キャスターが病室を出てから十分程後、ライダーが戻り偵察の結果を報告した。
「佐々木小次郎ねぇ……」
「有名と言えば有名だが……なぁ?」
衛宮と二人、顔を見合せて首を傾げる。その様子にライダー達は、こちらも顔を見合わせいぶかる私たちを不思議そうに見ている。聖杯からの知識はあくまで一般常識にとどまるので無理もないと言える。その視線に気づいてか、衛宮が説明を始める。
「佐々木小次郎って言うのはきちんとした資料も残ってる一応実在の人物なんだよ。ただ、その資料からは長刀使いだってこととたった一つの決闘の勝敗、何処に仕えていたか。それと燕返しを使うってことしか分からない。そんな曖昧さのせいで時代が下ってから講壇の恰好の材料にされて妙なイメージが浸透した。極論を言うと佐々木小次郎っていう人物は居たけど佐々木小次郎っていう剣豪はいないんだよ」
「では、柳洞寺のアサシンは嘘を吐いていたと言うのですか」
「まず佐々木小次郎っていう英霊が座に登録されているということを仮定して話すわよ。英霊の条件は実在した事とその功績にあるわけだけど、この場合双方の佐々木小次郎が食い違っている。人物としての彼は信仰される彼とは別人。逆に剣豪としての彼はそもそも実在していない。となると、条件として優先されるのはどちらか。セイバーはどう思う?」
「後者でしょうね。我々は何よりも信仰に依るところが大きい以上、実在の真偽よりもその信仰を担うに足るかどうかが重要となると思われます」
「であるならば、柳洞寺のアサシンは佐々木小次郎を騙れるだけの技量を持つ名無しの亡霊、だと思うんだけど。どうかしら」
「まあ、偽物だろうと本物だろうと燕返しを使う侍を相手にしなくちゃならないんだからそこはどうでもいいんじゃないか?」
「お前はそうだから友達いないのよ」
「だから放っておいてくれ」
「仲が良いのは結構ですが―――」
「羨ましい?」
「結構ですが!燕返しとはどのような技ですか。そこが分らないのでは議論の意味がない」
「当時の剣術は基本的に打ち下ろしでの一撃必殺だったらしいから多分そこから更に続く切り上げだったんじゃないかというのが個人的に一番しっくりくる仮説。つまり最初に相手にかわされる事を想定した打ち込みをして次に本命の斬撃が下から来る。動きも丁度燕が虫を取るときの動きみたいだろ」
「ですが日本刀とは片刃なのでしょう。それでは刃を返すために致命的な隙が生じてしまう」
「そこのところが秘剣の由縁だろ。二つの太刀筋がほぼ同時に襲ってくる。多分握りと重心移動に秘密があるんだと思う」
「衛宮、結構詳しいじゃない」
「藤ねえの受け売り。それにこれじゃ真っ当過ぎて英雄に通用するかどうは疑問が残る」
「いえ、参考にはなりました。正体がどのような物にしろ奇襲技であるということを知っているだけでもかなりのアドバンテージとなります」
「確かに。加えて二対一ですからね。多人数を想定していない剣術ならば容易でしょう」
このライダーの言にセイバーがあからさまに嫌悪するように言葉をぶつける。
「剣士の決闘とは一対一で行うもの。手出しは無用です」
「私は剣士ではありませんので。リスクを減らし戦闘を容易にする。何の不満があるのですか、セイバー」
「―――ああ、あなたはそういう者でしたね。失念していました」
「思い出していただけたようで重畳です」
ギスギス。そんな幻聴が響く。
空気が痛い。
本当に仲が悪いな、この二人は。
衛宮に「なんとかしなさい」とアイサインを送ると衛宮は「お前が何とかしろ」と返してきたのですかさず「お前のサーヴァントでしょう」と切り返す。これに「ほっとくと夜中にこっそり一人で行くわよ」と追撃を加えるが「そこまで考えなしじゃないだろ」と受けられ視線同士の鍔迫り合いにもつれ込んだ。
サーヴァントとサーヴァント。
マスターとマスター。
互いににらみ合いが続く。
ギスギスギスギス。幻聴が倍率酷くなった気がする。
最初に根負けしたのは私だった。というか私以外に意見を引っ込めるような軟弱な人間はこの場にいない。
「ライダー、セイバーの好きにさせてあげて頂戴」
「それでいいのですか」
「あなたが言ったことでしょ、私達は弱いって。ここで決裂でもしたらどうしようもないわ。それとセイバー。やるからには傷一つもらうんじゃないわよ」
「シン、私がアサシンに剣技で遅れをとるとでも?」
「実際私はあなたがサーヴァントと戦ってるところ一回も見たことないのよね」
「では明晩、存分に堪能して頂きましょう」
不敵に笑うセイバー。
その余裕の根拠は何だろう。所詮アサシン相手だと侮っているのか。油断慢心は敗北を呼び込むと相場が決まっているのに。まあ仮にも剣の英霊。確かに負けは想定しにくいけれど。
「まあしかし、アサシンが本職でないというのは僥倖ですね」
「本当の暗殺者の方が厄介ってこと?」
「極端に言えば、白昼堂々一メートル前に立ちふさがれたところで認識することができない。本当の暗殺者とはそういうレベルにいる者のことをさすのですよ」
「怖ぁ……。それなら確かに今の状況はまだしもマシってもんか」
「そういや、慎。足は治ったけどどうするんだ」
「いや確かに骨は繋がったみたいなんだけど正直力入らないのよ。感覚もないし様子見て大丈夫だと思ったら適当に抜けだすわ。で、なんだけどその間ここに泊りこんでくれない?幸い隠れるところはたくさんあるし。それに病院は常に誰かいるわけだし、そうそう大っぴらに攻め込んでも来れないでしょ。攻めるに難く守るに易い」
「良し分かった。まかせろ」
どんと胸を叩き自信たっぷりに言い切る衛宮を見て、やはりサーヴァントはマスターに似た性格であるのだなと実感する。
「となると、何か武器がいるな。なんだかんだで慎もあの爪が使えるわけだしこのままじゃ俺だけが戦闘手段がないわけだ」
「そこに桜が置いて行った果物ナイフがあるわよ?」
「……そんな物で何をしろって言うんだ。よし、アレにしよう」
「アレ?」
「ほら、アーチャーが使ってたあの白黒の剣」
「何処から持ってくるのよ。そんなもの」
「当てはある。それに回路の具合も確かめてみたかったしな」
そういって衛宮が呪文を口ずさむ。
「―――投影、開始」
程無く衛宮の手の内にアーチャーの振るったあの双剣が現れる。
なるほど、投影か。前に聞いたがまた微妙な魔術を。
まあこんな魔術でもライダーを持つ前ならばその場で斬りかかりかねなかったのだとは思うのだけれど。
「おう、上手くいった。俺がびっくり」
「でも、投影した武器なんて使えないでしょ。すぐに消えちゃうじゃない」
「何言ってるんだ。一度作ったものが消えるわけないじゃないか」
「はあ?お前こそ何言ってるのよ。投影した物は世界に押しつぶされて消えるのが常識でしょう」
「―――シロウ。貴方が今まで投影した物は消えてはいなのですか」
なぜかライダーは硬く緊張した声で衛宮に問いかける。
何がそんなに気がかりなのか。
「え?ああ、ここまで上手くいったのは初めてだけど張りぼて程度のガラクタでよければ倉に山ほど転がっている。それがどうかしたのか」
「それならばシロウ。貴方のそれは投影ではありません」
「ん?じゃあ何だって言うんだよ」
「もっと異常な別の何かです。くれぐれも他の魔術師には知られぬように」
「えっと、キャスターにはばれてるかもしれない」
「杖にするって冗談じゃなかったんだ」
おお、ライダーが珍しく本気で頭を抱えている。
―――危機管理の甘いマスター達でごめんね
ガシャガシャガシャ。
夜の病院に骨がざわめく。
人間とはいささか異なる骨格が大挙して押し寄せる。
ただ、脆く入口は一つであるのでそこに陣取れば食い止めることは難しくない。だがいくら斬り伏せてもまたすぐに再生してしまう。結果として徐々にではあるが後退を始めてしまう。結構な大騒ぎであるのに誰もこないのは既にこの病院全体が相手の、おそらくはキャスターの術中に在るということか。
「敵同士とは言ったけど随分と気が早いんだな」
骨兵を切り伏せながら衛宮が叫ぶ。
「朝まで持つかしらね」
爪を撃ちつつ私も返す。セイバー、ライダーはともかく私と衛宮には体力の限界というものがある。既に闘争を始めて四時間以上経過しており衛宮の投影も十を超えている。開いたばかりの回路で無茶をした所為かそもそもの魔力量が少ないのか、衛宮の顔色も蒼白を通り越して土気色になってきている。このままでは―――
「―――あれ」
気がつけば目の前に衛宮の背中がある。
私の手には果物ナイフが握られている。
ナイフの刃は衛宮の腰に深々と突き刺さっている。
桜の言葉が蘇る。――――姉さん、こんな安物の果物ナイフでだって人は死ぬんですよ
衛宮が足もとから崩れ落ちる。
骨兵が衛宮を踏み越え入り込んでくる。
セイバーが叫ぶ。
「シン、やはり―――!」
手が暖かい。
衛宮の血が湯気を立てている。
「――――ひ」
骨兵に腕をつかまれる。
ライダーがその手を砕き私を抱え込むようにして後ろに跳躍しそのまま窓から飛び出した。空中で姿勢を整え壁を蹴り空を駆ける。
「ライダー、え、衛宮が―――」
「死んでいますよ、アレは」
「そ、んな」
「脊髄、肝臓、肺。これだけめった刺しにして、死なないわけがないでしょう」
「わた、しが――――殺した」
「――――――――――――そうですね」
ぎゅうと私を抱えるライダーの腕に力が込められる。
非難を込めたものでないことが何よりも、辛かった。
衛宮を刺したとあっては間桐邸に帰るわけにもいかずさりとて、他に行くあてがあるでもなく、新都のビルの屋上で風に吹かれながら膝を抱え込む。場所が場所だけに衛宮の死体は上手く処理され、場合によっては行方不明となってしまうだろう。とにかく、私に疑いの目が向けられることはまずない。
だが、私の手にはまだ衛宮の血がこびりついている。私が、衛宮を、殺した。
唇を千切れるほど強く噛む。ずくずくと痛みが響く。ライダーは私の後ろに控えたまま声を掛ける事もない。ほとんどのサーヴァントが残っている今、こんな所でぼうっとしているなど自殺行為以外の何物でもないというのに。
私ははたして自分の意志で衛宮を刺したんだろうか。
昼間にキャスターが来たこととその時の意識が無かったことを照らし合わせれば暗示のようなものであることは確かなのだろうが、それでも一片たりとも私の中に衛宮に対する殺意はなかったのだろうか。私と同じような方法でもってして自らの回路を開き魔術を行使した衛宮に私は本当に殺意を、無自覚にでも抱かなかったのだろうか。
わからない。
少なくとも断言することはできない。
「――――」
深夜三時ともなればビルの下に人はいない。
硬いアスファルトに直接たたきつけられ、誰かにぶつかって自分だけが生き残るなんて無様はあり得ない。この高さなら人の形も残さず死ねるだろう。いつだったか、遠坂に挑発され立った校舎の屋上のへりなどよりもよほど高い。とはいえその時は足がすくんでその場にへたりこんでしまったが。
びゅうと、下側から風が吹き上げる。
「――――怖いな」
人を死なせてもやはり自分が死ぬのは怖い。
つぶやいてからふらりと立ち上がり屋上を後にする。
真っ暗なビルを階段を使って下りて行く。三階分ほど降りたところで壁にぶつかった。
「――――?」
おかしい。
なんで、こんな階段の途中に壁が。
「こんばんは、マキリの魔術師さん」
一歩後ろに下がろうとして階段に躓き尻もちをつく。
壁の向こう側から声が続く。
「こんな所で、こんな時間に、何をしていたのかしらね」
よく見れば、壁は人型のシルエットをしている。
その高さは2m強。天井との間にはだいぶ隙間がある。そして、はるか頭上から見下ろす赤い眼。こんな街中で確かな獣臭を放つ異形が目の前に立ちはだかっている。
これは、紛うことなきバーサーカー。
「ア、
アインツ、ベルン」
「ふうん?誰から聞いたのか気になるところだけど……。まずはそのサーヴァントからね」
大きな風切り音とともに私の頭ほどもありそうな拳が横を通り過ぎ発破音とでもいうべき轟音を響かせて何かを殴りつけた。
何か。そんなものは決まっている。
けれど後ろを振り返れない。
はたして、今後ろを振り向いて、それは何か判別できるようなカタチを保っているのだろうか。振り返ることが、できない。
「さ」
「て」
「と」
「?」
壁の向こう側からひょっこりと白い少女は顔を覗かせる。
バーサーカーと同じく赤い眼が、二つ。
「少しお話しましょうか。一体だれから私のことを聞いたのか、なんてシロウはもう死んじゃったから後はトウサカしか知らないはずなのだけれど」
「遠坂……」
言葉を反芻する。
今の言葉、少し違和感がある。衛宮が死んだとは、どういうことだ。
バーサーカーとの戦闘は昨晩、衛宮はほんの一時間ほど前まで確かに生きていたではないか。
「そ。昨日二人が一緒にいたものだからそのまま二対一よ。まあ、その程度私のバーサーカーにとってはハンデにすらならないのだけれどね」
いささか自慢げに胸をそらしてから言葉を続ける。
「その時はシロウがセイバーをかばって死んじゃったからなんていうか、白けちゃってトウサカは放っておいて帰ったのよ。それで?まさかとは思うけどトウサカとマキリが手を組んだってわけかしら」
「え、衛宮を確かに……殺したの?」
そこだ。
なんで遠坂と衛宮が一緒にいたのかということよりも重要なのは、そこだ。
私の問いに少女は心外だとでも言うように柳眉をいからせ
「なによ、嘘つき呼ばわりする気?内臓をばらまかれて生きていられるわけないじゃないの――――ん、あ、いえ。そもそもそんな無駄な事をする魔術師何ているわけが――――復活呪祖とまではいかなくても、キリツグが何か――――ありえる、かな」
私から目線を外ししばらくぶつぶつと言っていたがそんな言葉は私の耳には届かない。
腸をブチマケて尚健在だったというのならナイフで刺した程度のことなど物の数にも入らない。衛宮は死んではいない。衛宮は、生きている。少女の方はその事実が嬉しいのか、それとも気に入らないのか、表情を左右非対称に歪ませながら私の方を見る。
「教えてくれたお礼を、しなくてはね―――バーサーカー、壊してしまっても構わないからそいつを■しなさい」
「ひ、あ、やぁ―――い、やああああああ!!」
今何を言ったかを理解する前に悲鳴を挙げるが、足が動かない。
死ぬ覚悟で悪あがきをしろとキャスターは言ったけれど、私にはそんな覚悟はできない。死ぬのは怖い。
目の前にある暴力の塊に私の身体はその一つの感情だけに支配され鎖で縛りつけられたように指の一本すら動かすことすらできない。
出来るのは弱弱しく声を上げることだけであった。
「やだぁ……いやぁ……ライダァ、助けてよぅ……」
「―――――心得ました」
背後からはっきりと声が響く。
少女の視線が私の背後に流れ、見開かれる。
「たかが天馬が……ありえない。なんでよ、なんでそこまでの神秘が……?!」
「ふ、ふ。神代の化物同士の殺し合い。この戦争は、そういうものでしょう?」
ふわりという浮遊感とともに体が持ち上げられライダーの胸に抱かれる。
臀部にごつごつとした感触がある。白馬の背中。横に広がるこれも純白の翼。本来は物語の中でしか会うことのできないはずの夢。触れることなどできないはずの幻。ライダーと海神との仔。天馬の始まり。頂点たる竜種にすら並びうる神秘を秘めた幻想種。
その轡から延びる騎英の手綱こそがライダーの宝具。
そしてライダーはその真名を開放する。
「――――ベルレフォーン」
視界が白色に染まる。
音も消え認識できるかどうかのわずかばかりの間、私は光になった。
気がつけば、すでに足もとに地面はなく天馬は、たとえば絵本で見るように大地ではなく中空を踏みしめてとどまっていた。
「さて、このまま逃避行というのも魅力的ですが。如何致しましょうか」
「ライダー、大丈夫なの……?」
「関節が十倍ほどに増えましたので、あとでたっぷり吸わせて下さいね?」
と、ずずずと低い音が足もとの更に下から響いてきた。
恐る恐る下を覗いてみれば先ほどまで居たあのビルが音を立てて崩れている。しばらく倒壊は続いたが半分ほど崩れた所で収まる。
まあ、一階分ぶちぬいて無理やり脱出すれば、倒壊もするだろう。バーサーカーはともかくあの少女の方は危ないだろう。
というか少々のことならば誤魔化しが効くが、これはどうだろう……。
「えっと……流石に、ヤバいかな」
「しばらく前に手抜き工事のニュースもありましたし、大丈夫でしょう?」
はははと乾いた笑いを交わしたところで足もとから咆哮が響く。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!」
其の後を追うように何かが、おそらくは単に手近にあったビルの残骸を投げたのだろう。歪んだ鉄筋をのぞかせるコンクリートの塊が凄まじいスピードでこちらに迫ってくる。だが、距離は十分。それ以前に私に視認出来ているということは――――――出来ているということは?私とは逆側の視界しか持たないライダーの反応は一瞬遅れるということ。
「ラ、ライダー!右、右―っ!!」
「―――――っ!」
ぐいと手綱を切りあわてて旋回する。わずかに鼻先をかすめながらコンクルートはあさっての方向に飛んで行った。
そして、今度は正面から何かが飛来する。今度は避けるまでもなく先ほどとは逆に足もとに向かって飛んでいく。今度は私にはそれが何かはわからなかった。
爆発音。
そして今度は赤い影が二つ飛んでくる。
「―――――遠坂!?」
すれ違いざまに視線が交錯する。
表情から何かしらの感情を読み取れるほどの溶融はなくそのまま足下。バーサーカーの元に遠坂とアーチャーは向かう。ほどなく足もとで戦闘を行っているとおぼしき連続した破裂音が響きだす。
できれば、遠坂とアインツベルン。共倒れになってくれればうれしいのだが。
とにかく今は病院に戻らなければ。
衛宮が生きているのならば、それを確かめなければ。
ライダーも同様の考えか、天馬を病院の方向に走らせる。
Interuled in
2月4日
病院に姉さんの見舞いに行った。
案外元気そうであった。鼻息荒く戦争に首をつっこんでも実際に負傷すれば姉さんのことであるからいっそ残りの全人類、自分以下の境遇に陥れるくらいの陰惨な呪いでも唱えているかと思っていたのに、肩透かしである。計画のことを話しても軽く流されてしまった。先輩と協力関係になったことで余裕が生まれたのだろうか。常の姉さんならば面白いくらいに狼狽してくれたであろうに。つまらない。あろうことか冗談で返され思わず私の方が動揺させられてしまった。許せない。
その後先輩がやってきたのを見た途端に体中の蟲が騒ぎだしてしまった。本来の主たる御爺様が死んで、神経と同化して居た蟲達も休眠状態になってくれたが、やはり定期的に魔術師の精を摂取しなければならないらしい。本当に嫌になる。今この日記をつけている最中も疼きが気持ち悪いくらいに渦巻いている。
そこで一つ実験をしてみることにした。
遠坂先輩はどこかに出かけてしまったが手元に宝石箱より失敬した宝石が一つある。遠坂先輩の魔力が込められた逸品である。遠坂先輩の血をしみ込ませてあるというところにいささか抵抗を感じないではないがそれ以前に、他人の魔力を体に入れるのは毒を飲むのと同義である。しかし間桐の本質は吸収。ならば、この程度、飲み干さなければ面目が保てない。これが成功すれば、例えば、ライダーと同じように姉さんの血でもって魔力を補えるかもしれない。想像してみて、宝石などではなく直接血液をすするということであるのに姉さんではむしろ嗜虐心が先に立ち嫌悪感がさほどないのはなぜだろう。
考えると、ドツボにはまりそうなのでここで止めておく。
さて、それでは、上手くいったらお慰みである。
Interuled out
病院に着いた頃には東の空がそろそろ白み始めていた。窓から病室に入るが骨兵の姿は既に無く、嵐でも吹き荒れたようにもはや使い物にならないまさしく惨状がそこに広がっていた。床は何箇所も抉られベッドやその他の備品も一つとして使用に耐えうるどころか正視に耐えるような状態ではない。なにより、床には、どす黒く凝固しきった血だまりが幾つもある。
そして、衛宮は壁を背にしてこちらを睨んでいるセイバーに寄りかかるようにして寝息を立てていた。何時かの様に服は血まみれであるが体のどこにも外傷も受けたような跡はない。寝顔も穏やかを通り過ぎて間抜けとでも形容すべきほどに脱力しきっている。
「衛宮……!」
駆け寄ろうとして、一歩目で足が止まる。
セイバーはもはや、私を衛宮の仲間とみなすことは無いだろう。いくら衛宮が言葉を重ねようとそんな事は只の痴人の戯言にすぎないと断ずるに足るだけの行動であったのだ。衛宮が生きていようと死んでいようと、私が衛宮に致命傷を与えたという事実は小揺るぎもしない。ならば、私にできるのは、ここから去ることだけか。
それは―――――― そんなのは、嫌だ。衛宮は私のものだ。
セイバーが譲らぬというのなら、奪い取るまで。
そう心に決めて止まっていた足を踏み出したところで、セイバーが実に憂鬱そうに、私がこの場を離れていた数時間の間に一気に百年もたったかのように、重く長く深く、溜息をついてからこちらに来るように手招きをする。
それに従い歩み寄ったところで、今だ武装したままであった甲手で頭を強かに殴りつけられた。何をするのかと怒鳴りつけようとするとなぜか地面が立ち上がってきた。慌てて手を突き力を込めるがまるで起き上がることが出来ない。小さな虫がびっしりと頭の中で動き回っているようなしびれが何時までも続く。脳震盪。先ほどの一撃で脳味噌が頭蓋骨のなかで少しばかり震えたのか。流石に英雄、徒手空拳でもそれなりにやる。
私が動けないことを認めてからセイバーはいまだ寝息を立てつづける衛宮を私にかぶせるようにして放り出す。そしてそれからようやっと口を開いた。実に怨みがましく。
「信じられますか、一晩じゅう貴方の弁護をしていたのですよ。例えあの行動自体がキャスターの仕業だとしても、そのような者と同盟を組み続けることなどできないと言っても聞こうとしない。まったくもって度し難い」
「―――その様子ですと、一応は納得をしたのですか?」
「実に、ええ、実に不本意ながら、ですが。これではまるでシロウはシンのサーヴァントではないですか」
「く、ふふ。当然で、しょう。衛、宮は私のものな、んだから」
しびれは取れず未だ回復はしきらないものの何とか動くようになった四肢に力を込めて体を起こし衛宮を抱きしめる。どくんどくんと脈が、熱を伴って私に伝わる。心地いい。これは私のものだ。誰にも渡さない。
さらに腕に力を込めると、息苦しくなったのか衛宮が目を覚ました。
「や、やめ藤ねえ、洗濯板なんてどこから、痛い痛い……。ああ、慎か。おはよう」
「この野郎……!ところでお前遠坂と一緒にバーサーカーと戦ったんですってね?」
「そういう顔するから言いたくなかったんだ……」
「いいから言いなさい。なんでそんな事になったのよ」
「遠坂に聞いてくれよ。同盟の申し入れに来たのかも知れないし再戦したかったのかもしれない。とにかく何か話す前にバーサーカーがやってきたから一時的に共闘しただけだ。後もなし先もなし。それっきりだよ」
「―――いいわ、信用してあげる」
「ありがとうよ」
苦々しく笑いながら衛宮は改めて病室の惨状を見渡してから、
「惨憺たるって感じだな。謝って許してもらえると思うか、慎」
「後で幾らでも払うわよ、生き残れたら。とにかく、衛宮の家に行くわよ」
二次創作へ