慎の用事がすむまでの待ち時間を利用して命題の考察を再開してみる。

 男女の別に依らず友情は成立する。ここまではいい。

 だが、しかし、異性同士の組み合わせである以上友情の先が在ることも否定することはできない。親愛と友愛と恋愛の線引きはよく分らないが端的に言ってしまえば相手のことを独占しようとする欲が引いては友情からの発展の引き金となるのではなかろうか。

 束縛することのない恋愛というものもあるだろうが、それとて根本的なところで相手の事を絶対的に独占しているという自信の表れであるとは言えないだろうか。

 翻って、同性同士の友情が極まった時においても独占欲の様なものは、たとえそれが恋愛ではなくともやはり発生する、この場合感情の方向は相方としてのものになるのだろう。

 では、恋人ではなく相方として、男女の友情は極まることができるのか。

 吊橋効果の例ではないがその場合の感情を恋愛と誤認することも多々あろう。

 以上、考察中断。

 会計を済ませた慎がこちらに来る。

 ばっさりと。

 長く伸びていた髪を、まるで慎二のように切ってしまった。

「さっぱりしたな」

「………」

「顔色が土気色だな」

「………あ」

「あ?」

「後戻りはもう出来ない………!」

 切羽詰った。という表現はこのような場合に使うのだなとしみじみと実感できるいい追い詰められ方であった。待合時間に聞かされた話によれば元々髪を伸ばし始めたのは桜が言い出したことらしい。せっかくなのでお揃いにしましょう、とかなんとか。言われてみれば現在の間桐家の女性陣は桜、ライダー、慎と皆ロングヘアーであった。慎一人だけウェイビーではあったが。

 長い髪というのはそれだけで十分に女性的な要素であると俺は思うのだが、それもまた、言葉遣いや服装、その他における桜の環境改善の一環なのだろう。ならば、それに真っ向から反する形のこの行動は、つまり、慎は桜に対して隷属することに反抗するということになる。それが分かっているからこそ今の慎はここまで怯えている。

「リボン」

「ん?」

「リボンはもう結べないね」

「ああ、そうだな」

「あれは、桜からのプレゼントだった。けどもう、結べないね」

「そうだな、でも別にそれでお前らが家族でなくなるわけじゃないだろ」

「家族、ね。衛宮、私は今から桜と家族になりにいくよ」

「そうか」

「うん、慎二は失敗したけど私はなってみせる」

「なれるといいな」

「そしたら、慎二が私と同じなら、慎二も桜と家族になったことになるかな」

「きっとな」

「――――よし。いってくる」

「ああ」

「その荷物は、また後で取りに行くよ」

「早くしろよ。遠坂に聞かれた時の言い訳を考えるのは面倒くさい」

「うん」

Interlude in

「今」

「はい?」

「今、姉さんがリボンを外したわ」

「慎がですか?何かの間違いでは?あんなに喜んでいたのに」

「それこそ先輩の所為でしょうね。詮索しないという約束だったけれど余計な約束だったかしら。ああ、いっそ暗示をもっと強くしておけば良かったかしら」

「アレを外したということは、つまり、慎二としての意識が表面化してきた?」

「それはないでしょうね。兄さんはもう完全に死んだはずだし、姉さんが自発的に外すとも考えにくい。おそらくは先輩が後押しなり切っ掛けなりを与えたのでしょう」

「桜、慎がアレを外すということは彼女が貴方から独立しようとしているのでは」

「ありえないわよ、そんなこと。姉さんは、今の姉さんは私がいないと何もできるわけがないんだから。それは、今朝は変に強気だったけれどあんなのは一時の気の迷いよ。そうよ、今だってリボンを外したことで青ざめているはずなのよ。そうよ、ねえライダー、そうでしょう?姉さんが私から離れるなんて、そんなおかしなことがあるわけないわよね」

「桜―――?」

「うふふ、そうよ、そうなのよ。姉さんは私のものなのよ。そんな一晩先輩と話した位で心変わりするような躾け方していないもの。リボン、そうだ、リボンをつけなおしてあげなきゃ。きつくきつくきつくきつきつくきつくきつくきつく。つけてあげなきゃ。姉さんが、遠坂の家を出る時に姉さんがしてくれたみたいにリボンを結んであげたら姉さんもきっと私のことをもっとずっと今よりも好きになってくれるわ。そうでしょ、ライダー」

「貴方は以前この生活にこだわりはないと言いませんでしたか。ならば、慎が貴方から離れようとかまわないのではないですか」

「ああ、あれね。うん、ライダー、私今の生活はどうでもいいけど姉さんだけは別よ。言ったでしょ、人のものを取るのは悪いことだって」

「そうですか――――けれど、桜。今のあなたを慎は好いてなどくれませんよ」

「――――おかしなことを言うのね。ライダー。あはは、本当におかしい。私達はこんなにも仲の良い姉妹なのに。―――あ、姉さんが帰ってきたわ。出迎えに行かなきゃ――――あれ?姉さん、その髪どうしたんですか?―――――――あは、何言ってるんですか―――――怒りますよ―――――リボン、つけなおしてあげますね――――――何するんですか、せっかく似合ってたのに――――だから何を言ってるんですか。理解できません――――先輩に何か変な事言われたんですね――――――かわいそうな姉さん――――――――――なんですか、その眼は―――――――――そういえば姉さんを打つなんて初めてでしたね―――――――うん、兄さんが私をよく打ったのも理解できます―――――だってこんなにも――――――気持ちいいだなんて」

「慎――――!」

「あれ、ライダー。何でそんな所にいるの。どいてよ、ね?あなたがそこにいたんじゃ姉さんを躾けられないじゃないの、ね、いい子だから――――どきなさい、ライダー」

「聞けません。桜、あなたは」

「私は?」

「間違っている」

「――――あは」

「桜?」

「そうかもしれないわね。でもそれなら、私が間違っているなら、私が、いいえ、私とあなたでそう在るようにした姉さんの存在も間違っていることになるわね。姉さん、顔色、悪いですよ?ほら、いつかみたいにベッドで三人一緒に寝ましょう。そうしたらきっと気分も良くなりますよ――――姉さん」

Interlude out

さて、ここから先は後で聞いた話になる。

俺は彼女らが一触即発の状態にある時暢気に、思う存分に、夕食を作りながら慎は上手くやっているかな、なんてことを考えていた。

彼女はその時の自分が情けなくて、俺に檄でも飛ばしてもらいたかったのかもしれないが俺としても、そういう訳で彼女に対して偉そうに訓戒を述べられるような立場ではなかったのだ。彼女が喋ったことが被害妄想的な脚色を加えられているのか、客観的視線による自己評価なのかはともかくとして、ここよりは彼女の話を出来るだけそのまま伝えることにする。

―――午後六時 冬木市 間桐邸

「さぁ、どきなさい。ライダー」

「聞けません。桜、落ち付いてください。慎はようやっと自分が出せるほどに安定したのです。それを引き戻す権利は、私たちにはありません」

 ライダーの言に桜は首を傾げた後、ライダーの脇からすっと手を伸ばし慎の腕をとる。

 そのまま慎を引きよせ胸に描き抱く。この間ライダーは桜に手を出すわけにもいかず、さりとて慎を引き剥がすでもなく、何も出来ぬまま眼鏡越しに苦々しい視線を向けるだけであった。桜はそんなライダーに視線をもどし、

「ライダー、あなたは何をいっているの。私は何も姉さんを殺そうとしてるわけではないのよ。ただ、私がもっと姉さんと仲良くなりたいと思ってるってことを教えたいだけなの。―――ライダーは私の味方よね?」

「それは―――そうですが」

「だったら何で私のやることに反対するの?ライダーだって姉さんともっと仲良くなりたいでしょ。家族は仲良くって言うのが一番なんだからライダーも一緒に、ね?」

 お願い、というふうに差し出された手を、しかしライダーは取らず非難を込めたまま言葉を探すように黙りこくっている。しばらくそのまま硬直していた二人だが先に桜が「そう」とため息をついて手を引っ込めてライダーに背を向けた。

「―――さく、ら?」

「それじゃあライダー、あなたはもう私の味方でも、家族でもない」

「あ――――」

「さあ、行きましょう。姉さん」

 手を引こうとした桜に対して慎はくすくすと小さく、やがてあははと大きく、やがてその笑いを納め、変わりに、胸をはり口と眼元に侮蔑を色濃くあらわしながら桜から離れ、ライダーと桜と慎を頂点とした正三角形を形作るような位置に移動した。そしてくるりと桜をみながら

「無様ねぇ、サクラ」

「何を言ってるんですか。さあこっちに来て下さい」

「そのペラペラの作り笑顔が無様、自分に逆らえない者を追い詰める様が無様、自分の味方を勝手な理屈で見限る様が無様―――――あっは。みっともない」

「姉さん……怒りますよ」

 慎は桜の言葉に臆するでもなく一本立てた指をくるくると回しながら桜の方を見ないまま宙を見つめながら

「えっと、こういうのなんて言うんだっけ。お人好し?偽善者?偽悪者?違うなぁ。ねえライダー、勝手な理屈で他人を貶めた挙句自分が悪いとは毛ほども疑わない、そう、慎二みたいな人のことなんて言うのかしら?上手い言いかたが見つからないわ」

「――――し、慎?」

「ね、ライダーはたくさん本読んでるじゃない。何て言うのか教えてよ」

「え?え、ええそうですね。その、慎二の事というのなら、屑とか下衆とかですかね」

「そう、サクラ、あなたはつまり、ええと、ゲス?うん、ゲスね」

 はっきりとそう、言い切った慎に対して桜はいくらか気を取り戻して、それでも未だ残る混乱を出来るだけ言葉に載せないようにゆっくりと吐くように射すように

「あなたは、誰ですか―――」

 この問いに慎はぽむと手をうち

「そういえばあなたは戦争中、シンジに任せて何時も通りにしていたのだったわね。忘れてたわ。―――はじめまして、サクラ。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。慎の心臓よ」

「心臓ですって?」

 かつて慎二は細胞記憶論を引き合いに出していたが、桜とてそのような事例があることは聞き及んでいる。けれど、記憶の伝搬ではなく、人格の憑依などそんな物絵空事でしかありえない。だがしかし、確かに目の前の女性には慎とは明らかに違う自信が満ち溢れている。

「ええ、とはいえ本当ならこんな所で浮いてくるはずもないのだけど、あなたの行動のどれかが慎のトラウマでも刺激したのかしら。彼女は今、この場を拒絶しているわ」

「拒絶?そんなわけがないでしょう。私と姉さんは―――」

「慎は、あなたと家族になりたかったのよ。でもあなたは家族ではなくて人形がほしかったのよね?あなたの思う通りになってくれる、そういうモノが」

「違いますよ、私だって姉さんと家族になりたいんです」

 いいつのりながら桜は一歩一歩イリヤに近づいていく。

 対してイリヤは動くこともせず桜との会話を続ける。

「だったら、慎とあなたで家族の定義が違うのでしょうね。少なくとも慎は家族とは対等なものだと思っていたようだけれど」

「私は上手く言えませんけど家族って言うのは対等とかそういう物ではくて、そう、一緒に居たいと思う人達の事なんです」

「ふぅん。とても綺麗なカタチね。それで?一緒に居たくなくなったらもう家族ではないの?」

「え、そんなの―――」

 桜はふと、ライダーに視線をやってからそのまま視線を外さずに

「―――当り前じゃないですか」

「あ、そう。ふーん。―――んっと確か、そう、サクラ、歯を食いしばりなさい」

「はい?」

 ばちんと。

 大きな音をたて、桜がたたらを踏む。

口腔内を切ったのか一筋、血が垂れているがイリヤに食ってかかるでもなくそのまま俯いてつま先に視線を向けている。対してイリヤはぷるぷると手を振りながら

「だから言ったのに。舌でも切った?」

「なにをするのですか?!桜、今手当てを―――」

「黙りなさいライダー。あなたはあなたでサクラを甘やかし過ぎるのよ」

「なにを―――ほざくか。早々に慎から出ていきなさい、亡霊風情が」

「あなたに言われる筋合いだけはない気もするけれど。それにしてもこんな事がきもちいいだなんて、変なの。痛いだけじゃない」

 さて、と呟いてから桜の顔を覗き込むイリヤ。

「一つ聞きたいんだけど。サクラ、あなたの体の中に変なものはいってない?」

「―――――」

 びくりと。

 俯いたまま桜の肩が震えた。

「実はね、慎が沈みたくなったから私が浮いてくるだなんてそんな簡単な話でもないのよ。もう一つ、私を引き上げる何かが必要なの。そうね、たとえば、聖杯の欠片とか」

「そうです。あなたの言う通り私の中には十年前の聖杯の欠片が移植されています」

「そう」

 桜は顔を上げイリヤを見据える。

 痛々しく頬がはれ上がっているがそれでも屹然としてまっすぐに視線をそらさずにイリヤを見ている。イリヤはその視線を真っ向から受け止め

「サクラ、その欠片は私のお母様なの。多分それが私が浮いてきた一番の理由。家族のつながりはたとえ血の繋がりでなくとも、この世で一番強い引力なんだから」

「――――」

「聖杯戦争におけるアインツベルンの役割は器の生成。第四次聖杯戦争での器は私のお母様だった。だからね―――」

 やおら、サクラに顔を近づけほとんど唇同士がぶつかりそうになる程の位置でイリヤその瞳に桜を映す。人類としてはあり得ないはずの紅玉のような眼球内に桜を飲み込む。そしてゆっくりと言い含めるように、しみ込ませるように、押しつぶすように、

「私のお母様をその身に埋めておいて、私の家族をその胸に宿して、幻滅させるようなこと言わないで。でないと――――ぶち殺すわよ、サクラ」

「――――ひ」

「あなた、死ぬのは怖いかしら」

「こ、怖いです……」

「だったら、命は大事に、ね。それ、一生物だって知ってた?」

 そして顔を離し、体を離し、桜から離れ、ライダーから離れ、そのまま、イリヤは間桐邸を後にした。

 去り際に一言

「家族を粗末にしたら、私は自動的に浮き上がると思いなさい」

 そう言い残して。

 

Interlude in

 

「さ、桜、あの、傷の手当てを……」

「ごめんね、ライダー。さっきは酷い事言って」

「い、いえ。いいんです、ですから、あの、桜?どちらへ―――」

「うん、ちょっと、一人になりたいの」

「あ、はい―――さ、桜!」

「なに、ライダー?」

「私は、私はあなたのことが大好きです」

「ありがとう。ごめんね」

「さっきから、騒々しい喃。何かあったのか」

「―――ゾウケン」

「いえ、何でもありません。御爺様、お部屋にお戻りください」

「ぬ、桜どうしたのじゃ、その顔は。慎二にまた殴られたか。まったく、あ奴は……」

「―――あは。御爺様、今度は何時の夢を見ているんですか?ユスティーツアさんの居た頃の夢はもう覚めましたか?兄さんが男だった頃の夢ですか?どうせなら聖杯を手に入れる夢でも見ていればいいのに。自分の状況も分らないなんて、もう絶対に夢がかなわないなんて、次がないことがそんなに悲しかっただなんて、ああ、なんて、かわいそうな御爺様。ほら、お部屋に戻りましょうね」

「何を言うておるのじゃ、桜よ。ん、如何した?怖い夢でも見たのか、そのような顔をして。ほれ、爺と一緒に菓子でも喰うか」

「今度は私が子供のころの夢ですか?御爺様って本当に、時々ものすごく優しくなりますね」

「だから、何を言うておるのじゃ。泣きたくなれば泣けばよい、怖ければ縋ればよい、乎乎乎、これでもこの世、全ての悪の廃絶を願う身じゃ。孫の身も救えぬようでは先はないわ」

「―――御爺様。私は貴方の、家族でしょうか」

「無論じゃ」

「家族とは、なんですか」

「一族郎党悉く。間桐に連なるもの全てが儂の家族じゃ。とはいえ、もはや、それも片手で足りる程度になり果てたがの」

「そうですか」

「うむ」

 

Interlude out

 

―――午前零時 冬木市 柳洞寺地下大空洞

「よう、どっちだ?」

「―――遅かったわね」

 地下大空洞。

 例の祭壇を彼女は昨日の様にじっと見つめていた。

 脇に座りその横顔を観察する。

「イリヤか、早く慎に代わって家に戻れよ。桜から電話あったぞ。なんだ、慎は下手打ったのか?」

「シンじゃなくて私が―――ていうかシロウ、どうしよう。戻れなくなっちゃった」

「――――なに?」

「何でかなぁ。そんなにショックだったのかな、シン。案外面倒くさい性格なのね、マキリの連中って」

「まぁ、俺の詮索することでもないんだろうけど」

「そうなんだけどね、どうしようかな。ううん―――よし、キスでもしようか、シロウ」

「なんでさ」

「まあ、聞きなさい。ショック療法というやつよ。引きこもりを外に出す一番簡単な方法は襟首ひっつかんで引きずるのが一番。ね?ショックだと思うのよ、自分の大好きな人を目の前でとられるっていうのは」

「―――なんか、こう、お前、変な方に馴染んできてるな。慎二の影響か?」

「かもね、シンにシンジの影響があるなら、当然同じところにいる私にも。で、さ。ね、キス」

「だめだ、出来ない。前にも言ったろ」

「ふん、シロウのケチ。シンとはしたくせに」

「アレは不意打ちだよ。数にいれたらダメだろ」

「まあ、いいわ。ひと眠りしたら元に戻ってるかもしれないし。今日はシロウの家に泊めてね」

「いや、だから、家帰れよ」

「ちょっと今は気まずいのよね。それに、シロウがそばにいた方がシンも出てきやすいだろうし」

 それもそうか、と納得して連れだって大空洞を後にする。

 明日、というか朝には遠坂が来るけれど結局問題は解決できていない気がする。

 いや、確かにいくつかは片がついたがマッチポンプ的に余計な問題が発生したというべきか。まあ、何とかなるだろう。大丈夫。慎も桜もイリヤもライダーも。なにしろ俺の周りには強靭過ぎる女性しかいないのだから。きっと、何とかなるさ。

外に出て空を見上げて、三日前日本に帰ってきたときと同様の夜空を見て、そう、考えた。なに、多分に楽観的であるがそれなりに自信はある。

 

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