Interlude in
慎二と別れ、およそ半年ぶりとなる遠坂邸に戻ると遠坂はずっと絡めるように組んでいた手を割合あっさりと解いて年代物の椅子に腰を沈める。そこまでして漸く遠坂と俺の間の逆転していた身長差が元通りに逆転する。かつてのアーチャーには及ばないものの180p台に乗っていた身長がいまやセイバー並。すっかり忘れていたコンプレックスが再燃するには十分すぎる変化を改めて自覚しわずかに目じりが熱くなる。
と、そこでようやく迎え入れるように腕を前に差し出したまま不満げな顔をしている遠坂に気づいた。少し迷って、遠坂の頭に腕をかけ胸に掻き抱く。遠坂も俺の腰に手をまわし僅かに力を込める。先ほどとは別の形でお互いを拘束するようにして、しばらくどちらも動かない。
たかが半年。
半年ぶりの遠坂は、俺の記憶の中とちっとも変っていなかった。
されど半年。
半年ぶりの遠坂は、俺が思っていたよりずっと俺を安心させてくれた。
「おかえり、士郎」
「ただいま、遠坂」
半年ぶりの挨拶をかわしてどちらともなく、互いの拘束をほどく。
遠坂が照れ隠しなのか、「久しぶりに士郎の淹れた紅茶が飲みたいわ」と妙に早口で言うので笑いを堪えながらキッチンに向かい、染み込んだ手順通りに体を動かす。向こうではコーヒーばかり入れていたので蓋を開けたとたんに漂ってきた茶葉の香りに感動すら覚えながらティーセットを遠坂まで運んで行く。遠坂は遠坂で感慨深げに、ゆっくりとティーカップを傾ける。うん、慎二には悪いがこの空間の居心地の良さというか自分自身がかけてはならない一つのピースとして存在することのできる時間というのは向こうでは感じられなかった。なんとはなしであるが、慎二は俺を俺として見ていない、代替品として扱われているような気がしていたのだ。それが俺の気のせいかどうかはともかくとして。
唐突に遠坂の顔が魔術の師匠に切り替わり前置きもなく本題を切り出してきた。
「元に戻る方法を探す?それともそのままで居る?」
「そりゃあ出来れば戻りたいさ」
このままで不満はあっても不都合はないと続けた俺の返答に遠坂は困ったように笑って空になったティーカップを差し出す。そこに紅茶を注ぐ俺を見ながら
「絶対にって言わないあたりはさすがね。そうなったのは半年前から?」
「大体それ位だな。遠坂が先に時計塔に戻ってすぐかな」
「ふぅ……ん。心当たりはあるのかしら。」
「さっぱり。朝起きたらこんな事になってた」
「回路の方の調子はどう?ちゃんと起動する?」
「最初の頃は上手くいかなかったけど今は問題ない」
「なるほど……じゃ、最後の質問」
「うん」
すぅと目が細められ僅かに体感気温が下がる。
恋人から師匠へと変わった遠坂の顔が再び変転する。
それはどのような感情によるものかは分からないが、半年振りに再開した恋人に向けるものでも弟子に向けるものでもないことは確かだった。
「なんで、慎二と一緒にいたのかしら」
「いや、まあ」
適当に濁そうとする俺に遠坂は耳を傾けることなく、言葉を続ける。
「士郎。私への連絡よりも慎二に会う事を優先させたのはたまたま、なのかしら。なにか確固たる目的があって慎二の所へ行ったのではないかしら。そう―――桜のこととか」
「―――遠坂」
「間桐臓硯を殺し、間桐邸を焼き払い、私がロードを連れにロンドンに戻ってから、この家に残ったあなた達二人の間で何があったのかしら」
「俺は、桜を―――殺した」
「は……?」
「本当だ、俺は―――」
「ヤ、そうじゃなくて。え、ちょっと待って。桜、普通にこの家で暮らしてるわよ?」
「は―――?」
「今ちょっと出てるけどもうすぐ帰ってくるわよ」
そしてちりんと呼び鈴が鳴った。
Interlude out
昼過ぎに図書館を引けて近くの喫茶店に入る。結局桜の言うとおり火事はいくらかあったものの新聞に載っているかぎりでは愉快犯的な放火の線はなさそうだった。運ばれてきたコーヒーに口をつける。お世辞にも高級とは言い難いものだったが遠坂邸に桜にのまされたものに比べれば随分とましである。
「やっぱり間桐に個人的な恨みを持っているやつの仕業かね」
たとえば、母方の家系とか。保菌者であるというのに僕を産んだあとは蟲蔵で苗床にされたらしいし。誰一人、それどころか当の母親さえ写真一つ残っていないので親戚という実感はわかないが。とはいえ、それも今更過ぎる感がある。
「兄さん、誰かに恨まれる覚えは」
「七年前ならいざ知らず、半年前にそんな事される覚えはない。恨み事は生ものだからね、時間がたてば腐って消える」
「生ものだったら熟成されるんじゃないんですか。会えない時間は想いを募らせるといいますよ」
「条件によりけりだよ、元々の恨みの量に質、本人の資質に周りの状況。一つでも足りなきゃそのうち消えることに変わりはない」
「詭弁にもなってないと思いますけど」
「そうかね?そういうおまえはどうなんだい」
「ありませんよ。私は善人ですから」
「ま、お前は善人だの悪人だの言う前に内にこもるタイプだから、恨みの買いようがないよな」
「……兄さんこそ私に恨みでもあるんですか」
「売るほどな。買うか?」
「クーリングオフ効きます?」
「ない」
「ではいりません」
慎み深い妹だった。
懐から煙草を取り出し火をつける。桜が嫌そうに顔を顰めて煙から逃げるようにわずかに位置を左にずれる。
「兄さん、煙草吸いましたっけ」
「あっちにいってからね」
「私、吸わないんですけど」
「うん、だからなんだ。哲学と倫理が束になろうと煙草には叶わない。そもそも喫煙席ですうんだ、なんの問題がある」
「むぅ、せっかく優しくなったと思ったのに」
文句は言うものの口調にはどこかおどけるような調子が出ている。
「桜、再度質問だ。お前、僕のこと恨んじゃいないのかい」
「ま、兄さんも一度死んだことですし、帳消しです。なんだかんだ言って死に勝る苦痛はありませんから、私以上の苦痛を味わったなら、もういいです」
「単純でいいね、お前の世界は」
「というか、もとからそこまで兄さんを恨んではいないんですけどね」
「意外だね。爺と同じくらいには恨まれてるかと思ったが」
「兄さんはまぁ、被害者というか、私、自分より弱い人間には割と寛大なんです。ね、可哀そうな兄さん?」
「七年前なら首を絞めているところだ」
「今なら、どうします」
「そうだな、灰皿とってくれ」
「はい」
灰を落とし再び煙を吸い込み、気道を通し肺に落とし込みじっくりと味わってから少しばかりを吐き出す。やっぱりいやそうな顔をしながら桜は運ばれてきたハウスサンドに手をつける。僕の注文が届くまではまだかかりそうなので手持無沙汰に他所の席を眺めてみると見知った顔があった。当然のように医者と千津留さんだったのだが、こちらからは椅子の背になって見えにくいもののどうやらもうひと組、誰かを対面において談笑しているようだった。こちらに知り合いがいるというようなことは言っていなかったと思うのだが。何を話しているのかはこちらからは聞き取れない。
五分ほどさらに話したあと、二組とも席を立ち支払いを済ませ喫茶店を出る。そんな僕の様子に気がついたのか桜が僕の視線の先に目を向けたが、すでに彼らは店の外であった。桜は小首をかしげながら、
「兄さん、どうかしましたか」
「窓の外、女の乗った車椅子を押している奴がいるだろ」
「あ、カッコいい人ですね。でもアレけがしてるようには見えませんけど」
「車いすのほうは、あれは人形だよ」
「―――遠目でしたけど、あれは人間でしょう」
「生憎と変態なんだ、医者なのに」
「兄さんも妙な知り合いをもちましたね。それで、只の人形なんですか。ちょっとリアルすぎる気がするんですけど」
「別に動いたり喋ったりしてるところは見たことないな」
「ああいうのって幾ら位するんですかねぇ」
なんだか興味深そうに医者たちが歩いて行った方向をみながら桜がそんな事をいう。気のない返事で流したところで僕の注文が届いた。たばこをもみ消しベーグルに齧りつきながらいましがた医者たちと話していた二人組について考えを巡らす。
二十代半ばほどのロングの女性と十代半ばほどのショートの少女。親子というほど年が離れているでもなく姉妹というほど余所余所しくもない。
まあ、もったいをつけるまでもなく衛宮と遠坂だったのだが。
そう広い街でもないし双方がうろついていたなら食事時に顔を合わせるということもないわけでもないだろう。そのまま一緒に昼食を、といったところか。
「そういえば兄さん向こうで何してるんですか」
「傾いた店を立て直したり普通に働いたりギャンブルで増やしたりすったり、基本はフリーターかな。あとは人探し」
「人探し?」
「間桐雁夜。叔父さんだよ、二十五年くらい前に間桐を飛び出したきりらしいからお前は知らないかな。第四次聖杯戦争の頃、冬木に向かったらしいけどその後は不明。まぁ、多分」
死んでるんだろう、と呟く。桜はハウスサンドの最後の一切れを咀嚼して付け合わせのサラダをつつきながら不思議そうに、
「そう思うんだったらどうしてまだ探してるんですか」
「正確には叔父さんの最期の行動の理由を知りたい。間桐としては最後の回路保有者だったんだから第四次の令呪は宿ったんだろうけど、わざわざ参加する理由はない」
「というと」
「そもそも魔術を嫌って冬木を離れたのに、なんで戦争に参加する?それを知りたい、それが目下の目標かな」
「知ってどうするんですか。もう、関係ないでしょう」
「いや、別にどうも。暇つぶしのクロスワードやロジックパズルみたいなもんさ」
「私は、その答えを持っています」
「―――へぇ」
「けどきっと、それを兄さんは気に入らないと思います」
「はぁ……ん。まぁたお前か。ったく、面白くもない」
「ええと、すいません」
「謝るなよ、ムカつくね―――詳細を教えろ」
「あの頃はよくわかりませんでしたけど、雁夜おじさんは多分母さん、遠坂葵に惚れていたんだと思います。遊びに来る時も姉さんや私を口実に母さんと話していましたから」
「ちょっと待て、雁夜叔父さんは間桐を出たきり聖杯戦争まで冬木に戻らなかったはずだぞ。現に僕はその頃会った記憶がない」
「えっと、会うときはいつも新都のほうで深山町にはなぜか入らなかったんです」
「―――まったく、愛らしい甥っ子に興味はなかったのかね」
「そんなわけで多分聖杯と引き換えに私を遠坂の家に戻そうとしていたようです。―――兄さん」
「あん?」
「雁夜おじさんは、私の目の前で亡くなられました」
「サーヴァントにやられたんじゃないのか」
「いいえ、あの人は間桐に来た時点では回路はあってもマスターとしては力不足でした。だから、一年で間に合わせるために蟲蔵に入りました」
「惚れた相手の子供のためとはいえよくやるよ、僕にはとても無理だ」
「残り何十年かの人生を棒に振ったあの人は最後に直接私を助けに来てくれました。結局、来てくれただけで死んじゃったんですけど」
「嬉しかったかい、自分を助けようとしてくれる人がいて」
「いいえ、なんでこの人はここで死んでいるんだろう。そう思って御爺様に逆らったらこうなるという教材として無為に死んだのだと、そう思いながら蟲に食べられて小さくなっていくあの人をずっと見ていました。あるのは感想だけです。感情の入る隙はありません」
「報われないね、叔父さんも」
「今は、あの人のために泣くこともできます。だけど嬉しいとは思わない。何も死ぬことはなかった、さっさと逃げてほしかった。それが正直な思いです。ただ、私が手遅れになる前、あの人と姉さんと母さんと私と四人でどこかにいこうと約束してくれた時は、きっと嬉しかったんだと思います」
「そりゃあ、救われる話だ。聞かせてやりたい」
Interlude in
翌日桜を交えた三人で朝食を済ませた後、桜に留守番を頼んで遠坂邸を出る。十分に離れたところで遠坂が話しかけてきた。
「で、どうだった?」
「普通に見えた。少なくともアンデッドじゃ無さそうだけど」
「断言するけど今の桜の体に異常はないわ。今までが今までだったから定期検診はしてるけど特に体に傷はないし代謝機能は十全に機能している、蟲は、まぁ、駆除はできないけど間桐臓硯が居ないからか殆ど休眠状態でおとなしいものだし」
「勘違い、ってことはないはずなんだが」
「昨日は桜が帰ってきたから聞けなかったけど一体どういう状況だったわけ?」
「遠坂が日本を出てから二日目の晩に桜が俺に襲いかかってきた。もちろんすぐに組み伏せることは出来たんだけどその時にあの匂いがしたんだ」
「匂い?……ああ」
あちゃあ、という感じで遠坂が空を仰ぐ。
あのとき感じたあの匂い、甘く濁った腐敗臭が確かに桜の口元から漏れていた。あの時俺はそのすぐ前のこともあいまって大体の事態をその場で了解した。
「案外しぶとかったってわけね、あの妖怪。今にして思えばあんまりあっさりしすぎていたものね。そっか、あれ、フェイクだったか」
「ああ、あの状況でどうやって桜に入ったかは知らないがあの時桜の体を動かしていたのは間桐臓硯だった。それで、まぁ、あれだ。ルールブレイカーをね」
「刺したわけね、あの不思議剣」
「うん、あの不思議剣」
「で、間桐臓硯と桜の契約が切れて弾きだされた。それだけならよかったけど臓硯と蟲の間の契約も破棄されてパニックになったせいで桜の心臓まで止まったってところかしら」
「多分、そんなところ」
「んで、その後はなんだって桜ほっぽって東京行ったわけかしら、衛宮君。怖くて逃げだしたとか、無しね」
「確かに動転はしたけどそんなこと言わないさ。とにかく心臓も呼吸も止まってたから蘇生処置して救急車呼んで同行して、それで、死亡宣告を聞いた」
「そう」
「で、さ。妹が死んだのに兄貴が知らないなんてダメだろ。でも連絡もつかないから直接探しに行ったんだけどあっちで色々あって、その戻るのはちょっと遅れた」
「それはいいんだけどね、とにかくそのあと直ぐに蘇生したってところかしら。一般人でも無い訳じゃ無いらしいしね、そういうこと」
勇み足だったわねぇ、と軽く笑ってから遠坂は急にしゃがみ込みはぁと溜息をつき手で顔を覆うとそのままうーうー唸りだす。しばらくそうして唸った後遠坂は再度憂鬱そうに溜息をついて立ち上がった。
「何にも聞いてないのよね、私。桜のことだから心配させないようにとかそんな所なんだろうけど、ちょっと寂しいなぁ」
「別に嫌われてるわけじゃないんだから、そう落ち込むなよ」
「頼られたいのよ、甘えられたいのよ」
「お互いそういう齢も過ぎただろう」
「それもそうなんだけど。姉や兄の存在価値って結局妹や弟に頼られるかどうかに行き着くと思わない?」
「あー、うん。そうかもな」
生返事をしながら向かう相手にはたして頼ったことがあったかどうかを思い出す。頼られっぱなしだったような、頼られることに頼っていたような、頼りっぱなしだったような。少なくとも、そのどれかだったような気はする。
さて、はたして、半年ぶりの再会だった。
「えっと、志保ちゃん?」
「はい」
なんだか困ったような顔で藤ねえはそう言いながら微妙に伸ばし始めたらしい後ろ髪を揺らして首をかしげる。こちらの提示した設定は衛宮士郎の生き別れの妹。今の体は確かに男性であった頃の面差を残しているし全体としての雰囲気も、無論衛宮士郎のものと同じ。加えて大火災での混乱もあるのである程度ごまかしは効かせられると思ったのだが。藤ねえはうんうん呻きながら腕を組んでいる。しかし、すぐに息をついて目の前の湯呑をつかみ中身を傾ける。
「うん。信用します。遠坂さんが連れてきたんだしね。それで今日はなんだって私のところへ?士郎についてって言うんなら今は遠坂さんの方がよく知ってると思うんだけど」
「はい。ですから遠坂さんが知らない、昔の兄についてのお話を聞かせてもらいたくてお伺いしました」
そんな事を話してどうなるものでは無いけれど、本当のことを言うわけにもいかない。だから、とりあえず設定に矛盾しない話題として俺自身の思い出話について切り出した。しかしそれでも唐突というか突飛な感は否めないのか、それとも思い出そうとしているのか藤ねえは、んんと唸るがほどなくにこりと笑って「士郎はねぇ―――」とどことなく懐かしそうに、嬉しそうに、そしてちょっとばかり寂しそうに話しだした。
しばらく、藤ねえが喋って俺が時折合いの手を入れるというやり取りが繰り返される。俺にとっては嬉し恥ずかしの昔語りだったのだが隣の遠坂も割合興味深そうに聞き入っていた。一時間を過ぎたころ、話題が聖杯戦争のころに入った辺りでお開きとなった。
土産にミカンを持たされて別れる際に藤ねえが遠坂を呼び留め
「ねえ、遠坂さん。士郎って今どこにいるの?」
「ロンドンで少し雑用をやってもらっています。何か用件があれば伝えておきますけど」
「それじゃあお願いしようかな。えっとね、あー、えっと、うん―――えへへ」
なぜか顔をだらしなくゆるめた藤ねえはびしっと直立不動の体をとり高らかに宣言した。
「不肖!藤村大河!この度結婚することになりました!」
ん、なんか耳が。ケチコン?ケツコン?ケッコン?結婚?
んー、その単語はどういう意味だっけ。
んーんー、あれ、藤ねえ、なんで左手の甲をこっちに向けてんの?
んーんーんー、藤ねえにアクセサリーの類は似合わないぞー?
んーんーんーんー……んー?
「―――う?士郎ー?志保ちゃーん?」
「―――あう」
「いい加減立ち直ったら?姉離れできない弟じゃあるまいし。いい大人なんだから素直に祝福してあげなさいよ」
「だ」
「だ?」
「だ、だ―――」
「そんなポンチ絵みたいな顔しないの。いつまでも独り身ってわけにもいかないでしょ。お見合いだったらしいけど両想いって言うんだからいいじゃない」
「く―――!どこのどいつだ……!」
「あのね、まったく、全然、これっぽっちも、憎いくらいにそう見えないけど、もう三十路よ、藤村先生」
「わかってる、けどさ」
「じゃ納得しなさい」
「くそぅ……」
「ま、憎いあんちくしょうのことは脇にのけておいて、お仕事の話よ」
「例の爆弾か。仕掛けたのは爺さんかな。やっぱり」
「十に八九は。強硬手段ではあるけど余命幾許もないって状況じゃそれもしかたなかったのでしょうね。巻き添えはでるだろうけど他に手もない、板挟みでの選択でしょう」
「正義の味方は期間限定、か」
「あら、なにそれ」
「爺さんのセリフだよ。それがどういう意味か聞いた時は深く考えなかったけど……」
「……ま、聖杯戦争はもう起こらないんだしそうなれば本人だって爆弾はさっさと解体したはずよ。子供ならしっかり親の後始末はしないとね」
「……おう」
「いい返事ね。さて、ちょうどいい時間だしどこかで食事にでもしましょうか」
そんなわけで近場の喫茶店に適当に入ったのだが入口入ってすぐ、窓際の席に見慣れた顔を見つけた。そういえば今日も観光をしているらしいことを思い出す。あちら側でも気づいたのか片手をあげて声をかけてきた。
「よう、志保。その人は?」
「はじめまして、遠坂凛と申します」
「ははぁ、はじめまして。なに、志保の家族か」
「ああ、うん。そんな感じ。先生、いっしょしていいかな」
「構わんよ、話も聞きたい」
そしてしばらく話しこみ、つつがなく食事を終えてそれぞれわかれる。
姿が見えなくなった辺りで遠坂が千津留さんについて問いかけてきた。
「人形だよ、普通って言っていいかどうかはともかく市販品の人形。魔術的なものじゃない」
「人形?あれは、人間よ。何がどうしてどうなったかはしらないけど彼女はれっきとした人間よ、衛宮君」
「……何言ってんだよ。さすがに人形と人間の見分けくらいつくぞ。大体、代謝ってものがあるだろ」
「よっぽど熱心に面倒をみているのでしょうね。それに見たくないものは認識できないものよ。辻褄を自分で合わせていいように見てたんじゃないの」
「―――でも、俺は先生がポーズをとらせているところは見たことはあっても千津留さんが自分で動いている所なんて見たことがないぞ」
「名前は忘れたけれど特定の刺激に対して特定の反応しかできなくなる。そういう病気が実在するらしいわ。たとえばタイルの同じ色のところだけをたどって歩くとか目の前のものをつかみとるとか、外部刺激に対してのみ運動を行うとか」
「……じゃあ、あの人は」
「さあ、ね。どういう経緯かは知らないけどもしかしたら憑きモノかもしれないし。とにかく彼女については私たちから動くことはできないわ」
「そうか……」
「落ち込まないでよ。ほら、仕事仕事」
Interlude out
喫茶店を出て別れる前に三度、問いかける。
「桜、僕のこと恨んじゃいないのかい」
桜は、はぁと一つ溜息をつく。
そして、ようやく僕の顔を見た。
「最初に言ったとおりです。―――――貴方なんか、死んでしまえばいい」
「―――――――――くは」
体を折り曲げ、久々に腹の底から笑う。
そんな僕を冷ややかな目で見る桜を見ながら笑う。
ひたすら笑う。とにかく笑う。何がそんなにおかしいのか、笑う。
笑うのは嬉しいからに決まっている。
ようやく、戻ってきたことが嬉しいから僕は笑っているのだ。
酸欠寸前まで笑ってそれを認める。
そうだ――――恨んでいないわけが、恨まれていないわけが、ない。
僕らの関係はそれでこそ、正常だ。
なにもないだなんて、異常極まりない。
「―――ただいま、桜」
「―――おかえり、兄さん」