Interlude in

 

「ただいま――――」

「お帰りなさい、慎。どうかしましたか」

「なんでもない」

「嘘は、よくありませんよ。姉さん」

「なんでも―――ありません」

「ですから、嘘は、ダメ、ですよ。姉さん。本当のことを、ね?」

「ですから、嘘なんて―――」

「家族なんですから、隠し事は無しにしましょうよ。姉さん、何があったのか、正直に言ってください、正直に」

「衛宮は」

「先輩は?」

「私のことが嫌いみたいです」

「―――そうですか」

「桜――――私、死にたいです」

「―――ダメですよ。許しません。ええ、死ぬだなんて、たかだかそれ位のことで死ぬだなんて、許しません」

「でも、もう嫌なんです。こんな顔も、こんな声も、こんな体も、もう嫌なんです。この上衛宮が私を認めてくれないなら、もう、死んでしまいたいんです」

「そうですね、そんなに嫌ならいいですよ。死ぬことを許可しましょう」

「ありがとう―――ございます」

「でも、今はまだダメです」

「え――――」

「後、十一年間、私と同じだけ、苦しんでからなら、死んでもいいですよ。姉さん、私貴女のことは大好きですけど、兄さん、私貴方のことは大嫌いなんです。ですから、まだ、死んではいけません。分かりましたね」

「――――」

「返事を、お願いします」

「――――はい」

「はい、よろしい」

 

Interlude out

 

―――午後六時 冬木市 衛宮邸

「うっわ、士郎何その顔」

「いきなりなんだよ」

 家に帰りつくなり藤ねえにそんな事を云われた。

 そりゃあ、色々あったがそこまで酷いとも思わない。

 どさりと、少女に持たされたままだった荷物を床に置く。

 手が、痛いな。

 ああ、これ、どうしよう。

 困るようなことと言えばそれ位だ。

「なになに?なんでこんな女物ばっかり買ってるの?あ、もしかして慎ちゃんにプレゼント?遠坂さんがいる癖にぃ、んもう、このエロ学派め。天然ジゴロ!」

「ほしけりゃやるよ。どうせ、もう要らないだろうしな」

 今日にかかわるものなんて見たくもないだろう。

「いや、慎ちゃんと私じゃサイズ違うんだけど」

「フリーサイズも結構あるぞ。ああ。虎柄がないのがいやなのか」

「そうでもないんだけどね。これってさ、慎ちゃんと一緒に買ったんでしょ?それじゃあ私はもらえないよ」

「そうか―――」

 じゃあどうしようかな。

 藤ねえ以外だと桜か、ライダーか、遠坂か。

 彼女に見られるかもしれないことを考えれば、遠坂かな。

 とにかく今彼女にあったら今度は何を言うか、分からない。

 そのことを考えれば、考えるほど

 鬱鬱と感情が淀み

 思考には陰の雨が降り

 身体には滅の風が吹く。

 もう、いい。

 もう、忘れよう。

 アレは俺には関係ない。

 イリヤは生きているし

 桜は幸せそうだし

 そうさ、今この状況を変える必要なんてないじゃないか

 遠坂も明後日には日本に着く。

 さっさと起動式を解体して

 さっさとロンドンに帰ろう。

 それで、万事解決だ。

 いいじゃないか、それで。

 もう、慎二はいないんだ。

 俺の親友は死んだんだ。

 藤ねえはまじまじとそんなことを考えている俺の顔を見た後

「喧嘩でもしたの?」

 思わずぐっと息をのみそうになる。

 相変わらず勘がいい。

 いや、今回は俺が分かりやすいだけか。

 しかしあれは、喧嘩というよりは断絶に近い。

 もう修復はできないし、する気もない。

「そんなところさ。さあ、晩飯でも作ろうか。まだ帰ってきてから一度も作ってないからうずうずしてたんだ。藤ねえ、何が食べたい?リクエストは聞いてやるぞ」

「ちぇすと」

 後ろから叩かれた。

 結構痛い。

 振り返れば下駄箱の上にあった大きめの花瓶を小脇に抱えたまま藤ねえがこちらを睨んでいた。

「喧嘩したなら謝ってきなさい!身長がめりめり伸びて大人になったかなーとか思ってたらごめんなさいも言えないようなダメ大人とは!お姉ちゃん情けなくて涙がちょちょぎれちゃうよ!」

「色々あるんだよ」

「しゃらっぷ!私は謝ってきなさいって言ってるの。喧嘩したんだから双方に言い分はあって当たり前なの!慎ちゃんとちゃんと話して謝ってきなさい」

「いいんだよ、もう」

 そう、もういいんだ。

 俺はもうそれで納得したんだ。

 なのに藤ねえはわが意を得たりとばかりに胸をそらしながら、

「だったら、慎ちゃんの方に一方的に言い分があることになるわね。ほらほら、ますます行かなきゃいけなくなってきたわよ?」

「なんでさ」

「だって士郎は他人にこそ優しく出来る子でしょ。他人が一番自分が最後。なかなか出来ることじゃないけど士郎はそれができる子でしょ。誰かのこと、多分慎二君のことで何かあったんだろうけど、慎ちゃんだって身内が居なくなって平気なわけないじゃない。そこいらへんを士郎はちゃんとわかってあげられてたの?」

「――――」

「自分の主張を引っ込めるなら、ちゃんと相手の主張を聞きなさい。今士郎がしてるのは選択じゃなくて放棄だよ、そんなのは間違い。士郎、だから、話してきなさい。それでも謝りたくないんだったら、それならお姉ちゃんは何も言いません。それでもきっと仲直りはできるよ」

「―――――それでもどうにもならなかったら、どうするんだよ。どうしようもない壊れ方ってのがあるんだ。まっぷたつに折れた刀みたいにどうしようもない壊れ方ってものが」

「ちぇすと」

 また叩かれた。

 今度は正面から、傘立てに立ててあった竹刀だった。

 それをだんと床に立て

「ぐだぐだ言うな!壊れたら直せ!士郎には直せないものなどないのだ!どんなにどうしようがなくとも士郎なら何とかできる!お姉ちゃんが保障してやる!ほうら、その気になってきたでしょ!?」

 本当に藤ねえは変わらない。

 はじめて会った頃から

 どうしようもない子供であったころから

 本当に変わらない。

 変わらず、人の気も知らない癖に

 ――――その気にさせてくれる。

 ちくしょう、どうしてくれるんだ。

 あんたにそんな事を云われたら

 奮い立たざるを得ないじゃないか。

 まったく

 やっかいな姉だ。

「ほらほら、さっさと行くの。晩御飯くらい私も作れるから」

「―――藤ねえ」

「腰抜かすようなご飯作って待ってるわよ」

「藤ねえ―――ありがとう」

「お礼なんていらないわ。私はまだまだ士郎のお姉ちゃんなんだもの」

 ああ、やっぱり、我が家はいいな。

 なんて

 俺はそんな事を思った。

 イリヤと言い藤ねえと言い

 俺はどこまでいっても姉には弱いらしい。

 

 間桐邸までの道すがらつらつらと別れしなの彼女の様子を思い出す。

 泣いていた。

 崩れたように泣いていた。

 泣かせたのは俺だ。

 ならば、泣きやませるのも俺だ。

 俺を罵倒するのなら甘んじて受けよう。

 俺を殴りたいのなら両の頬を差し出そう。

 だが、それでも、間桐慎二の根幹を否定したことだけは

 謝らせてやる。

 ああ、悪い藤ねえ、もしかしたら話し合いにはならないかも。

―――午後七時 冬木市 間桐邸

 そうしてついた間桐邸の入口に桜が待っていた。

 桜はにこりと笑って俺の後方を指差し

「はい、そこで回れ右ですよ。先輩」

 やはり、とでもいうべきか。それとも、意外にも、とでもいうべきか。

 桜はだいぶ怒っていた。

 遠坂の様に烈火の如くではなく

 藤ねえの様に吠えるが如くでもなく

 ただ、単純に怒っていた。

 どうしようもない怒りをどろどろと体の中で煮詰めつづけそれが遂には体の殻を破って漏れ出したかのように粘度の高い怒気が空気を淀ませている。

 ただ言葉を発するだけで、ただ息をするだけで、ただ立つだけで、鑢でもかけられるように、削られていく。そうか、桜と彼女は本当に、上手くやっていたのか。それは、とても喜ばしいことである、のだろうか。

結局桜は、慎二よりも今の彼女を選んだということか。

当然の選択であるのかもしれない。だが、桜、慎二はそんなに悪い奴だったか?

「桜、入らせてもらうぞ」

「いけません。女の子を泣かせるような悪い先輩はお断りです。キープアウト、です」

 桜が表情を変えないまま俺を制止する。

 桜、俺はお前たちのことを何も知らない。

 お前と慎二の間で何があったか、慎二が何を思っていたか、お前が何を思っているか。

 俺には知る由はない。

 知ったところでどうなるものでもない

 知られたくないことだってあっただろう。

 嫌なことも、恨みたいことも、殺したくなるような事も、大火災以前の俺の記憶の様にきれいさっぱり忘れてしまいたいこともあるだろう。

 だが、桜、それをふくめても、

それでもお前達は兄妹だったじゃないか。

歪で罅が入り今にも崩れそうであっても

慎二とお前は兄妹だったじゃないか。

「桜」

「先輩には遠坂先輩がいるでしょう。それで我慢してくださいよ。二股なんてとんでもない。そんな浮気者には姉さんは任せられません」

 頑なに俺を拒む。

 俺はどうしようもない愚か者である自覚はある。

 だが、このバカは、少なくとも知り合いに泣いてほしくはないし、知り合いの妹に知り合いを否定してほしく何かない。

 桜、俺は――――

「俺は、話をしに来たんだ」

「兄さんに、でしょう?何をいまさら。ライダーに言われたでしょう。忘れたのならもう一度言ってあげます。半年遅いですよ。半年前ロンドンに兄さんが来たとき言われませんでしたか、助けてって」

「――――」

「直接そういうのは禁止しましたけれど、先輩、兄さんは助けを求めていませんでしたか?そのはずなんですよ。そもそもそのために私は兄さんをロンドンに送ったんですから」

「な、に」

「実際にはあれからさらに一週間前に兄さんは女性になっていました」

 あれは、いや、そんな。

 あの時電話口で慎二は確かに―――

 いや、朝起きたらとは言ったが、何時女になったかは明言をしていなかった。

「あれはね、姉さんと私の間の賭けだったんですよ。プレイヤーは姉さん、チップは兄さん、親は私、ディーラーは先輩。勝利条件は男に戻ること、敗北条件は男に戻らないこと。期限は無期限。結局約束を取り付けたってことでおざなりになっていましたけど。今日、姉さんは敗北条件を満たしました。先輩、あなた、姉さんを否定しましたね?あれで兄さんは消えました。そうです、先輩、兄さんはあなたが、殺したんです―――――――分かりましたか?帰ってください。家族に危害を加える人に間桐の敷居はまたがせません」

 ぎりと、砕けそうに奥歯を噛みしめる。

「下地を整えたのは、桜、お前だろ」

「ええ、もちろん。先輩、肉体を亡くした精神が何時まで残っていられると思うんですか。私は兄さんを壊さないために姉さんにしたんです。精神は肉体の奴隷ではありません。環境の奴隷です。主人に適合できない奴隷は殺処分するのが世の習いなんです。私はまた家族を無くすのは嫌なんです。これで結構楽しくやっているんですよ。御爺様は優しくなりました。姉さんはとても可愛い。ライダーはとても綺麗。今私は人生の中で初めて楽しいと思える暮らしを送っているんです。邪魔をしないでください」

「そうか。だけどな、桜。俺は親友をなくすのがごめんなんだよ」

「わからない人ですね、もう兄さんはいないと何度言ったら」

「それでも、だ。俺はアイツと話がしたい。頼む、通してくれ」

「――――忘れていました。すっかり忘れていました。そーでした。先輩はそーゆー人でしたね。人の話は聞かない。自分の意見は押し通す。状況よりも趣味を優先する。はい、私すっかり忘れちゃってました」

 桜はしばらく黙りこんだ後心底嫌そうに額に手を当て、天を仰ぎ、やれやれと言った感じで溜息をつき、ついでおれに視線を戻し、ぴっと指を一本立てた。

「一日です。かっきり一日の間は先輩と姉さんが何を話そうが私は関知しません。そこで何を話したかは私からは聞きません。姉さんがうっかり漏らしても忘れてあげます。今は兄さんの部屋にいます」

 そしてすっと身を引き最後に一言

「でも、もし先輩が帰ったあとに姉さんが泣いていたなら、私先輩のこと、一生呪います」

「大丈夫さ」

「信用、していいんですか」

「大丈夫さ」

 少し不満な桜の横を通るとき、ふと、思ったことを素直に言ってみた。

「桜、強くなったな」

「女は強くないとやっていけないんです。知らなかったんですか」

「―――はっ。納得」

 確かに、俺の周りは物理的にも精神的にも強い女性ばかりだ。

 遠坂しかり

 ルヴィアしかり

 セイバーしかり

 イリヤしかり

 藤ねえしかり

 ライダーしかり

 桜しかり

 ――――――となると

 彼女はどうなんだろう。

Interlude in

「なぜ、シロウを通したのですか。桜。貴方は今の生活が気に入っていると言ったではないですか。彼は、その日常を壊しに来たのですよ」

「ペルセウスの様に?ふふ、ライダー、確かに私は今の生活を気に入っているけれどね、でも、別にかけがえがないとも思ってはいないのよ」

「ではなぜ、今が楽しい、邪魔をするなと言ったのですか。桜、あなたの言うことは矛盾だらけです」

「別に矛盾してはいないと思うけどね。例えばね、ライダー、あなたが読書をしている時に先輩がいきなり訪ねてきたらどう?むっとするでしょ?邪魔をするなと思うでしょ?でも、じゃあ、なぜ、むっとすると思うのかしら。本が燃やされたわけでも、目や耳を潰されたわけでもなく、ただ少しばかり、中断させられただけなのに。要するにその程度なのよ」

「それはおかしい。読書は再開できるが、この生活をシロウが慎に何らかの影響を及ぼしてもまだ継続できると?」

「無理、なのでしょうね。変化はいつも不可逆的なものであるし。でも、別にかまわないわ。いつだって、人生は楽しく出来るのだもの」

「―――桜、あなた先ほど、今が人生で初めて楽しいと言ったのでは」

「さっき先輩に言い忘れたことがあるのだけどね」

「はあ、何でしょう」

「女はうそつきじゃないとやっていけないの」

「そうですか」

「そうなのです」

「桜は―――いえ、言わぬが華ということにしておきましょう」

Interlude out

間桐邸。

慎二の部屋。

彼女の部屋。

こちらとあちらを分断するドアに向かって軽くノックをする。

ほどなく内側より返事が返ってくる。

「桜?ライダー?」

「悪い、俺だ」

 息が詰まるような沈黙の後短くせき込むような弱弱しい笑い声が聞こえてきた。

ひとしきり笑い終えた後、更に弱弱しい声で

「衛宮?衛宮だって?帰ってよ、慎二はいないよ」

「俺は、お前と話をしに来たんだ」

「私と?何を?愉快な話はできないよ」

「俺が居てお前が居て、慎二のこと以外に話すことが?」

「――――――衛宮、さ。慎二は最低の屑だったよ」

「そうだな」

「死んで当然の人間だったよ」

「そうだな」

「私、あんな奴大嫌い」

「そうだな」

「――――衛宮、あんな奴のどこが気に入って友達やってたの」

「さあ、気がついたら、かな。切っ掛け位なら心当たりはあるが、なくてもその内別の形でかかわってたろうな。運命ってのはそういうものだ」

「だったら慎二が死んだのも運命だよ。あのとき死に損なったのが今死んだだけ。それだけの話だよ。もういいじゃない。あんな奴のこと」

「そうだな、別にいいさ。お前が慎二じゃなくとも、お前が今の自分を肯定しようとも、俺は別にかまわないさ」

「じゃ、衛宮は何をそんなに怒ってるの」

「それはもちろん、お前が慎二を否定したからに決まっている。お前の言う通り慎二は最低だったさ。だけど、結局お前らは同じだろ」

「違う、よ。あんなのは私と何の関係もない。私は間桐慎。私は無暗に人を貶めたりなんかしない。私は桜を犯したりしない。私は自分を弁えてる。だから、関係なんかない」

「いいや、結局お前らは同じだよ。二つに別れた影程度の違いしかない。誰だってもってる二面性が極端化しただけだ」

「でも衛宮は、あいつの事は許容するのに私のことは拒否するんでしょ。あの時、衛宮は慎二の振りをしている私のことを怒ってたじゃない」

「それに関しては悪かった。許してくれ」

「――――バカにしないでよ」

 ドンと。

 ドアが強く叩かれる。

「バカにしないでよ。バカにしないでよ。バカにしないでよ。悪かった?許してくれ?」

 ドンドンと。

 ドアが何度も叩かれる。

「私を否定しておいてそんな言葉で済まさないでよ。私のことを慎二じゃないって言ったよね?要するに衛宮はあの瞬間まで私のことを慎二だと思っていたんでしょ、それで私が別人だと気付いて、慎二が居なくなったと気付いて、そこにすり替わった私のことを怒ったんでしょ。衛宮はどこまで言っても私を認める気はないんでしょ。認めたら、衛宮の中でさえ慎二は死んでしまうのだものね」

 そしてまた、最初の様にせき込むように笑う。

 いくらか、嗚咽も混じっていた。

「今すぐ、このドアを蹴り破って私の首をはねたいんでしょ?私の心臓を抉り出したいんでしょ?私のこと、殺したいんでしょ」

 ずるずると。

 ドアに沿って崩れ落ちる音が聞こえる。

「さっさと解体してロンドン帰ってよ……」

「駄目だな。お前に謝ってもらうまでは帰れない。いいか、お前と慎二は同じなんだよ。だからな、あいつの根幹を否定するのはお前自身を否定することだ。そんな事は俺が許さない。20年近い慎二の人生を、俺の親友の痕跡を、お前自身の足跡を、消さないでくれ―――――慎」

「――――初めて、慎って呼んでくれたね」

「ああ、慎。俺はお前を否定したりなんかしないさ。それはお前の勘違いだ。俺は正義の味方を目指した男だぞ?恒久平和なんて言う魔法じみた理想を掲げた男だぞ?そんな俺が、人を不幸にするわけないだろ」

「―――――」

 返事はない。

―――午後八時 冬木市 間桐邸

 返事はない。

―――午後九時 冬木市 間桐邸

 返事はない。

―――午後十時 冬木市 間桐邸

 返事はない。

―――午後十一時 冬木市 間桐邸

 返事はない。

―――午前零時 冬木市 間桐邸

「衛宮―――」

 扉の内側から、声がかかる

「なんだ、慎」

「お腹すいた。夜食作って」

「ああ」

 桜に話して、台所をかり、お握りを幾つか作ってもっていく。

 ドアの前において少し離れると、僅かばかりにドアが開けられさっと皿がなかに吸い込まれるように消えた。

 しばらく、むぐむぐと、食べ物を租借する音が聞こえる。

 ドアに触れればずっと寄りかかっていたのか人の形にぬくもりを持っている。

 その形に被さるように背中を預ける。

 気のせいかもしれないが、慎の鼓動がドアを隔てて伝わってくるように思えた。

「――――衛宮、遠坂の事、好き?」

「ああ」

「大好き?」

「ああ」

「愛してる?」

「ああ」

「――――衛宮、私の事、好き?」

「すまん」

「大好き?」

「すまん」

「愛してる?」

「すまん」

「―――バカ」

「ああ」

「バカ」

「ああ」

「大バカ」

「ああ」

「―――ごめんね、私、慎二に戻る気はないよ」

「そうか」

「うん、ごめん。でも、うん、慎二が、あいつが、私が、魔術師になりたかった頃のことは、思い出した」

「そうか」

「必死だったよ、あいつなりに。危ない事も、痛い事も、苦しい事も、いっぱいしたよ」

「そうか」

「でも、さ。私は、もう、いいよ。普通に生きて、普通に死ぬよ。衛宮、半年前ロンドンで言った、あれ、間桐を拓くって、覚えてる?」

「ああ」

「あれを置いといても、でも、私、衛宮の子供が欲しいな」

「すまん」

「ふん、バカ」

「すまん」

 ごんと。

 軽く頭を打ち付けたのか、衝撃がドアを介して俺に伝わる。

「信じられない。失恋しちゃった。こんなの、二度目だよ」

「二度目?」

「一度目は遠坂。二度目は衛宮。ああ、もう。お前ら、最悪。いいさ、彼氏作ってハッピーになって見せつけてやる」

「ああ、それはいいな。出来るだけ幸せになれよ」

「ふん、その言い方はムカつくね」

 

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