「とにかくさっさとキャスターを倒さないことには安心できないな」

「目下のところはそれが最優先ね。神殿に攻め入るのは少し怖いけどしょうがないか」

 押しかけて来た藤村を舌先三寸口八丁で誤魔化して弁当包みを押し付けてさっさと登校させたあと、今晩のことについて朝食をとりつつ策を巡らす。キャスターの暗示が条件によるオートなのかキャスターの意志によるリモートなのかは不明だが、気にして居てもどうにもならない。だから、今の状況に不満はないと言えば、ない。

「衛宮、卵焼き」

「ん」

「味噌汁」

「あいあい」

「サラダ」

「ほら」

「――――シン」

「なによ、セイバー。不満なら、これ、解きなさい」

 ふるふると、後ろ手に縛られた手首を振る。ちなみに足首も同様である。

 人に食べさせてもらうのはいささか気恥しいが、衛宮なら別に良い、という気になる。

 セイバーは何か言いたそうにぱくぱくと口を動かすが結局「少しは遠慮なさい」とぼそぼそと呟くだけだった。食事を終えテレビをつけると昨晩のあのビルの残骸が映し出されていた。ビルの上に積み重なっていた上階の瓦礫はすっかり周囲に吹き飛ばされ、新しく屋上が作られたように、さもなければフロアをそのままリングにでもしたように一切の障害物が無くなっている。

「とりあえず被害者は0か」

「……慎、慎め。なんで、ビルが真っ二つになってるんだ?どういう戦い方をすればあそこまで見事に壊れるんだ?」

「手抜き工事だったんでしょ。それよりこれ、教会からの圧力なのかしらね」

「こんな物、原因不明としか言えないだろ」

「そうじゃなくて。遠坂の死体もアインツベルンの死体も、見つかっていないだけなのかどうかってことよ」

「殺し、たのか」

 そんな顔、しないでよ。後悔しちゃうじゃない。

「私は殺してないわよ。只、あんなのが戦って平穏無事に済むはずもないでしょう。どちらかが、多分遠坂の方でしょうけど、死んだんじゃないの」

「そう、か。確かにあのバーサーカーはバランスを無視した強さだったしな。そうか、死んだか。そうか……」

「何よ、何でお前がそんな顔するのよ。遠坂だって敵じゃない。一昨日だって殺されかけたじゃないの」

「それでも、だよ、慎。それでも、俺は遠坂に憧れていたし、恋愛紛いの感情だってあった。それ以前に俺は誰ひとりだって死なせる気はないなんて啖呵を切っておいて、こんな」

「目に入る人全員を救うのなんて土台無理なのよ」

「そういうものに俺はなりたいんだよ」

「バカ」

「自覚はある」

 弱弱しく笑ってから「お前は死なないでくれよ」と言ってからセイバーに剣の稽古を頼み込み道場に向かった。体を動かして遠坂のことを忘れたいのかでなければ、セイバーの打ち込みを受けることで自身への罰としたいのか。判然としない。衛宮自身もよく分ってはいないのかもしれない。

 私にしても遠坂が死んだというのなら腹の底から笑いだしたい気分なのだが、桜がそれを知ればどうなるのだろうと心配になる。一昨日の遠坂の言葉から既に桜が遠坂との関係を修復してしまったことが伺えるし、なにより病院では直接殺したいとまで言われてしまった。御爺様を殺したとも言っていたし、戦争が終われば桜は遠坂の家に戻るつもりなのだろう。むしろ、当然の選択である。間桐の主たる御爺様が死んでしまえば桜が間桐に居続ける理由は何もない。図らずも遠坂は私の言ったとおりに桜を力づくで取り返したのだ。

 そうなれば、いつかのように私はまたあの広い家に一人で住むことになるのか。

 遠坂が今までそうだったように、私もまた一人になるのか。

 ずきずきと未だ結ばれたままの手足が痛む。

 がんじがらめというほどではなくむしろ緩いくらいだというのに蛇にでも締めあげられているように痛む。それ以上に目の前が暗い。光の入る衛宮邸の中にいるのに、暗い。鼻にい草ではなくあの据えた甘い匂いが香る。おそらくは、私の芯が既に腐れているのだろう。衛宮といれば気にならないそれも一人になれば違和感として強烈に浮かび上がる。だから、一人は嫌いだ。

「ライダー、解いて」

 すうと現れたライダーが私の縄に手を掛ける。

 もぞもぞと手を動かしながらライダーが一旦間桐邸に戻ることを提案してくる。

「桜のこと?」

「はい、貴方も彼女の体のことは知っているでしょう。今まではゾウケンが何処からか調達してきたようですがもう居ない。トオサカという少女もそこのところはちゃんと対処するつもりだったのでしょうが、生死不明となっては」

「ん、ちょっと様子見に行った方がいいか」

 事が魔術に関わることであるので衛宮には声をかけずにこっそりと外に出る。昼前の半端な時間であるためあまり道路にも人はいないので、特に念話を使うこともなくライダーに話しかける。

「実際、桜が疼いていたらどうするのよ。私は何もできないわよ」

「現状では私へのラインをいくらか細くすることで応急処置としましょう。出来ればその間に治療できる術者か、もしくは対処療法を探すことができればよいのですが」

「そこら辺の繋がりがあるとしたら、言峰になるのかな。教会の所属とはいえ聖杯戦争の管理者なら協会にもパイプはありそうだし。都合よく言峰自身が心霊治療ができたらいいんだけど」

「それはご都合主義というものでしょう」

「だよね」

 程無く間桐邸にたどりついたのだが高々三日足らず遠のいていただけでこの家全体の腐れがねっとりと体にまとわりついて嫌になる。御爺様がいなくなった今となっては、蟲蔵の維持すらできないし徐々にではあるが光を取り入れるのも吝かではない。

 しかし、遠坂の手を借りたにせよ御爺様があっさりと殺されてしまうとは。

 御爺様、私は貴方に憧れていたし、これからも崇めていようとしているのに。そんなことでは困ります。

 ふと、思い立ち父の書斎に入ってみる。

 半ば予想通り蔵書がすべて無くなっている。窓から庭を覗いてみれば少し地面が黒ずんでいるところがある。おそらく遠坂が燃やしたのだろう。人の家を何だと思っているのか。

「――――火か。それもいいかな」

「何の話ですか」

「昔から言うでしょ。火は全てを焼き清める。いっそこの家燃やしちゃって桜と二人、衛宮の家にでも居候しちゃおうかしら」

「思い入れ等はないのですか。生まれ育った家でしょう」

「御爺様こそが間桐の象徴なの。支えのなくなった家は崩れるのが道理よ。無論、ここに生まれついた私自身も」

「シロウがいるでしょう」

「……ライダー、私真面目な話していたのだけど」

 いきなり何を振っているのか。

「いいですけどね。それよりも早くサクラの部屋に行きましょう」

「ライダーも結構私のこと蔑にするよね」

 ぶつぶつとぼやきつつつ桜の部屋に向かう。扉を開け中に入ると、桜が倒れていた。

 よほどもがき苦しんでいたのか普段、綺麗に整理されていたはずの部屋が滅茶苦茶になっている。倒れ中身をぶちまけた本棚、割れたデスクランプ、ちぎれたカーペット、ちぎれたシーツ、砕けた花瓶、半ばリングのはじけ飛んだカーテン。そしてそんな部屋の扉の近くに桜が倒れていた。胸をつかむ右手はちぎれた服を握りしめ床をひっかいていたと思える左手は全ての爪がはがれ反り返っている。見れば、扉の内側には平行に走る五本の赤い線が無数に走っている。外に出ようと、誰かに助けを求めようと、衛宮か、ライダーか、遠坂か、誰かに助けを求めようと扉を開けようとして、しかし、その時には既にドアノブまで体を持ち上げるほどの体力も残っていなかったのだろう。その高さに達している線はわずかでほとんどが床の近くにかたまっている。

 口元と首筋に手をあてて呼吸と脈を確認するがどちらもゆっくりとではあるが規則正しく連続している。しかし、この惨状は一体。と、足もとに落ちている鍵に気がついた。随分と簡単なつくりで部屋や家のものではないのは一目瞭然。となると、机の鍵か。携帯電話を取り出しつつポケットにしまう。番号をプッシュしてコールすればすぐに受話器が挙げられ、腹が立つほどに落ち着いたオペレーターの声が聞こえてくる。場所と容体を伝え出来るだけ早く来るように念押しして通話を切る。

「シン、サクラは大丈夫なのですか」

「見た目は酷いけどね。ん、ライダー、手、かして」

「―――はい」

 差し出された右手を握りしめる。上手く、力が入らない。一つ深呼吸をしてから改めて握りなおす。ひやりとした温度と握り返してきたライダーの力を感じる。大丈夫。大丈夫。桜は私を殺すと言ったんだから、先に死ぬわけがない。もしかしたら今だって私に襲いかかってくるかもしれない。大丈夫、大丈夫、大丈夫―――大丈夫?

「――――大丈夫」

 病院まで桜に付き添い結果も利かずに衛宮邸に逃げ帰り、衛宮をからかっているうちにやがて日が落ち、夜が来た。向かうは柳洞寺。立ち向かうはアサシン、『贋流』佐々木小次郎、『魔女』キャスター。絶望的に長い石段を見上げれば既に侍は石段の最上、山門に陣取りこちらを見下ろしている。セイバーとライダーが先行する形で石段を登り中腹程度で私たちを待機させ二人が更に上に上る。やがて、アサシンと同じ高さに至る。まずライダーが対峙する。薄暗いことに加え私程度の動体視力では捕らえきれないほどの速度での攻防はあっさりと、少なくとも私から見る限りでは至極あっさりと三十秒ほどで勝負が決したようで、ライダーと入れ替わりにセイバーが前に出る。

 今度は二三度、金属同士が撃ち合う音があたりに響く。そしてアサシンがいささか距離をとり奇妙な構えで動きを止める。そして、次の瞬間確かに鋭く奔る三つの煌きを見た。それを如何にして防いだのかセイバーが再びアサシンに切りかかりぐらりとアサシンが崩れ落ちる。そして、なぜかライダーもまた血を流して倒れていた。

 理由はわからないがとにかく一刻も早くと、石段をかけのぼる。それを認めてかセイバーに肩を借りる形でライダーが体を持ち上げる。

 そして、今度はライダーの■がずり落ちぽんぽんと勢いよく石段を二三段飛ばしながら跳ね落ち私の横を通り過ぎ更に下って行く。それを確かめるのが怖くて眼を上に戻せば肩から平らになったライダーの体を未だセイバーが支えていた。ああ、今行くからそのまま支えていなさい、セイバー。途中の石段には赤い、奇妙な鎌のような物が刺さっている。横で衛宮が「ハルペー…?!」と驚いていた。やめなさいよ、そんな嫌な名前。舌うちをして一歩足を踏み出そうとして山門の奥から出てきた男が目に付いた。金の髪と金の鎧。そして、この世全てを等しく無価値とみなすような紅い瞳。

 これが恐怖というものか。

 ぴちゃりと、ここまで垂れてきたライダーの血だまりに尻もちをついた

 

Interuled in

 

 セイバーが公平でないと駄々をこねたがなんとか説き伏せまずは先に私がアサシンと対することになった。しかし律儀に待っていてくれるとは案外人がいい。できれば燕返しを引き出したいところだが、まあ、セイバーにアサシンの太刀筋を見せるのが精々になるだろう。できれば、体力も奪っておきたいところだが。

 というかそもそもアサシンは刀も抜かず枯れ枝を一本持っているのみ。昨日のあれだけで大まかに実力を測られてしまったらしい。まあ、ハンデを勝手につけてくれる分には嬉しい限りである。

 まず飛び込んでの左右から釘剣の交差打ち。

 当然のようにバックステップで避ける際に手首にぴしりと枝を打ち付けられる。

 腕を戻さぬまま追いすがるように前蹴り。

 今度は懐に入られ太ももと首筋にそれぞれ一撃。

 懐にいるうちにと足を踏み込み腕を戻し様再び交差打ち。スウェーで避けようとしたところにあわせて釘剣を前に飛ばす。しかしこれもこれ見よがしに鎖を見せていては当然予想されていたのか慌てずに左足を引き半身に入られ額に一撃。

 完全に遊ばれている。

 釘剣を引き戻し距離をとり鎖を持ち回転させ遠心力を得る。

 予想されるならばその意味のない攻撃をすればいい。

 十分に遠心力を乗せた所で鎖を伸ばし回転半径を変えつつ下から、時間差を作り上からも挟み打つ。

 銀線一閃。

 釘剣が鎖から離れ林の中に消えていく。あの長刀で抜き打ち、斬鉄をするとは非常識な。

 とにかくこれで私のターンはおしまい。セイバーにバトンタッチである。刀を抜かせただけよしとしよう。

 セイバーは風王結界を解かないまま向かい合うことを恥じたように詫びを入れるがこれにはアサシンも苦笑するばかり。気まじめ過ぎる。二三合打ち合ったほどしたところでアサシンみずから距離をとる。西洋式の剣と見てとって刀が歪む前に勝負を決しに来たようだ。まあ、もともと日本刀は打ち合えば容易に欠損するというし妥当な判断だろう。さて、上手くいけばいいのだが。

「秘剣――――」

 駆けだし、セイバーの後ろに付く。

「―――――燕返し」

 確認できたのは左からの薙ぎと頭上からの打ち下ろし。しかもあろうことか完全に同時。無茶苦茶だ。今この時確かにアサシンの刀は二本この世に存在している。その上これが魔術なんて混ぜ物の無い純粋な剣技であるというのだから人間とは恐ろしい。

 とにかく、頭上からの一撃はセイバーに任せる。結局神秘で構成される身であればほとんど何の神秘を持たぬアサシンの刀にセイバーの剣が打ち負ける理由もないだろう。問題はこちらだ。神秘がどうこう言う以前に刀であればこの身は刻まれる。加えて先ほどの斬鉄。人間三人重ねて切れれば名剣、剣豪というらしいが、只の腕も真っ直ぐに突き出せば七十pばかりの肉と骨の塊。加えて鎖でがんじがらめに補強すれば刃筋も碌に立たないだろう。不可避の秘剣ならば、こちらのすることはそれを受け生き残るだけだ。

掌に刀が食い込むのと同時にがきんと頭上から金属音が聞こえる。少なくともセイバーの方は大丈夫そうだが、私の方も持つがどうかはともかく大分勢いが弱まっている。これならば刃がセイバーに達する前にアサシンを切り伏せることができるだろう。やれやれ。

 と、ここでセイバーが右足を引こうとしているのが目に入る。まるで、もう一つの刃を何とか受け止めようと態勢を変えようとしているように見える。

 はたと思いいたる。シン達の話から二撃と決めていたがそもそも彼は佐々木小次郎ではない。ならば、見えていない右眼の視界に三撃目があっても不思議ではない。咄嗟に右足を蹴りだす。運よく軌道に当たったようで足裏から冷たい感覚が腰に迫ってくる。今の幸運では無理かと思ったがセイバーの並はずれた幸運補正に引きずられた形になったようだ。とにもかくにもこれで、いくらか遅くなる。この機にセイバーが切り込む。上手くいったようでほとんど腕と足の根本まで達していた刀が消えるのが分かる。アサシンが信じられないものを見たように笑いながら倒れるのが見えた。いや、実際バカな事をした自覚はある。

 問題。足が三本、腕が三本何だ。

 答え。私。

 少し、血を流し過ぎた。いくらサーヴァントでもこれで現界は無理だろう。シンが階段を駆け上がってくるのが見える。セイバーに肩を貸してもらいながらそれを見る。ああもう、そんな顔をしないでください。私なら大丈夫です。この身は分身の分身。ここで死んでもサクラの元に戻るだけです。ああ、シンはそれをしらなかったのだったか。それはまずい。シンは泣く。きっと泣く。それから伝えなかった私を怒るのだ。きっと怒る。それは困る。きっと困る。とにかく伝えなくては。シンに伝えなくては。

 心配しなくてもいいと伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては伝えなくては――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

Interuled out

 

 セイバーが男に対峙する。こちらからではその表情は窺えないが背中越しに動揺が伝わってくる。セイバーはまるで墓から出てきた知人にでもあったかのような声で男に問いかける。

「何故だ、アーチャー……」

 果たして、セイバーと男は知人ではあったようだが、しかし、アーチャーとはどういうことだろうか。クラスの重複なんて規定のクラス以外のサーヴァントが召喚されることと同じくらいあり得ない。そもそも、すでに私は七騎全てと邂逅しているのに何故この上さらにサーヴァントが存在するのか。

 御爺様から聞いた聖杯戦争のシステム上そのような事はあり得ない。

 ならばあれは今回の戦争はまた別の戦争によって召喚された、おそらくは前回、第四次におけるサーヴァントが受肉した物か。となると、セイバーもまた前回の戦争に参加していなければ話が合わないが、同じ英霊が二度続けて召喚されるとは、どのような因果なのか。そしてそれ以上に問題なのは受肉したということならば、セイバーは一度あの男に負けたことになる。そして、あのサーヴァントが柳洞時から出てきたということはキャスターも最早脱落したことを意味する。

「十年越しの逢瀬だ、そう怖い顔をするな。セイバー、迎えに来たぞ」

「戯言を―――っ」

 語気を荒げるセイバーを意に介さず手を伸ばす男はしかし、のど元に添えられた長刀にその動きを阻まれる。アサシンは青の陣羽織を鮮血に染めながらも尚涼やかな表情を崩さずにアーチャーとセイバーの間に割って入った。

「嫌がる女子を拐とは、あまり典雅な趣味とは言えぬな」

「亡霊、まずは跪け」

 アーチャーはまずアサシンに向きなおり傲岸に言い渡す。遠坂のアーチャーの様に腕に覚えがあるのだろうか、武器の類も見受けられずあくまで腕を組んだ姿勢のままでアサシンの長刀を正面から迎えている。

 どうしよう。考えることが無くなってしまった。何か考えなくては。考えなくては、階段に横たわるアレを認識してしまう。■の無いライダーを認識してしまう。既に石段の下まで転がっていったライダーの■を認識してしまう。私の手やお尻を赤く染め上げているライダーの■を認識してしまう。ライダーの■を認識してしまう。

 いやだ。そんな物認めたくない。

 ライダーがいなくなれば、私はもう二度と桜と同じところにいることはできない。

 もう二度と、桜と言葉を交わすことなんてできない。

 いやだ。怖い。いやだ。だから。

 だから衛宮、傍に居て。

 ヒトリニシナイデ。

 衛宮の腕を力の限り握りしめる。対して衛宮は私を抱きかかえ、そして「セイバーっ!」と大きく叫ぶと石段を蹴りそのまま一気に転がり落ちた。普通に下っていてはアーチャーに狙撃されることを警戒しての苦肉の策だろうがアーチャーはこちらのことなど気にも留めずアサシンの相手をしており、そして、それもすでに勝敗は決していた 古今も洋の東西をも問わない剣群にさらされていたアサシンは再び崩れ落ち、そして今度こそは本当に斃れた。

アーチャーは二跳びで石段を降り切り横に控えていたセイバーに言葉を掛ける。石段の最上段からであったが彼が言葉を発するとき、虫や鳥の声はおろか風までもが彼の邪魔をすることを恐れるように止み周囲は静寂につつまれ、必要以上の緊張感をもって私たちの耳朶を打つ。

「急いて死に逝く運命に戻ることもあるまい、騎士王」

 そして、何の気まぐれかその場から姿を消した。

 今回は通告のみということだろうか。その裏はつまり、私たちのことを、迎えに来たといったセイバー自身すらも敵対しうる相手と認識していないということだろう。

 とにかく、今は――――――――――――

 こつんと、足に■が当たった。

「あ、は。ライダー」

 石段に何度もぶつかったからか、髪は血と泥にまみ数えきれないほどの裂傷を生じ、

「は、はははは、ひあはははふくひあ」

 右半分はぐしゃりとつぶれ、

「ひあははへあふへあきひあはは」

 左半分は多少綺麗であるものの

「ひひひひああああああははははふけけふあはっひあああ」

 そもそも、首から下は無く、

「ああああああいやああああああああ」

 そして、偽臣の書がぼうと燃えつき灰になり、手にかかっていた質量が消失して、

「いやあああああああああああああああああああああああああ」

 こつんと、義眼が地面にはねて、私の視界は元に戻った。

 ライダーに貸していた眼が用を成し終え戻ってきてしまった。

「やあああああああああああああああああああああ」

 

Interuled in

 

 日記を閉じ備え付けの鍵を掛ける。

 見なければ良かった。

 知らなければ良かった。

 ほんの少しの好奇心とほんの少しの期待を持っていた。

 アーチャーがバーサーカーと相討ちになり一旦間桐邸に戻って見たらぐちゃぐちゃになっていた部屋も、血にまみれたドアも気になったけれど、ふと目に着いた日記帳が気にかかった。

 楽しかったとか、

 嬉しかったとか、

 そんな一言でもあれば良いと思った。

 助けてほしいとか

 会いたいとか

 そんな一言が欲しかった。

 なのに、そんな言葉は無くて

 だけど、私に対する記述なんて殆どなくて、ほぼ全て慎の事ばかりが書かれていた。

恨み辛み、日常の不満、サラダを残した、喧嘩した、叩かれた、一緒にご飯を食べた、一緒にご飯を食べなかった、お見舞いに行こう、お見舞いにいった、殺したい、許せない。好意的なことなんて殆どないけれどそれでも慎のことばかりが書いてあった。

 呼び方も、一緒にいるときは姉さんと呼んでくれたのに、日記の中ではそれは慎の呼び方で、私はずっと先輩のままだった。

 数少ない私の事も明らかに呆れや無関心が読み取れる。

 桜は私に、興味なんて、ない。

 見なければ良かった。

 知らなければ良かった。

 宝石が一つなくなっていることにも気付いていた。

 桜が取ったのだろうと予測もついていた。

 多分、私の物が何か欲しかったのだろうと思っていた。

 姉妹に戻れると知って、その証のような物が欲しかったのだろうと思っていた。

 部屋を見れば桜がどうなったのかも予測はつく。

 運が良ければ、死ぬことはないだろう。

 けれど、十に八九は。

 魔術はそんなに優しくはない。おそらくとか、多分とか、きっととか、そんな曖昧さの入り込む余地なんてないし、意地や気持で何とかなるほどの隙間はない。その理合を無視して魔術に手を出せば、刎ね帰りを受けるのは当然だ。

 ならば、結果は決まっている。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 聖杯だ。聖杯だ。聖杯だ。

 聖杯があれば、桜が戻ってくる。

 桜と姉妹になれる。

 聖杯だ。聖杯だ。聖杯だ。

 

 Interuled out

 

 いつのまにか衛宮の家に戻ってきていた。手には義眼だけが残っている。服も体も至るところが汚れ切っていた。気持ちが悪い。私を抱えていた衛宮は不自然に折れ曲がっていた指を欠けていた歯も避けていた皮膚もすっかり治って汚れているだけになっていた。

「衛宮、体洗って」

 自分では、触りたくない。

「ああ、分かった」

 衛宮に手を引かれ脱衣場に入りそのまま服を脱がさせる。乾ききった血糊が音を立ててはがれぱらぱらと床に散らばる。風呂場に入り熱いシャワーを浴びせられると、泥と血糊が無色だったお湯を濁らせる。こんな光景を見るのは二度目だ。最初の日は衛宮の血で、今はライダーの血だ。ずっと義眼を握りしめたままだった右手を開くと湯が溜まり汚れが浮いてくる。体の汚れがすっかりなくなるとボディーソープをつけたタオルで全身を洗われてどんどんと泡につつまれる。

 それも流されて汚れがすっかりなくなると、涙が落ちた。

「悔しい」

 言葉が口をつく。

「なんで私には何も無いのよ、なんで遠坂にあるものが私にはないのよ」

 背中を丸めて蹲り、ぼたぼたと涙を流し続ける。

「私は特別なはずだったのに、なんでよ」

 衛宮に当たることではないと分かっている。

 誰にも言うべきでない事も分かっている。

 だけど衛宮以外には言いたくなかったし、衛宮には聞いてほしかった。

 自分が特別な者ではないことなど、桜に謝られたあの時に既に分かっていた。何もかも、私の認識していた世界の隅から隅までがあの瞬間に反転していた。特別なのは桜で必要とすらされていなかったのは私で、全てを承知していたのは桜で何も知らず十年以上も書物を読むだけで跡取が自分であると思い込んでいたのは私で、名誉ある聖杯戦争のマスターは桜でそれを無理やり奪ったのが私で。

 私は、只、特別な者になりたかっただけなのに。

 誰かに顧みられたかっただけなのに。

 ライダーを得て、特別な者になったはずなのに。

 なのに、もはや、既に、再び、いつものように、私には何も、無い。

「悔しい、悔しいよ。衛宮、ライダーが居なくなったら私は、もう」

 しゃくりあげつつ言葉を続けようとして衛宮が遮るように声を重ねた。

「慎、俺の人生じゃ足りないか。俺の人生程度じゃライダーの代りには足りないか」

「何の話よ」

「もしもそれで足りるなら、俺の人生をお前にやるよ」

「バカじゃないの。それがいったい何になるのよ」

「それを決めるのはお前だ。無価値と思うなら放り出してくれて構わない。代わりになると思うなら俺は今この時からお前のものだ。だけどな、どっちにしても俺はお前が泣きやむまで世話をやいてやるから覚悟しろよ」

 それは一体どういう意味で出てきたのか。

 同情か、それ以外か。とにかく衛宮は私のことを助けたいと思ったのだろう。もしかしたらそれはこいつにとってごく当然のことでさして理由のある行動でもないのかもしれない。誰かが泣いていれば涙をぬぐおうとするのはこいつ自身の業のようなものなのだろう。    

普段ならばそんなもの突っぱねていたのだと思う。

 だけど今はこの上なく嬉しくてまた一層涙がこぼれた。

「この、バカ。女の子泣かせてんじゃないわよ」

 その礼という訳でもないが、裸のままで体ごと向きなおり硬直した衛宮の頭を抱くように引きよせて半開きになったその口に自分の唇を押し当てる。驚愕の表情のまま瞬きすらできない衛宮に視線をからめながら、口腔内に舌を這わせる。

「―――ふあっ?!」

 噛まれた。

 奇声を発したかと思った次の瞬間に勢いよく閉じられた衛宮の口に思いっきり噛まれた。

「……最悪。ファーストキスだったのに」

「―――色々言いたい事はあるが、ファーストキスってそんなわけあるか」

「今までは打算込みのばっかりだったからね、純粋に好意でのキスはこれが正真正銘初めてよ」

「お前は……とにかくその様子なら大丈夫そうだな。さっさと出ろ」

「少しは嬉しそうな顔しなさいよ、傷つくじゃない」

「そう堂々とされたら困惑するしかねえよ!少しはこっちの気持ちも察してくれ!」

 風呂から出てセイバーにあのアーチャーについての話を聞く。

 最初は渋っていたもののやがて根負けしてか事の次第を話し出した。

 やはりというべきかアーチャーもセイバーも前回の聖杯戦争に参加していたらしい。それだけでは納得できないことも色々とあるが今確実なのはアーチャーがセイバーに執着しているということだ。今現在残っているのはセイバーとランサー、そして恐らくはバーサーカー。真名は知らないらしいが、大体の推測はできる。

「ギルガメッシュ?それはどういう英雄なんだ」

「世界最初の英雄ってところかしらね。旧約聖書やらギリシャ神話のモデルになったとすら言われている抒情詩の主人公で世界の財を全て納めた倉を持っていたらしいわ。死んだ後は冥界で王様やってたり」

「その根拠はなんですか、シン」

「あの無茶苦茶な種類の武器を見たでしょう。範囲も年代もバラバラの武器だけどどれも時代が下ってからの英雄の武器の元になったような物ばかり。だったら、あれは世界が一だった頃の原典。で、そんな物を持ってるとすれば」

「世界の財を全て所有していたギルガメッシュ……。なるほど、確かに。けれどそれはあれらが全て本物であったと仮定した話ですよね」

「はう……」

「むしろ模造品を作るような宝具を持つ英雄ではないでしょうか」

「ん、あれは全部本物だろ。解析は無理でもそれ位みればわかる」

「シロウはシンの味方ですか!サーヴァントは私なのに!そんなの見ただけで分かるわけないじゃないですか!」」

 なんだか少し泣いていた。

 もしかして反論したのは単に私の意見に素直に賛同するのが悔しかったからかもしれない。まだ嫌われてたのか。

「あ、いや。でも確かに本物だったぞ、あれは」

「……ではその方向で話を進めますが、その場合ギルガメッシュを倒す方策はあるのですか」

「……真正面から力押し」

「そんなの作戦とは言えません!」

「なによ、セイバーってそういうの好きでしょ?!」

「ええ、好きですよ!一騎打ちとか決闘とか大好きですよ!だけど私は聖杯が欲しいんです!勝ちたいんです!」

 ぎゃあぎゃあと姦しい事この上ない。だけど先ほどの風呂場でのことと合わせてだいぶ気分が落ち着いた。そのことではセイバーに感謝したい。

 就寝前にセイバーが私に話があるということで付いて行くと頭を下げられた。ライダーのことで思うところあるらしい。

「すみませんでした」

「別にセイバーに謝られてもしょうがないけどね。でも、怒ってもいいっていうのなら」

 下げられた頭に向かって拳骨を振り下ろす。

 セイバーも甘んじて受ける。と思いきや普通に除けた。除けやがった。

「こんちきしょう……!」

「戦いでの失敗は戦いで返します。貴女もそれを望んでいるのでしょう。私怨も多少は入りますが、私はギルガメッシュを打倒します」

「……ランサーもね」

「ランサーも打倒します」

「機嫌、良さそうね」

「いったでしょう。私、一騎打ちとか決闘とか大好きなんです」

 

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