Interlude in

 

 目を閉じて

 目を開けて

 視界が戻ったことを確認する。

 場所はサクラの病室。シーツ越しにサクラの令呪が光っていることが分かる。管が何本もサクラの体に繋がっている。植物状態の細かい定義は知らないが今のサクラは自分で動くことも食べることも排泄する事も出来ない。治るのかどうかなんて分らない。もしかしたらサクラにとってこれはとても良い結果なのかもしれない。他人に害されず他人を害さず、人に憎まれず人を憎まず、思考を止めてずっと眠りつづける。

 只、サクラの口から慎への許しの言葉が吐かれることもないが。

 どうしよう。どちらの方がいいのだろう。

 聖杯を使ってでもサクラを起こすべきかどうか。

 どうしよう。

 とにかく一旦慎の元に戻ろう。

 そのまえにと少しサクラの顔に触れようとして手を伸ばした。

「桜に触れるんじゃないわよ」

 病室の隅から声が響く。

 月光に浮かぶのはサクラの実姉である少女。

 アーチャーのマスター。

「リンと言いましたか」

「桜から離れなさい」

「別に何かしようという訳ではありませんよ」

「そうね、あなたは桜のサーヴァントだものね」

 気づかれていたか。

 まあ、彼女はシンに魔術回路がない事を知っているし、今はサクラの令呪も顕現している。シンが仮のマスターであるとわからないこともないか。

「ええ。ですから―――」

「でもあなたは慎に従うんでしょ」

 ならば敵だと、眼差しが告げる。

 どうしたものか。アーチャーが何処に潜んでいるか。そもそもバーサーカーとの戦いから生き残ったのかどうか。彼女の令呪は長めの袖に隠されてみることが出来ない。一応、窓からは見えない位置に移動しているが。

 不意に肩に手を掛けられる。

 迂闊。いや、シロウの言葉を借りるなら間抜けか。

 初日に目撃したあの剣劇の印象が学校での狙撃に上塗りされ、ある意味真っ当な弓兵としてのイメージが強化されていたために近くへの警戒を怠ってしまった。が、ここでその不自然に気付く。あの弓兵ならばここですぐさま私を刺殺するのではなかろうか。

 はたして後ろから聞こえてきた声で確信する。

「久し振りだな、メデューサ」

「ランサー、気づきましたか」

「そりゃあな。俺よりも有名だろ。ふうん、眼は戻ったのか。その眼帯見えてんの?」

 肩から手を離しランサーはリンの脇に歩み寄る。

「おや、リンはサーヴァントを二騎も召喚していたのですか。アーチャーはどうしました」

「バーサーカーと相討ちよ」

「ははは、俺はいい女の味方なんだよ―――そう覚めた目で見るなよ。まあ、俺も色々あるんだ」

 少しばかり遠くを見ながら軽口をたたくランサーは窓を開けた。夜風が病室にはいりこみカーテンを揺らす。どうやら、外でやろうという意思表示らしい。面倒である。

「私、弱いですよ。知っているでしょう」

「今は違うだろう?なあ、おい。聖杯戦争中になんでサーヴァントが暢気に喋っているんだよ。とっととしようぜ」

「それでは―――」

 病院の庭。ランサーと真っ向から交戦する。手加減しているのかどうか、最初から怪力のスキルを使って腕力の面では多少優位であるものの練達の戦士であるはずのランサーは私と拮抗している。ただただ力に任せて腕を振るうばかりの私など軽くあしらえるはずであろうに楽しむように何時までも、攻めて受けて交わして反撃してを繰り返す。かく乱しようと病院の壁を駆け上がってみても悠々と付いてきて地面と平行になりながらも槍を自在に使ってくる。とはいえ、私の方が耐久力で下回っているのか徐々に劣勢に追い込まれる。屋上に降り立ったところで一旦距離をとり釘剣を構える

「やれやれ、ここまでですね」

「おいおい、もう少し頑張ろうぜ」

「人を待たせているのです、可愛い人をね」

 言って自ら首を切り裂き血を媒介に陣を形成。

 我が子、ペガサスを生み落としその背にまたがる。

 はるか天に昇られては手も出せないのか、ランサーが呆れ気味に声をかけてくる。

「マスターを置いていくのかよ。あの嬢ちゃんと二人っきりにしてていいのか」

「大丈夫でしょう。彼女の目的もサクラの筈ですから」

 やれやれと首を振るランさんサーを尻目に天馬の腹を蹴り衛宮邸に向かう。

 本来ならばここでランサーを倒せば残るはセイバーと私のみのはずなのだが正体不明の八騎目のサーヴァントが存在している。アサシンが秘剣を放つ前後、街から柳洞寺に流れていた魔力の流れが確かに消滅した。おそらくアレはキャスターが魔力を蓄えるためのラインであった筈。ならばつまりあの時点でキャスターは消滅した。考えてみればアサシンがセイバーとの勝負を早々に切り上げたのも刀の歪みを気にしてではなくて柳洞寺内の何物かのことに気付いていたのだろう。

 ならば正体は分らないがそのサーヴァントにランサーと対峙してもらう方が私としてはありがたい。おそらくベルレフォーンでも使わない限り私ではランサーを倒せないだろう。それもサクラへの負担を考えれば控えたい。

「――――ゲイ・ボルグ」

「ふ――――く――――?」

 胸から槍が生えていた。

振り返ればランサーが槍を持たずに屋上に立っていた。体から力が抜け落馬する。なんてことだ。ライダーが落馬だなんて笑えない。それに、早く慎に会って安心させなければならないのに。どんどん体が加速する。そういえばランサーの真名はなんだったのか。シンはなにか気付いていたようだが。聞いておけば良かったな。自分を殺した相手も分らないとは、しかも二回とも。シン、ごめんなさい。私は――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぐしゃり、と自分がつぶれる音を聞いて、私の聖杯戦争は終わった。

 

Interlude out

 

朝、眼が覚める。病院での事を挟んで二度目の朝だが、視界が元に戻った今は一度目の様に遠近を違えることなく着替え終わる。ライダーの義眼を握りしめて少し、深呼吸をする。実際問題今の私に戦争に加わる事は出来ない。出来ることは事前の戦略を組み立てること。現界に際する楔としてマスターの存在が不可欠である以上ギルガメッシュのマスターは十年前のマスターでもある。十年前の戦争は御爺様からの断片的な情報と新都に残る最終決戦地の禍々しさでしか知らないがあんな物を勝ち抜いた以上は余程の古兵なのだろう。昨日は聞きそびれたがそこもセイバーに確認しなければ。

後二つ勝ち抜けば、聖杯が手に入る。

衛宮は聖杯に願うことなどないというから私がもらおう。

そして、ライダーを再び呼び出そう。

それから、桜が起きるのを衛宮とともに一緒に待とう。

ずっと、いつまでも。

少なくともその間、私は桜に劣等感を抱くことも手を挙げることもない。

変化も何もない無為な期間だろうが、悪くはない。

「――――うん」

義眼をポケットにしまい、居間に向かう。

何故か居間ではがしがしとランサーが朝食をとっていた。

「あ、な……?」

「いよう、嬢ちゃん。おはよう」

 まるで一般人のような服装のランサーは私に気づくと気軽く片手をあげ朝の挨拶をかけてきた。そのなんでもなさに頭に血が上り視界が赤く染まる。

「この―――!」

 ライダーを、衛宮を傷つけたお前が何でここに!

 思わず掌を振りかぶるが、あっさりと腕を掴まれる。傍目に力を入れているようにはまるで見えないがびくともしない。

「放せ、この!」

「なあ、坊主。嬢ちゃんは何を怒っているんだ。さっぱり分らん」

 ランサーは微妙に離れて座っている衛宮に話を振るが、対して衛宮は困ったようにセイバーに視線を投げかけセイバーもまた少々非難を込めた眼でランサーを睨む。

 一周して戻ってきたランサーは「あー」と唸ってなんとなく得心がいったように

「あれか、もしかして坊主を殺したりあの姉ちゃんの眼ン玉抉ったこと怒ってんのか」

「当たり前でしょうが!」

「んー、戦争中にそんなこと言われてもなぁ」

「関係ないっ。私の物を傷つけて私の前に現れるなっ!そもそも衛宮、なんでここにランサーがいるのよ!?セイバーもなんで暢気にご飯食べてるの!」

「朝も早くから殺し合いなんてするもんじゃないだろ」

「朝に朝食を食べることに何か不自然な点でもありますか」

「あんた達私をおちょくって楽しいのか?!楽しいのね!」

「む、そんなことないぞ」

「はい、楽しいです。溜飲が下がるとはこのことです」

「奇襲戦法としちゃあ夜討ち朝駆けは基本だけどな。つうか、昨日殺し合った相手と今日飯食うことになんか問題があるのか」

 味方は衛宮だけだった。

 ライダー……!

 そのままつつがなく、非常に不本意ながらつつがなく朝食を食べ終えようやくランサーが本題を話し出した。

 どちらにしろふざけた内容ではあったのだが。

「セイバー、決闘しねえか。時間と場所決めてよ、お互いマスターへの攻撃は無し。真っ当に真正面からやり合って残った方が勝ち。真名を隠すだの宝具を出し惜しみするだのケチな事は云わず最後の最後くらい、思いっきり勝負しようぜ」

「いいですね……!」

「セイバーっ、眼を輝かさない!ギルガメッシュがまだいるでしょう?!」

「……シンは空気を読まない」

 この野郎……!

「ギルガメッシュ?なんだそりゃ。ちょっとまてよ?アーチャー、バーサーカー、ライダーは脱落しただろ」

「キャスターとアサシンもな」

「で、俺とセイバー。七騎揃ってるじゃねえか」

 なんのことやらと首を傾げているランサーに衛宮がかいつまんで事情を話す。事情を聞き終えたランサーはしばらく考え込んだ後膝を一つ打つと右手をセイバーの前に差し出してきた。

「んじゃあ、先にソイツだな。それまでは共闘と行こうぜ」

 セイバーもがっしりとその手を掴んで承諾する。

「承知しました。シロウも良いですね」

「まあしょうがないな。慎も言いたいことはあるだろうけど、しばらく我慢してくれ」

「――――知らない」

「怒るなよ、嬢ちゃん」

 困ったように頭を掻くランサーに腹が立って手元の湯のみを投げつけるが軽く受け止められる。やっぱり腹が立ったので再び殴りつけようとしたら今度は受け止められることもなく逆にでこピンをもらう。痛い。

「ああ、もう!」

「おい、慎。待てよ」

 肩をいからせ乱暴に襖を開ける私に続いて衛宮、セイバー、ランサーまでもがぞろぞろとついてくる。そのまま廊下、玄関、門を通り過ぎても未だにこの隊列は乱れない。

 いい加減に怒鳴りつけても方向が同じなのだと悪びれた様子もないランサー。

 衛宮が横から声をかけてくる。

「で、慎は何処に行くつもりなんだ」

「病院。桜のお見舞い」

「ちょっと待て。聞いてないぞ。なんで桜が入院しているんだ」

「言ってなかったかしらね」

「うん、聞いてない」

「ちょっと意識不明なだけよ」

「ちょっとじゃねえよ!大事だよ!大丈夫なのか!?」

「だからお見舞いに行くんでしょ」

 結局ランサーは病院まで同行してきた。マスターの妹が入院しているということで見舞いに来ているらしい。何気に看護師とも妙に親密になっている。馴染み過ぎだ。随分と話が弾んでいるようなので当初の予定通りさっささと桜の病室に向かう。

 エレベーターを待つ間ふと衛宮に、先日あの笑顔のムカつく看護師が意味ありげに呟いていたことを確認してみようかと思った

「衛宮、お前この病院に入院していたことあるの」

「十年くらい前にな、少し入っていたことがある」

「ふうん。車にでもはねられたの?」

「その程度じゃ入院しないぞ、俺は。大火災に巻き込まれたんだ、その頃は新都に住んでたんだよ」

「――――あ、そ」

 エレベーターの扉が開き中から人の波が収まるのを待ってエレベーターにのりこむと扉が閉まり僅かな圧迫感とともに上昇しだす。

「愉快な話じゃないわね」

「だろ?吹聴するようなことでもない」

「だったら聖杯にそれ、無かったことにでもしてもらえばいいんじゃないの」

「いや、ある意味じゃあそこで生き残ったことが今の俺の発端だからさ。それに色んな人を見てきちゃったし、十年分の想いを無しには出来ない」

「疲れる生き方してるわね」

「羨ましいか?それに、俺のほかにも生き残った奴等はいるしそいつらと何時か街で偶々会ってさ「お互い酷い目にあったよなぁ」とか笑えるとか考えたらそれも楽しみだ」

「ん?今までそういうこと無かったの?」

「ああ、無いな」

 なんとなく衛宮も何かを分かっているようではあったが本人が自覚したくないことを無理やり掘り返すこともないだろう。

 エレベーターを降りて病室に向かうと、遠坂が居た。

 桜の枕もとに座ってじっと顔を見つめていた遠坂は私たちに気づくと特に何を言うでもなく部屋を出て行こうとする。そこを衛宮が呼び止めた。

「遠坂」

「何かしら」

「ありがとう」

「―――は?」

「生きていてくれてありがとう」

 遠坂はしばらく言葉の意味を考えるように眉根を寄せていたが結局分らなかったのか、苦笑を浮かべながら

「ごめん。なんで感謝されるのかちょっと分らないわ」

「なんでさ。死んだと思った相手が生きてたんだから素直に喜んだだけだぞ。何かおかしなところがあるのか」

「衛宮君?私たちついこの間殺し合いをしたばかりなのよ。それでありがとうはないんじゃないの」

「それはそれだろ。それにもうアーチャーが居ないんだろ?だったら遠坂は戦争を降りたって意味だし、もうそういうことはいいじゃないか」

「何を言っているのかしら。私はまだ諦めちゃいないわよ」

 そう高らかに宣言すると遠坂は颯爽と病室を後にする。

 衛宮は感慨深げに数度頷きながら

「いやぁ、本当に良かった。うん、感無量。僕たち私たちの遠坂凛は健在だ……慎、踏んでる踏んでる」

「踏んでるわよ。それより、遠坂がまだ諦めていないって言うのはどういう意味だと思う?」

「ランサーをマスターから奪い取るとかそういうことかな。ああ、ギルガメッシュのこといっておけば良かった。今からで間に合うかな」

「ほっときなさいよ。今更だけど私遠坂の事大嫌いなの」

「うん。それ位知ってるぞ」

「で、衛宮は私のものよね」

「うん。そう言ったな」

「じゃあ、遠坂と関わるな」

「どうしよう、セイバー。慎が何で怒っているのはさっぱり分らない」

「本気で言っているのならシロウは愚鈍であると断じるに私は聊かの躊躇もありません」

「どうしよう、慎。セイバーが何で怒っているのかさっぱり分らない」

「衛宮ってさあ……。いや、分かってたけど」

 ベッドの上で眠りつづける桜に眼を向ける。

 体につながる数々の維持機器を無視すれば本当に穏やかに眠っているように見えるが、朝が来れば目覚める類の眠りでない事もよく分かる。イバラに刺された眠り姫ではなく毒りんごを食べてしまった白雪姫といった風情。

 少し頭を撫でる。

 無論のこと、こんな事をしたのは初めてだった。

 そして今更、こういうことをするような歳でもないし仲でもない。

 桜はもちろん反応しない。知覚はしているのかもしれないが身体的な反応は少しもない。それが分かっているからこその行動ではあるのだが。

 

 Interlude in

 

 受付まで戻るとランサーが看護師と何やら楽しげに談笑していた。

 一つ溜息をついて腕をひっつかんで病院を後にする。

「何を馴染んでいるのよ」

「いや、病室までついて行くのはうまくねえと思ったんだが」

「それはそうだけどね。それで、衛宮君達は決闘の申し込み受けてくれたの」

「快く受けてくれたな。ただ、少しばかり妙な事になっているようでな、ちょいと共闘させてもらうぜ」

 その言葉に首を傾げる。共闘も何も現時点で残っているのはランサーとセイバーだけではないのか。こちらの疑問をくみ取ってかランサーが事の次第を説明する。

 前聖杯戦争の勝ち残りか。しかもギルガメッシュ。史上最古といっても差し支えのないまさしく英雄王。慎の推測が正しいのなら厄介どころの話ではない。全ての宝具の原点を所持しているということはつまりあらゆる英雄の死に関連付けられた宝具をも所持している可能性が十二分にありうる。英雄が物語の中に息づくものである以上はストーリーからは逃れられない。

 だがしかし、その事実に置いてもランサーは常のごとく飄々としたものでむしろ楽しみが増えたという程度の認識であるように見える。その楽観に対して警告するつもりで言葉を口にする。

「勝てる見込みはあるの」

「負ける道理があるのか」

 何をバカな事を、とでも言いたげに私の方を見もせず何の衒いもなく言ってのける。

 寸毫の躊躇いもなければ一切の油断もなく、すっぱりと言いきってくれた。数日前、最強でないはずがないと言い切った彼と同じように。そして実際彼は最強と言って差し支えないあのバーサーカーとも渡り合った。

ならば、この言葉には同じだけの力がある。

「よろしい」

 ランサーは一瞬背伸びをする子供を見るような顔になったが誤魔化すように聖杯の真偽を確かめるために教会に行く事を提案してきた。

「なにそれ。聖杯戦争も終盤に来てから何言ってるの」

「俺ァどっちでもよかったから放っておいたんだがな、遠坂の嬢ちゃんは使うあてがあるんだろ」

「だから、そんな疑い掛ける必要が何処にあるのよ。きちんとサーヴァントも令呪も出て滞りなく進んでるじゃないの。確かに第三回以降反英雄なんて妙な物が出てくるようになったけどそこだけでしょ」

「歪みは必ず伝播するんだよ。歪が一か所だけって言うのはあり得ねえんだ。可能性は常に考慮するもんだぜ。前回の生き残りで聖杯戦争の監督やってるあの野郎ならなんか知ってるだろ」

 ついでにギルガメッシュの事も聞いてみようとランサーは続ける。

「ちょっと待ってよ。綺礼は前回早々に敗退したって聞いてるわよ。だったらあいつがギルガメッシュのマスターだなんてあるわけがないじゃない」

「あー、俺な、元々言峰のサーヴァントじゃねえの。最初のマスターが言峰に令呪取られちまってな。見つけたんだろ?左腕」

「まあね。そっか、綺礼だったか。あれをやったのは。令呪を移植できるのはマスターだけ。だったら確かに綺礼は今もマスターってことになるわね。で、今回のマスターは全員ランサーが確認済みなんだから」

「そういうことだ」

 教会につけばまるで待ち構えたかのように言峰綺礼が十字架の下で出迎えた。顔を合わせることもなかったランサーの元のマスターの事が頭をよぎるが、思考からはじき出す。綺礼が殺人を犯そうと聖杯戦争の中で起こったことならば私が口を出すべきことではない。しかし、この男にそこまでして叶えたい願など本当にあるのだろうか。

 綺礼はこちらの問いに面白そうに口角を上げ肯定の意を示す。

「いかにも。この地の聖杯は本来の意味での願望器からは少々外れたものだ」

「随分とあっさりばらすわね」

「なに、久々に妹弟子が教えを請いに来たのだ。そもそも私は嘘が好かん」

「白々しいねぇ、どうにも。少なくとも俺にはギルガメッシュの事を言ってなかったじゃねえか」

「聞きもしなかっただろう。さて、凛。第三次において何が聖杯に混入されたかは知っているな」

「アンリマユでしょう。ゾロアスターの神にして迫害の権化。この世、全ての悪を背負わされた善性の対極たる青年」

「然り。故に無色であった聖杯は染まり、破壊に依ってのみ願いを叶える物になった」

「それが大火災の直接の原因か。ふん、御三家の傑作も随分と無様になってしまったわね」

「歪みがあろうと願望器としては十分に機能する。問題はない」

「そのために何百人死のうとも?」

「私は聖杯を得るに相応しい人物の手に聖杯が渉るようにするのみだ。他は瑣末事にすぎん」

 どうやら、それこそがこの男の願いの様であった。

 監督者としての責任感か、それとも単なる娯楽であるのかは、見当もつかない。

 教会を後にして坂道を下りながらランサーが聖杯を使うのかどうかを訪ねてくる。馬鹿馬鹿しい。あんな危なっかしいもの使えるものか。病気は治ったが患者が死んだなんて冗談にもならない。幸いと言っていいかどうかはともかく桜は死んではいないが根本的な蟲の駆除も考えれば外法も学ばねばならないし戦争が終われば忙しくなりそうだ。

 そう答えるとランサーは満足そうに頷いてから、

「家に帰ってのんびりしてな。後は俺がやっとくからよ」

「冗談。私がフォローしなきゃあの二人死んじゃうじゃない」

「命知らずの坊主と身の程知らずの嬢ちゃんのコンビだからなぁ。まあ、言峰とはいかにも相性が悪いわな」

「綺礼と相性いい奴なんていないわよ」

「それについては諸手を挙げて賛成だがそこで譲ちゃんがしゃしゃり出るのは違うんじゃねえの?まさしく余計な御世話ってもんだろ」

「衛宮君には個人的に死んでほしくないし、慎が死んだら桜ががっかりするんだもの。私がしたいからするの。相手の事情なんて知ったこっちゃないわ」

「……御立派。しかし、すると教会で仕掛けなかったのはどういう魂胆だ」

「綺礼って八極拳使うのよね。しかも私じゃ全然敵わないし」

「八極拳つーのはなんだい、魔術か?」

「近接格闘重視の中国拳法。今だに師匠の型の真似ごとにしかならないとか吹いているんだけど、ランサーをけしかければ例のギルガメッシュが出てくるか、最悪残った令呪で自害させられてたんじゃないの」

「あいつなら躊躇なく後者を選ぶだろうな。で嬢ちゃんも共闘するとなるとこれから坊主等に挨拶にでも行くか、菓子折りもって」

「いえ、私は別行動を取らせてもらうわ。慎と肩を並べて戦うなんて到底むりだから」

「あの嬢ちゃんとは仲悪かったりするのか」

「するのよ。今一つなんでここまで恨まれてるのか分からない位に恨まれてるのよ。鬱陶しいから一度粉砕したんだけどね、いつの間にか立ち直っちゃって一層。私にしても自分のことを嫌いな人間を好きになれるほど立派じゃないしね」

「激情家みたいだが、実力のほどはどうなんだい」

「むしろ劇場家よ。慎には実力どころか魔術回路の一本もないわ」

「難儀だな。でもよ、高を括ってると足下掬われるぜ」

「もう掬われたわよ。でも、もうライダーも居ないんだから今度こそは慎が参加することは出来ない。さ、貴方は衛宮君達と合流なさい」

 ランサーはそれを慢心というんだと呆れてから

「一ついいものをやろう」

 いつの間にやらランサーの手にはサファイヤが一つ握られていた。其処に何やら刻みつけてから私に投げてよこす。慌てて受け止めて何が書いてあるのと見てみれば直線のみで構成されたルーンであることは分かるが、これはどのような呪法が込められているのだったか。

「離れて戦うつもりなら持ってて損は無いだろ。但し、使い捨てだから気をつけろよ」

「英雄手ずから刻んでくれるとは光栄の極みね」

「なんなら家宝にしてくれても構わんぜ」

「……幾ら位の値がつくかしら」

「……冗談でもそう言うこと言うんじゃねえよ」

 

Interlude out

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