いだとかが根本的な理由だった。よって、その後いくらかのフリーター期間を経て念願かなったこの仕事を六助は天職だと考えていた。

「殺人鬼がどうしたって」
 ペットシュガーの口を切りながら六助は後輩の刑事に問いかける。対して後輩はしばらく間をおいて噴き出した。
「吸血鬼ですよ、「き」しか合ってないじゃないですか」
 吸血鬼。口の中で繰り返しながら二本目のペットシュガーを開けサラサラとコーヒーカップに注ぎいれる。
「それで、吸血鬼がどうしたって」
「秋津さん、三咲町って知ってますか。私子供の頃その町に住んでたんですけどね、今回と同じような失踪事件がありまして犯人は吸血鬼だって言われてたんですよ」
「そんな昔のことは知らんよ、最近は新しくスペースを作らなけりゃモノが覚えられないんだ」
 溜息をついて三本目のペットシュガーを入れ、四本目を取ろうとしたところで後輩がなんだか怒ったような顔をしているのに気がついた。この後輩は童顔で普段はにこやかだが怒らせると怖いので六助は三本で我慢することにした。ずずずとコーヒーを飲みながら「これはダイエット甘味料なんだ」と言い訳がましく口にする。それがいけなかったようで荒々しく机が叩かれた。先日の健康診断で血糖値の高さを見とがめられてから何かと口うるさく言ってくるのだ。
「二本も三本も入れたら一緒です。糖尿は怖いんですよ、手足が腐ったりしてバッサリなんてこともあるんですよ」
「バッサリは困るなぁ……」
「それに基本は食事療法ですからもしなったらお菓子もラーメンもビールも全部だめですよ」
「それも困るなぁ……」
「娘さんからも、嫌われるかもしれませんね。糖尿は顔に出ますから」
「困るなぁ……」
 六助はがっくりとうなだれて半分ほどのこったコーヒーカップを机に戻した。
 後輩はいつものにこやかな顔に戻って六助の手を引いてその体を引き起こす。
「お仕事です、秋津さん。事件が私たちを待っているのです」
「警察のいらない社会ってのは、来ないものかなぁ……」
「そしたら秋津さんはホームレス一直線ですね。刑事以外の秋津さんなんて想像できません」
「君は」
「秋津さんのお嫁さんになって養ってあげます。基本的に私にできないことはありませんから」
「頼もしい、だけど君は娘と六つしか違わないだろう。雅美に軽蔑されると、困る。泣きたくなる」
「むむむ―――では娘さんさえ懐柔できればよいわけですね。ふむ、娘さんは何に興味がありますか」
「ヒカリモノは、割と好きみたいだ。この間もねだられた」
「ふむふむ、渋い娘さんですね。コハダですかマアジですか。いくらでもおごりますよ、私と秋津さんの愛のために」
「娘は生魚が大嫌いなんだよ。たしか使用済みの匕首が欲しいとか」
「秋津さんのボケ殺しー!」
 二人とも車に乗り込み警察署を後にする。
 運転席に後輩、助手席に六助が座った。無論免許は持っていたがなぜか後輩は自分で運転したがったので素直にハンドルを委ねた。
 思ったよりは上手かったので安心してポケットの内側に手を滑り込ませちょっと考えてから元に戻し代わりに缶立に入れられていた板ガムを一枚噛んだ。後輩は目線を正面に向けたまま
「吸いたければどうぞ、気にしませんから」
「いや、女の子に煙草の匂いを染み付かせたらまずい」
 先の言葉のようにこの後輩も軽いものとはいえ煙草を嗜んでいることを秋津は知っていたし、その道の入り方からして昨日今日吸い始めたというわけでもないだろうということは察していた。それでも、後輩からはわずかに香水が香るだけで煙草特有の埃っぽい刺激臭が染み付いているわけではない。ならばここは遠慮するのが肩身の狭い思いをしている愛煙者の最低限の礼儀であろうと秋津は考えていた。
 しかし後輩は露骨に目線を彷徨わせだいぶわざとらしくさりげなさを装いながら秋津に尋ねる。
「秋津さんは煙草吸う女性はお嫌いですか」
「そうだな、吸わない方が好きかな」
 秋津の返答に後輩はまるで神託を受けた預言者のように厳かに、つまりはそれほど大仰に宣言した。
「―――禁煙します」
「いいよ、無理しなくて」
「私は愛の為なら死ねます」
「ほどほどにね」
 交差点に差し掛かったところで信号に捕まりいったん車がその動きを止める。
 それとほぼ同時にずぅんと何かが炸裂したような振動が車内に伝わってきた。歩道でもしばらくざわざわと通行人が騒いでいたがそのほかは特に何も起こらなかったのでやがて皆何もなかったように再び歩き出した。信号が青に変わり車を再び走らせながら後輩が言う。
「地震ですかね、ラジオは特に何も言ってませんけど」
「発破かけるとああいう感じかな」
「それこそニュース速報が流れるでしょう。詳しくはありませんけど見えるところに煙もないのに歩いている人が気づくなんて十キロや二十キロじゃ効かないでしょう」
「ふむ」

 同じ頃、マウント深山で一人の女性が少女に手をひかれて体を起こしていた。先ほどの揺れで躓き転びそうになったがすんでのところで脇を歩いていた少女に手をつかまれ難を逃れたのだ。女性は少女に礼をいい片手に持っていた買い物袋の中を覗き込む。
「あ、先輩どうしましょう。卵が二三個割れてます」
 対して先輩と呼ばれた、明らかに女性よりも年下の少女がどれどれといった風に覗き込む。
 被害らしい被害は幸いにもその二つだけだったようだ。特に形が崩れて困るようなものを買っていなかったのも良かった。
「仕方ない、10個が8個になってもそう変わらないだろ」
「それも、そうですね。ちょうどいいから兄さんにオムライスでも作ってあげましょう」
「いやいや、そもそもあいつそういう料理あんまり好きじゃないぞ」
「味が嫌いってわけではありませんから、出せば食べてくれますよ。あ、割れた卵を使ったことは内緒ですよ、先輩」
 ね?と軽く首をかしげながらささやいてくるその様は、かつての、もしかすると今現在の想い人であるかも知れぬ相手に対すにはあまりにも穏やかで、むしろ年少のものに対する態度であると説明される方がよほど納得のいくものだ。
 衛宮士郎がこの姿でこちらに戻ってきてから間桐桜と二人きりとなるのは今日が初めてであった。
 ちらりと、士郎は横を歩く桜の顔を見上げた。
 半年前、確かに医師から死亡の報を聞いた彼女の顔色は今も道を行きかう大勢の生者と差異はない。
 ちらりと、桜は横を歩く士郎の顔を見下ろした。
 半年前、唐突に消え先日これもまた唐突に帰ってきたこの人は、変わり果ててはいたけれどその眼には変わらず曲げようのない強い意志が宿っていた。
「桜、ごめんな。いきなり消えたりして」
「いえ、それはいいんです。それより兄さんになにか酷い事されませんでしたか。私もうそれだけが心配で心配で」
「もう少し信用してやろうな?大体こんなにはなったけど慎二よりはケンカ強いぞ」
「髪は、自分でそうしてるんですか」
 これ?と士郎がベリーショート並みに短い髪の毛をつまみ上げる。
「最後の砦ってわけでもないけどな、長いとやっぱり落ち着かないし」
「兄さんに無理やりやられてるってわけじゃないですよね」
「いや、女の髪の毛無理やり刈るとかある意味手を上げるより酷いだろ……慎二はむしろ伸ばせって言ってくるよ」
「ああ、兄さんロングが好みですから」
「……んん、あいつの女の趣味ってどんなだっけ」
「昔は部屋の掃除しに行くと姉物と妹物をよく見つけましたね。比率として7:3といったところでしたか」 
「あー、思い出してきた思い出してきた。そーいや昔押しつけられたわ」
「そうそう、先輩ってばカモフラージュに使ってましたよね」
「……え」
「ええ」
「うあー……」
「ふふ、まあそれもこれも懐かしい話です」
「忘れてください、桜さん」
「どうしましょう。おや、あんなところに大判焼き屋さんが」
 ハムハムと二人そろって大判焼きを食べ歩く。
「戻れそうですか」
「それに関しちゃ前途多難だな。ただ、それ以外にこれといった問題は」
「あるでしょう―――女性になったんですよ」
「ないさ―――女になっただけだ」
 ハムリ、ゴクン。
 最後の一欠片を二人とも飲み込む。
「それじゃ、私の方もそんな感じで。先輩も特に思い煩ったりしないでください。ただ一度死んで生き返っただけですから」
「桜」
「先輩の痛みが先輩の物であるように、私の痛みは私の物です。私の物を、取らないで下さい」
「―――ああ」
「はい、ありがとうございます。それじゃ、帰りましょうか」
「そうだな―――なあ、桜」
「はい」
「綺麗になったな、惚れそうだ」
「先輩も可愛くなりましたね、私が男なら惚れているところです」

Interlude out

「今揺れたか」
「地震とは少し違う感じだったけど」
 遠坂邸の客間、この家の主である遠坂と向かい合いながらそんな事を言い合う。揺れはすぐに収まりただティーカップに注がれた紅茶がわずかに波紋を残しているだけだ。今日は昨晩の巨犬の話をしに来たわけだが生憎衛宮と桜は買い物に出ており一人残っていた遠坂と二人きりという状況だった。周囲を見渡せば、これは昨日ここに来た時点でも気づいていたことだが、それなりに値の張りそうな調度品に交じって桜が好みそうな質素な、言ってしまえば地味で安っぽいものもちらほらと見受けられる。半年、もうそれだけ暮していれば当然のことだろう。桜はここで幸せに暮らしている。あの根暗にしても憎むべき対象がいない生活ほど幸せなものはないだろう。アレが遠坂に執着していることは、よく知っている。それは、あるいは衛宮に対する恋心すら凌駕する勢いであったしこいつらが恋人同士になったところでその勢いがおさまるものとはとても思えなかった。
 うん、実にどうでもいい話だ。あんまりに意味のないことだったからさっさと思考を切り替えて遠坂に昨晩の話を始めた。
 一通り話終えると遠坂はティーカップを傾けて一息ついてからこちらを睨むような感じで見つめてきた。そのままどんな言葉も口にせずしばらく視線を固定していたがふい、と外し残った紅茶を飲みほす。そして再び視線を戻したが、その眼はどうということもないつまらないものを見るような目つきに変わっていた。その印象を裏付けるように遠坂が口を開く。
「自分の祖父を殺してくれだなんて、酷いものね。お互い唯一の肉親なのに」
「既に一度殺しているやつがどの口でいうのかね」
「それでも、でしょう」
「あんな正体を無くした犬コロは知ったことじゃないね。あれはもうただの害獣だ」
「へぇ、一層下らなくなったわね」
 その言葉にひくりと頬が吊るがここで激昂しても始まらない。
 軽く息を吸い努めて冷静を装う。
「言ってくれるな、どういう意味だい」
「ただの侮蔑よ、聞き流しなさい」
「……フン。それじゃあ爺の始末は任せたぞ、セカンドオーナー」
「情報提供感謝するわ、一般人。それで、用はそれだけ」
 そうだな、と少し考えるふりをする。
 だが、聞きたいことはこの屋敷に踏み込んだ時点で固まっていた。
「間桐の家を焼いたのは、お前だな」
 一晩考えた結果を告げるが遠坂は眉一つ動かさずに「ええ」と首肯するだけ。それ以上何かを言いつのることもなく再び静かにカップを傾ける。
 こうも簡単にうなずかれてしまってはこちらの毒気も抜けてしまう。肩をすくめて遠坂に習うように紅茶を口に含みつづいてスコーンを一つ。
 咀嚼してから再び遠坂に視線を戻す。
「下手な嘘まで付いたクセに随分とあっさり認めるな」
「あの時はあなたが激昂するかと思ってね。そうでもないならもう誤魔化す必要もないというものよ」
「こんな事でもなけりゃ帰るつもりもなかった家だ。今更どうでもいいさ」
 僕としては当然の答えだったのだが、遠坂は気に食わなかったらしくいかにも不機嫌そうに笑う。
 自分でやっておいてなんだ、この態度。
「薄情ね、理由を聞こうともしないなんて」
「どうせ間桐の家が無くなれば桜はここに来るしかないから、だろう」
「そこまでは考えてなかったわよ。たまたまあの晩にあそこが戦場になっただけ。ま、やりすぎた感も否めないけれどちょっとばかりすっきりしたことも認めるわ」
「怖いねぇ、遠坂は放火魔の素質があるよ。一度何かしらの犯罪を犯すと道がついてしまうぞ」
 遠坂は少し黙ったかと思うと
 ―――マルタ・ブルーノス
 ―――アンネ・ブロイル
 とスペイン系とドイツ系の名前を二つ挙げた。
「それが間桐臓硯に殺された私の友人の名前。たとえ桜のことがなかったとしてもそれで冷静になれるほど壊れてはいないつもりよ」
「魔術師がろくな死に方をしないのは当然だろう」
「ええ、そうね。その通りだわ。だけどコレはそういうモノではないでしょう」
「男前に磨きがかかったな、おい」
「あら、ありがとう」
 にやりと笑う遠坂。
 余裕綽々といった感じのその顔が非常に癇に障る。
「しかし肝心の遺産を掻っ攫われたのはムカつくね。お前も、少しくらい返してもいいんじゃないのか」
 魔術的なもの以外でも二百年の間に築いた働かなくても金が降ってくるシステム。そのシステムの欠片は桜が、残りを全て遠坂がもらい受けているはずだ。相続税だの贈与税だのと細かいことは分からないが遠坂のことだからうまいこと脱税くらいしているだろう。そもそも正規の手続きを経て遠坂のものになったのかという時点で疑念が生じる。さて、どういうかと思ったが遠坂は穏やかに微笑み「残念ながら」と握り拳をぱっと広げる。
「大分宝石につぎ込んじゃったわ。土地の権利書程度なら残ってるけれど、きちんと対処しないと向こう六十年は売れば死人が出るわよ。というかそのうちの何割かは綺礼に売りさばかれたモノを臓硯が買っただけで元をただせば私の物なんだけど」
 蟲蔵に怨念がスープになるほどいるから、と続け厄ネタばっかり出てきて困る、とでも言いたげこちらを睨みつける
 類は友を呼ぶというのかそれとも朱に交われば赤くなるというのか、周囲を漂っている雑霊の類を引き寄せて日増しに強力になっているとか。昨日見つけた封印された蟲蔵の入口はそれらが外に漏れ出して周囲に障りを起こさせようにする返し蓋であるらしい。流入を止めた方が早いとも思うが二百年の間に既にあそこら一帯に霊道とでもいうべき流れがついてしまってせきとめればまた別の障りが起こってしまうとも、遠坂が言う。本当に面倒、とため息をつく。
 が、その責任は僕にはない。
「土地の管理はお前の仕事だろう」
「指向性のないエネルギーや並のゴーストならともかく、あんな二百年ものの怨念は手に負えないわ。土地の自浄作用と合わせて端からちまちま削っていかないと」
「コンクリートで蓋までしてそんなもんか。遠坂も案外大したことないね」
「お祓いは専門外だって言ってるのよ―――それにしても」
「なんだい」
「あなたの心臓。よくもまあまだ動いているものね」
「やらないよ」
「いらないわよ、ああいうことがあったから魔術に対して諦めがついたかともおもったけど、どうなの」
「今更かよ―――諦めちゃいない。ただ今は決着が先ってだけさ。僕が辿り着くために爺は邪魔だ」
「あなたがどこかに辿り着くなんて、あり得ないと思うわよ」
 今度はにやりともしない遠坂。
 まあそもそも和気あいあいとティータイムを楽しんでいるわけではない。
「あなたは、どこにも、行き着けない」
 噛んで含めるように遠坂が繰り返す。
 どこにも、行けない。どこにも、たどり着けない。何物にも、なれない。―――――そこで、腐れて死んで土に還れ。
 遠坂の眼は口よりも雄弁に、そう語りかける。
 だけれどこんなものは、七年前のあの日から時折聞こえる呪詛、昨日爺に相対したときの恐怖、それどころか桜以下だ。
「お前が―――」
「ん?」
「お前が知っているのは昔の僕だ」
 遠坂はしばらくキョトンとした後、ぷっと吹き出して肩を震わせだした。
 うん、素直にムカつく。
 そのまましばらく震えていたがその内に顔を上げまだ笑みを残したままで何か言おうとしたとき、不意にけたたましい電話のベルが鳴り響いた。
 遠坂が腰を上げ客間を後にする。扉の向こうから何やら会話するような気配が伝わってきたがその内容を聞き取ることはできなかった。ほどなく戻ってきたが外に出る用が入ったのでさっさと帰れとのことだった。大人しく従い遠坂邸を後にする。
 教会に行くらしい遠坂はさっさと出て行けとばかりに剣呑な目線を投げかけていたがその視線が急に力を失ったかと思うと、また強い敵意が伝わってきた。
「何だよ……」
「あんた、昨日桜に何かした?」
「別に。久しぶりに会ったから半日遊んだだけさ。手も握っちゃいない」
「―――随分元気になっていたから」
「いいことじゃないか、僕には凶報だけど」
「ろくでもない方向の元気だったから、夜道には気をつけなさい」
「肝に銘じておくよ」
 気のない返事気を悪くしたのか、遠坂がこちらにかつかつと足音高く歩み寄り鼻っ面にその形の良い指を突き付ける。
「桜に犯罪を犯させるんじゃないわよ。死ぬなら一人で死になさい」
 そのまま、肩をいからせながら遠坂は歩き出す。
 あんまり身勝手な言葉を聞いて、こいつと桜の血のつながりを改めて実感させられた。
 遠坂と並ぶようにして二人で坂を下りはじめる。
 遠坂は新都に向かうためバス停に、僕は昼食をとるために商店街まで。
 短い道行を一緒に歩く。
 そのうちにY字路に差し掛かった。
 新都に行くのならば右へ、商店街へ行くのならば左へ進め。
「それじゃ、二度と会うこともないでしょう」
 遠坂は右へ。
「じゃあな、僕に会いたきゃいつでも来い」
 僕は左へ。
 それぞれ別れてからふと振り返るともはや遠坂の姿はどこにもなかった。
 軽く頭をかいて再びごった返す人ごみを掻きわけて歩き出す。
 さて、これでもうこちらでやる用事が無くなってしまった。
 衛宮は遠坂に返したし、
 貰うべきモノは無くなっていたし、
 会うべきヒトは居なくなっていたし、
 言うべきコトは言ったし、
 桜は以前通りだった。
 間桐を拓くためにやることは色々あるがまずは母方の家系を探すところから始めてみよう。
 どんな形質かは知らないが保菌者であったという僕の母親。その縁者を探るところから始めよう。
 もしそこに娘なりがいるのなら嫁に娶って仔をつくろう。もはや絶えてしまったというのならその技を全て根こそぎ頂こう。
 桜にもちょっとばかり手伝わせて、新しい技を創造しよう。
 なんにしろもうこの土地に戻ることは、無いだろう。
 まだ数人会っていない知人もいるがお互い会いたくなるような仲でもなかった訳だし、しばらく、遠坂が爺を再び殺すまでの間は観光でもしながら待っていよう。なんとなくだが、僕が関わることができるのはここまでだという予感のようなものがあった。そう言えば医者はどうしているのだろう。今日も今日とて千津留さんを連れて出かけてしまったがこの街はそう何日も観光できるほど広くはない。目ぼしい処は回り終わって気に入ったスポットを再び訪れなおしているところだろうか。とはいえ気にかけてもしょうがないので、さっさと食事をとろうと足を早める。
 
 歩く。
 一人で道行を歩く。
 この街を出るときも一人だった。
 四人で戻ってきた。
 またこの街を出るときには最初の時と同じように一人で出ていかねばならない気がした。
 それはきっと間違いではなかった。
 
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