日も暮れかかった頃あいに桜を遠坂邸に送り届け、再び一人で跡地に向かう。
瓦礫に足を取られ歩きながら昼間思い返したようにかつての間取りを思い出し、蟲蔵の入口を探す。
日も山に隠れあたりが暗がりに包まれだす時分になって、隠すように不自然に積み上げられたがれきの下に真新しくコンクリートで固められた部分を見つけることが出来た。御爺様が殺され屋敷が焼けおちればその中身があふれ出してしまうのだろうから遠坂辺りが封をしたのだろう。その様子を想像してその気味の悪さに肩がふるえる。多いというのはそれだけで見苦しいと言ったのは誰だったか。確かこの中でその台詞を聞いたはずだった。
なんというか、あの頃の僕の拠り所の悉くがきれいさっぱり粉砕されてしまっている現状に、半ば予想通りだとしてもやはり少なからず落胆している僕がいた。なんだか疲れてしまったのでどかした瓦礫に腰を下ろし煙草を咥えポケットをまさぐる。だがライターらしき手触りが伝わってこない。たしか持って出たはずだが。瓦礫をどかすうちにポケットから転び出てしまったのだろうか。それなりに値の張るジッポーだったので少し惜しかったが、通りから離れたこの跡地では街灯を頼りに探し物をするにはもう手元がおぼつかないほどに暗くなっている。諦めて帰ろうかと、火の付いていない煙草を折り捨てて立ち上がったところで後ろから何かがものすごい速さでこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
その音に気づくが早いか振り向く暇もあればこそ、袖をつかまれすさまじいまでの強力で引き倒され強かに頭と肩を打ちつける。呻く間もなく右肩に鈍い痛みが走る。だが実際にそちらを見なくとも自分が何に抑えつけられているのかはよくわかる。
目の前には種類の見当もつかない、冗談か悪夢か狂気のように巨大な犬の鼻づらが迫っていたのだ。
一瞬の硬直を経て我に返り右に逃げようとするがその動きを制するように右肩から離された巨犬の足が僕の頭を強く押さえつける。鈍い切れ味で僕の額を割ったその足の爪はそれでも頭蓋骨を抉らない程度には手加減されていた。
なんだ、なんでこんなところにこんな化け物みたいな犬がいるのだ。
―――カカカ
のしかかる巨犬の口の奥から犬らしからぬ、だがずいぶんと聞き覚えのあるあの笑い声があの滑つくような甘い腐臭とともに響いてきた。身動きを取れないままその笑い声を呆然と聞き続る中でなぜ、どうしてという疑問符とやはり、そうかという感嘆符が頭の中で入り乱れる。
なぜ、生きているのか―――やはり、生きていたか
どうして、犬なのか―――そうか、あなたが犯人か
医者のセリフが―――いまだって妙な失踪事件が起こっているらしいじゃないか―――脳裏をよぎる
昼間図書館で新聞をあさった時に目についた最近の失踪事件―――喰い散らかされた遺体―――街中に残された爪痕―――噛み千切られた手足―――遠吠え―――夥しい血痕―――獣の痕跡―――そのものずばり、犬が犯人だったわけか。
頭の片隅で納得しているとさらに近づいてきた巨犬の―――爺の―――口が大きく、ぐわばと開かれ腐臭とはまた別の生臭さをもつ獣臭が吹きかけられ首筋に生温かく滑った唾液が滴り落ちる。
「ひ―――」
口から漏れたのは恐怖からの悲鳴か、現実逃避の笑い声か、単に痙攣した肺から空気が漏れただけか、自分でも分からないほどに頭が混乱し始めた。
Interlude in
「なあ、遠坂。千津留さんのことだけどさ、お前の言うとおりに人間だとしてなんで先生は連れまわしているんだろうな。そんな重病人なら入院して治療させとくべきと思うんだけど」
先生たちと別れてから数時間後の森の中、件の「瘤」のガス抜きの準備として人除けの呪いを手伝いながら問いかける。その呪いを作り終え次にガス抜きのための「穴」と「ポンプ」をかねる魔法陣を描きつつその端々に数個の宝石を配置しながら「さあ、ねぇ」と遠坂は気のなさそうに返す。
「薬で一時的に元の状態まで回復するとは聞いたけど」
「高いのか」
「それもあるけれど、体が慣れてしまうのでしょうね。投薬量が徐々に増え始めて最終的には全く効果を発揮しなくなってしまうとか」
「それは、キツイな」
「その薬以外にこれといった治療法も見つかっていないらしいから、少しでも彼女に刺激を与えて一縷の望みを見ているのでしょうね」
それを最後に二人とも黙々と作業を続け準備万端整ったところで、遠坂が口の中で呪文を紡ぎ始めると地面に描かれているだけの魔法陣が中心から互い違いに回転しだし瘤の内にたまった冬木十数年分の魔力がさながらポンプを通して吸い上げられる地下水のように配置された宝石に流れ込んでいく。この処置をほかに数ヶ所、遠坂一人で施し終え残すところはあと三つといったころであるらしい。今回地脈から魔力を吸い出す「瓶」であるところは宝石の許容量は大小様々だがすべて合わせれば遠坂の人生三回分に匹敵するのだとか。歪んだ地脈を整えるために大部分を使う予定とはいえこれで向う数年は研究や儀式に使う魔力の心配はせずに済むわけだ。
一度動き出してしまえばオートで最後まで動き続けるようにはしているので脇に腰を下ろしポットからレモンティーを注ぎ遠坂に差し出す。
「紙コップで悪いけどな」
「ううん、ありがと。それで桜の話の続きなんだけど」
「うん」
「昼間も言ったけど今のところ身体に異変が出ていない以上、こちらから変につついて蛇を出すって状況は避けた方がいいと思うの」
「それは賛成。ただ臓硯の本体をきちんと殺す方法は考えといた方がいい。今は契約が切れて遠坂と一緒にいるから手出ししてこないだろうけど危険はない方がいいに決まってる。あんなに楽しそうにしてるんだ。今更あんな外道に壊させるもんか」
「……ふふ」
「なに笑ってるんだよ」
「良い顔になってきたな、と思ってね」
「なんだ、それ。俺は今の顔も体もあんまり好きじゃないんだけど。せっかく克服したコンプレックスが再燃してる。だいたい遠坂、自分の恋人より身長低くなったどころか同性になって顔をあわせる俺の複雑な心境わかる?」
「なに、私と一緒にいたくないの」
「居たいから一層複雑なんだよ」
「んん。なんて言うかね、顔つきっていうか雰囲気っていうか。見た目は全然違うけど元の士郎が連想できるのよ。衛宮士郎青年バージョン、タイプ:アナザー・アーチャー、みたいな」
「げぇ……」
なんて、潰れた蛙みたいな声がでる。結局素材が同じわけなのだから似通った印象になってくるのは認めるしこうなる前の俺の外見がアイツにそっくりだったことも認めるほかにない。だけどやっぱり、いくら俺の可能性のうちの一つだからって、いくら俺よりももっと強い俺になれる可能性が至った果てだからってあの皮肉屋と同じように言われてしまえば素直に喜べない。
だけど、今だってあいつの言葉やカタチが遠坂に残っている以上、遠坂がそれを一等貴重な宝石のように扱っている以上、俺にそれを傷つけることは許されない。
そこまで考えてからひとつ溜息をつく。以前はこんな考え方をしなかったように思うしあいつの残滓に対してもっと攻めの志向だったように思う。
女々しくなったというのか、守勢が思考の核に近い所にでんと腰を構えていると言おうか。
「なぁ、遠坂。精神は肉体の奴隷って言ったのはニーチェだったっけ」
「なに、どうしたの。……てこともないか。そういう状況じゃそういう言葉も出てくるものかしら」
「普段はそうでもないんだけど、偶に、ホント偶に妙な考え方してる時があるんだよ」
たとえば、この身体になった日はそうでもなかった。ショックは当然受けたが、死んだわけでもなしと割合に楽観的にとらえていた。
たとえば、慎二にあう一週間ほど前暴漢にあい、貫かれた時も気味の悪い破瓜の感覚より想像以上に低下していた身体能力と作動することのなかった魔術回路に意識がいっていた。
だけれど、慎二にあったあの晩に、気持ち悪さ、気味の悪さそういったある種当然の感覚のさらに下、男としての俺が感じてはならない感覚を蜃気楼のように感じたときのショックで俺はようやく衛宮士郎という人物の死を明確に意識した。
はたして、俺のこの手は誰の手なのか。
はたして、俺のこの髪は誰の髪なのか。
はたして、俺のこの眼は誰の眼なのか。
はたして―――――――俺は俺なのか。
そんな事を考えたとき、俺の中に刻みつけられた切嗣の何かが、俺の中に流れるアイツにつながる何かが決定的に、永久的に失われてしまったかのような錯覚に陥ってしまった。そんなときに慎二の発した言葉についつい頼ってしまったが、結局錯覚は錯覚でしかなくベッドの上の被害者を見た時にそんなものは根こそぎ消し飛んでしまったわけだ。
遠坂はふむと軽く唸ってから人差し指を立ておなじみのポーズをとる。
「精神的欲求は肉体的欲求に根ざしている。そんな意味の言葉だったかしらね」
「肉体変化ってどうしても環境変化も誘発するから、半年もしたら女性的になってくるものなのかな」
「んー、例えば士郎。慎二と半年同棲して何にもなかったんでしょ」
「無かったって。そう欲求は全然ない」
「結局そこよ。貴方にいくら女性的欲求が発生してもそれを無意識化で男性的に棄却できるなら何の問題もないわ」
「そんなもんかな」
「事実などない、ただ解釈のみがある。これもニーチェの言葉よ。ま、魔術師なら克己の精神でもってその程度のことは打破しなさい」
「その程度って……。結構切実なんだけどな」
とはいえ、軽く笑い飛ばしてくれる遠坂の声はとても心強くはあったのだが。
それからさらに数時間たちあたりは暗くなり始めたところでようやく魔法陣がその動きを止めガス抜きが終了したことを知らせた。すっかり充填された宝石を回収し今度は地脈の修正のための魔法陣の制作に取り掛かる。
その作業の途中遠坂が死徒という単語を口にした。
「死徒?そんな物騒なのが近くに来ているのか」
「この県で目撃情報が二週間前に出たらしいのよ。その後の消息が不明だけどもしここに来るつもりならとっくに潜伏済みでしょうね」
「来るのか。確かに今の冬木は地方都市ってカテゴリに放り込むなら結構発展してるけど、すぐ近くに聖堂教会の出張所があるんだぞ」
「最近の失踪事件は知ってる?数字とれそうな猟奇殺人事件に隠れてるけどそれがはじまったのはそいつが最後に目撃された次の日からだし教会側から渡されたやり口とぴったり一致してるわけよ、これが。ただ、本当にそいつかどうかは決定打に欠ける感じだけどね」
目線は陣を描く指先から離さないまま遠坂はいう。
その死徒に件に加えてまるで獣に襲われたかのような猟奇殺人事件の方にもどうやら魔術の気配があるらしいとも、言う。続けて、しかし都合よくと言っては何だが、魔力は十分すぎるほどにあるので出し惜しみなく力技でも解決するのもいい手かもね、なんて冗談めかす。
「死徒になってから五十年くらいらしくてね、銃火器がお気に入りらしいわ」
「死徒なら素手や概念武装使った方が強いだろ」
「趣味なんじゃないの?」
とにかく教会側としては死徒以外は特にかかわらない姿勢なのでもう一件の方はこちら側で解決するからそのつもりで、リハビリのつもりで頑張りなさいとありがたくて涙の出そうなことを遠坂は言ってくれた。
「今の神父は事務畑の人間だから情報提供だけは協力してほしいとか言われたけど、士郎のことだから案外ばったり会ってやっつけちゃうかもね」
「俺は実際に戦ったことないから分からないけど死徒の強さってのはどんなもんなんだ」
この質問に遠坂はそういえば、というふうに笑いながら
「クイーンは二十七祖の一角を二人まで倒してのけたそうよ」
「いや、もう少し一般的な……」
「といっても私自身会ったこともないわけだし、綺礼からの聞いた話しかないわよ。それが死徒として強いのか弱いのかなんてわからないし」
「参考程度にさ」
「それじゃま。固有の能力は個人の修練によるものだから脇に放っておいて共通するのは純粋な身体能力の高さ、肉体強度の高さ、復元呪詛による肉体損傷への耐性。おおむねこの三つね。弱点その他はブラム・ストーカーでも読んどきなさい」
「そのレベルってのはどの程度なんだ」
「銃弾を予測するのではなく見て避ける。人間を襤褸切れみたいに引きちぎる力とそれに耐えられるだけの強度。呪いでもついていない限りはダルマにされても問題無。そんな感じかしら」
「……集団戦とはいえそんなのを相手にするあたり言峰も大概化け物だったんだな」
「サーヴァントに比べれば格段によわっちいらしいから安心なさいよ」
「いやいや、今はおろかこうなる前でもアーチャーレベルには程遠かったから」
「でも、やるんでしょ」
「もちろん。手伝ってくれるよな」
「もちろん。あんた私を誰だと思ってるの」
「いい女」
「――――っ」
いきなり赤面して狼狽する遠坂を自分でもわかるほど蕩けた笑顔で見ながら、まだ見ぬ化け物相手に思いをはせる。
見上げれば空は茜から濃紺に染まり始めいよいよその化け物の時間が迫っていた。
Interlude out
喰われる、租借される、頭から、がぶりと、嬲る様に――――――死ね―――――死ね死ね死ね――――シネシネシネシネ――――ししししししねねねねねね。
あの呪いの声が、怨嗟の声が、誘いの声が、狂った声が頭蓋骨の中でハウリングを起こすほどに満ちはじめ、声は音に、音は響きに、響きは絶叫に、絶叫は津波に目まぐるしく順逆を問わず移りかわる。頭が、砕ける、弾ける、潰れる。
べろりと、ざらつく舌が首を嘗めた。じわあと、股間が濡れる。
そのままあっさりと、笑い声を響かせながら犬は僕の目の前から姿を消した。
後に一人残された僕はしばらく寝転がったままその方向を見るでもなく見ていたが立ち上がり、土ぼこりを払い気持ち悪く濡れたズボンのままホテルへと向かって惨めったらしく歩きだした。途中コンビニによって止血用にタオルを買ったが、まったく動じていなかったあのバイト君はなんなのだろう。微妙に目が輝いているあたり変な趣味嗜好があるのだろうか。
「ぐわっ!!くせぇ!!死ね!!」
「お前が死ねっ!!ほら、額の穴をふさげ。タオルももう血だらけだ」
「唾付けといてやるよ――――っぺ!!」
「ぐわっ!!吐きかけるんじゃねえ!!」
「寄るなっ!!臭い!!千津留さんに臭いが移る!!」
「お前に医師免許を与えたのはどこのどいつだ!!」
「そんなものは無い!!」
「げえっ?!お前ヤブに重ねてモグリだったのか!」
「ブラックジャック先生、万☆歳!!」
「待て、今どうやって発音した?!」
なかなか楽しい会話を経てかなり適当かつぞんざいに額の治療が行われた。
しかし麻酔や針糸がないからって接着剤で傷口をふさぐな。悲鳴が出るほど痛い。
とはいえ、このままシャワーをしてもよいということなのでありがたく汚れを落として出てみると医者が晩酌の用意をしていた。
「痕残らないんだろうな、これ」
「ウチは整形もやるぞ」
安いカップ酒をあおりながら医者が言う。テーブルの上におかれているツマミを適当に口に放り込みホテルと部屋のグレードに比べて一層高級そうなベッドに腰を下ろし脇の小型冷蔵庫から冷やしておいた缶ビールを取り出しこちらも傾ける。ちなみに千津留さんは既に寝かしつけらていた。その寝顔は当然人形の様。ともすれば胸が静かに上下しているような錯覚すら覚える。
実際そんな事があればあの名状しがたい誘いの声にいよいよやられてしまったと判断するところだが。
「今日昼飯食ってる時に志保に会ったんだけどな、あのやたらおっとこまえのねーちゃんがお前が言っていた志保の飼い主か?」
「ああ、そうだよ。あれはねぇ、自分に厳しく他人に厳しく身内に甘い、とにかく怖い女さ」
「あれ、なんだ。知り合いだったのか」
「同級生でね、若気の至りとはいえあの厄ネタにかかわったのが運の尽きってところかな」
「ははぁ、それでせめてもの意趣返しに妹をやっちまったわけか。たしかお前俺達と同じ店にいたよな」
「気づいてたのか。だけど残念、あれはアイツのじゃなくて僕の妹だ」
「へぇ?あの遠坂とかいう方と同じ系統の顔形だと思ったが、ふぅん、似てないな。お前の妹ならもっとひねた感じだと思うが、義理か?」
「節穴だねぇ、れっきとした実妹だ」
「ふぅん、へぇ、ほぉう。―――実妹、ね」
「生意気な、ていう枕がつくけどね。数年ぶりの再会だって言うのに開口一番死ねばいいとか言われたぞ」
「そりゃあ、口から出まかせのリップサービスだろ」
「どこがサービスなんだよ」
「だってあの嬢ちゃんはお前にそんなこと思ってないだろ」
「なんだ、じゃあ本心は「お兄ちゃん大好き」とでも言うのか?吐きそうだ」
「気味悪い物まねするなよ。そうじゃなくて、嫌いじゃないが好きでもない、早い話無関心なんだろ」
「―――へぇ、なんでそう思うんだい、勘かい」
「話したわけじゃないからそう言わざるを得ないけどな。あの街にしばらくいれば無関心な他人に向ける表情っていうのがどういうものかくらいは見分けられるようになる。その経験から言うとな、あれはお前に興味も関心もないが適当にご機嫌とっておいた方が得ってやつの顔だ」
「ふん。だったらもうちょっとおべっか使うだろう」
「だから、死ねばいいって言うのがお前の求めてる関係だと思ったんだろう。お前は許されることを望んでいるわけじゃなく執着されることを望んでいると判断されたわけだ」
「あいつにそこまで深読みできるだけの頭はないよ。昔からそれはもうとろくさい愚図だったさ、言ったことはできないしあちこち動き回るし、とにかくイラつかされっ放しだったね」
「俺が知らない話されてもな。お前嘘発見器とか効かないタイプだし」
医者はそれでこの話題に飽きたのかアルコールが回ってきたのか、ひとつ欠伸をして千津留さんと並ぶように寝転がるとごろりと千津留さんに向きなおり額に掛かっていた前髪を左右に手櫛でより分ける。そのさまはやはり正当な愛情を感じる行為であり真に愛おしく思っている様がありありと感じられた。まあ、直球で変態的な行為だが。
そのままでしかしと医者が言う。
「あの二人っていわゆるレズなアレわけか?」
「衛宮と遠坂か?遠坂はバイの気がありそうだが基本的には二人ともストレートだよ」
「はぁ、やっぱ節穴かね。恋人同士にしか見えなかったが」
「まあ、正解だ」
不思議そうな顔をしている医者にアルコールの勢いも手伝ってか、割合に軽い調子で口を滑らせた。
「実はな、衛宮は元男なんだよ。あいつはその頃からあんな調子さ、あんまり便利に使われるもんだからついたあだ名がブラウニー」
当然と言えば当然だが医者は一層不思議そうな顔をしてからくだらなそうに再び一つ欠伸をする。
「ヤブでモグリだが医者だぞ、これで。性転換手術受けてもわかるっての」
「世の中お前の知らない法があるってことさ。ここだけの話、あいつは僕と同い年で魔術師だ」
「うわあ、こいつはびっくりだ。なんともせかいにはふしぎなものがあるのだなあ」
「別に信じろとは言わないよ。無知は恥でも罪でもない」
「ああ、ああ。俺に関わりの無いところで精々マジカルにファンタジっといてくれ。アブラカダブラでもチチンプイでもチンカラホイでも好きに唱えてろ」
もう寝るから出て行けと、手を振る医者は僕が部屋を出る前に
「志保の話、どこまで本当なんだ」
なんて聞いてきた。
なにをいまさら。
「ピンからキリまで嘘ばかりさ。おいおい、こんな与太を信じるなんてちょっと飲みすぎじゃないの」
「あ、そう」
医者はつまらなそうに言うが早いか、高鼾をかいて眠りに落ちた。
部屋は隣だったが案外に防音はしっかりしているようでその鼾は全くと言っていいほど聞こえなかったのでベッドに転がると早々に睡魔が覆いかぶさってきた。目を閉じるとあの巨犬が街を走っている。記憶の中に居るちょっと力を入れれば折れてしまいそうなほど細く枯れた爺のイメージはなく力に溢れた獣の体をめいっぱい楽しんでいるように思えた。そして、彼はその力を維持するために人を喰う。とはいえ以前ほど綺麗に食べることはできない。苦肉の策として腐った魂に無理矢理獣の体を張り付けた結果積み重ねた知識はほぼすべて失われ、それこそケダモノのようにただ本能に従って、それでも考えようによっては幸せに、死んでいくしかない。
だから獣の様に汚らしくその生餌を食い散らす。見ればこのパーツの持ち主はもう死んでいると分かるほどに――――
「……あれ」
そこまで夢に見て瞼を開ける。
「それじゃ、失踪事件にならないじゃないか」
んんと、酔いをはじき出すように頭を振る。
じゃあなんだ。あの犬以外に化け物がこの街に居るって言うのか?
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