「遠坂、失望させてくれるなよ。これでもお前には憧れてるんだ」

「衛、宮」

 衛宮が机に手を掛け、いかにもがっかりしたという風で遠坂に言葉を投げつける。

「他人を過少評価するんじゃない。他人を見下すんじゃない。他人を肩代わりするんじゃない。慎に償いを与えられるのは慎の被害者だけだ。お前は今、ここにいるんだ。ここにいるのは哀れな被害者でも巻き込まれた一般人でもない。対等の参加者だけだ」

「吹くじゃないの、衛宮君。ではこの状況を如何するのかしら。さすがにわかってるだろうけど私のサーヴァントはアーチャー。今もライダーを含めたあなた達を射殺せる。貴方が指を動かせば貴方の心臓を射抜く。慎が前に進めば慎の首を射抜く。ライダーが矢を抜こうとすればライダーの頭を射抜く。たとえあなた達が同時に動こうとも一度に三人が死ぬだけよ」

「よく喋るのは三下と相場が決まっているんだ、遠坂」

「口以外に動かす必要がないのよ。過少評価でも自惚れでもなく私は、今、この場のイニシアチブを握っているわ」

「いいや、違うね。今この場でもっとも力が強いのは慎だ」

「は?何を言っているのよ。もっとも力が弱いの間違いでしょう」

 鼻で笑う遠坂。

 動じることのない衛宮。わかっているじゃないの。

 ふん、いいわよ。使われてやる。

「遠坂ぁ!」

 先ほどと同じ黒い爪が三つ。単純な直線の軌道で先ほどと変わらぬ速度で向かう。すでに心が折れたと思っていた私からの攻撃に動作の遅れる遠坂。手を掛けていたバリケードを窓側に向け私に覆いかぶさる衛宮。衛宮越しに伝わる矢が刺さる衝撃。爪が三つとも矢に砕かれる。遠坂が腕をこちらに向ける。衛宮が叫ぶ。「来い、セイバー!」一つ失われる令呪。目の前に忽然と現れるセイバー。衛宮邸から学校までの瞬間移動。ド素人に依る大魔術。ガンドがセイバーを襲う。雨垂れの如く弾かれる。対魔力A。事実上現代の魔術師は傷をつけられない。セイバーに向かう矢の雨。振り返らずサイドステップ。直感A。もはや未来予知。ライダーへの注意が外れる。既に脱出済み。遠坂に向かう。再びガンド。同様にはじかれる。対魔力B。三節以下を無効化。大魔術をもってしても大したダメージにはならない。遠坂を抑え込む。再び襲いかかる矢。セイバーがことごとくを弾き飛ばす。遠坂の背にライダーの釘剣がつきたてられる。

 以上が二秒以内に私の目の前で行われた行為の全てである。

 衛宮が私に肩をかしながら立ち上がらせ、遠坂に話かける。

「な?慎は強いだろ」

「少なくとも行動を起こせたのは慎だけね。ふん、詰めが甘かったわ」

「いいや、遠坂。事前に力を見せていた慎を見くびったお前が間抜けだったんだ。そんな言葉で誤魔化すんじゃない。これはお前の自惚れの結果だ」

「――――っ」

「形勢逆転ね。ライダー、さっさと遠坂を殺しなさい」

「止めなさい」

 スパンと衛宮に頭をはたかれる。

「何するのよ」

「俺は死亡者0で終わらせるって言ったろ。同盟組むんだから俺の意見も覚えておいてくれよ」

 衛宮の言葉に私よりも先に遠坂がかみつく。脊中に釘剣を突き付けられたままだというのに欠片も物おじしている様子はない。

「バカにするんじゃないわよ、衛宮君。こちとら魔術師に生まれついたときから死ぬ覚悟は出来てるってのよ」

「なぁ、もう喋らないでくれよ。幻滅するにも限度がある。一周して腹が立ってきたぞ。いいか、おい、遠坂。死んだらそれっきりなんだ。後はないんだ。死ぬ覚悟なんてのは死ぬときに決めるほかないんだよ。覚悟を決めたなんていうお前には笑いごとかもしれないけどな、死ぬってことは覚悟を決められるほど優しい事じゃないんだ」

 衛宮は一息で言い切ると私を担ぎあげ教室を後にしようとするが、その肩にセイバーの手が掛けられた。

「貴方は勝ち残る気は無いのですか」

「あるさ。ただここで遠坂を殺したら俺は俺の信念に背くことになる。それにセイバーは正々堂々真正面からサーヴァントを倒したいだろ。まあ、それにアーチャーは俺も実際にこの手でぶん殴らなきゃ気が済まなくなった」

「そう、ですか」

「うん、ごめん」

「いいですよ、まったく。面倒なマスターに引き当てられたものです」

「ホントごめん、さてとっとと病院行くか。もう少し我慢してくれよ」

「うん、それじゃ衛宮―――ばいばい」

 衛宮を突き放し教卓に寄りかかるように体を支えながらえ、という衛宮の間抜けな声が空気に消える前に短く言い放つ。

「ライダー、遠坂を殺しなさい」

「かしこまりました」

 私の命令にためらいなく従うライダー。衛宮との同盟はこれでご破算だろうが、仕方無い。物事には優先順位というものが存在し、それは大抵の事では入れ替わることはない。そして私の中で衛宮の位置はこの機会を棒に振るほどのものではない。

 しかし三度飛来した矢の群れによってライダーが釘剣は僅かに遠坂の制服に鍵裂きを作るだけにとどまった。見ればいつの間にか実体化していたアーチャーが脇に抱く形で遠坂を支えている。対してライダーは私を背後に庇いながら遠坂と衛宮、二組を睨みつける形をとっている。

 アーチャーはバツが悪そうにしている遠坂にやれやれとため息をつく。

「だから言ったというのに。従者の忠告は素直に聞いておくものだぞ、凛」

「次はないわよ」

「そう願う。――――さて、だ。ライダー、単騎で私に勝てるかどうか、それ位の判断はつくだろう」

「単騎?私達はそこのセイバー達と同盟を組んでいるのですが」

「それは、たった今君のマスターが御破算にしたところだろう」

「アーチャー」

 成り行きを見守っていたセイバーが静かに口を開ける。

「同盟があろうが無かろうが、あなたが妥当すべき敵の一人であることに変わりは無い」

「ふむ、ということは一対一対一というわけか。ともかく今日はここでおひらきとしよう」

 おどけたように言うとアーチャーは軽い調子でもはや粉々になった窓から飛び降りた。無論サーヴァントの身体能力をもってすれば、人一人抱えていたところで例え屋上から飛び降りても変わりないのだろうが。

 そうして私達と衛宮達の二組が残った。

「―――え、衛宮」

「さて―――それじゃ病院行くか」

「え、あの―――」

「細かい事は明日だ。それでなくともけが人のお前をほっとくわけにはいかない」

 およそ六時間後の病院。

 そろそろ日付も変わる。実のところ足はギプスで固められ松葉杖なしでは満足に動くことも出来ないだけで特に呪いの類は掛かっていなかった。個室であるので堂々とライダーを枕もとに控えさせてある。お金は大事である。うん。

「この怪我はやばいよね」

「まったくです。致命傷です。せめてもあの場でアーチャーのマスターを殺しておければ良かったのですが」

「まったくね―――同盟は、どうなるだろう」

「はて、シンは別に崩れても良いと思ったからあそこで私に命じたのではなかったのですか」

「ま、そうなんだけどさ。衛宮の態度見ちゃったら。少し期待しちゃうじゃない」

 窓を見る。空に満月。夜。聖杯戦争の時間。今もどこかで戦闘が行われている。

「キャスター、アサシン、バーサーカー」

「いずれも姿も見せていませんね。キャスターについては心当たりがありますが」

「柳洞寺だっけ。うん、たぶんそれは正解」

「一応、彼らに伝えておきますか。セイバーとキャスターならば相性も申し分ない」

「そのための陣地構成スキルでしょ。腰を据えて魔力を吸い上げているならもうあそこはキャスターの神殿になってるはず。猪武者が特攻したら恰好の餌食よ」

「となるともう少し情報集めですか。しかしアサシンの動向がつかめない以上は昼間といえど一人きりになるのは」

「どうせ明日は衛宮と話さなきゃならないし、今日の事でライダーも分かってると思うけどあのバカに見殺しなんて選択肢はない」

「となると後はセイバーですか」

「衛宮を丸めこめばいいだけよ」

「それもそうですね。忠義に厚いとは良いことです」

「まったくだわ―――おやすみ、ライダー」

「お休みなさい。良い夢を」

 

Interlude in

 

23

 今日は姉さんと食事を共にした。朝は私が、夜は姉さんが家を空けるのが常だったので随分と久々の事である。というか何であんなにそわそわしていたのだろう。最近はあまり話をしていなかったので以前の、先輩と仲違する以前のイメージが壊されて少し驚いた。私のことが嫌いなのはわかるが食事の席で位取り繕って欲しい。お互い子供でもないのだから。それよりも驚いたのはライダーと先輩のサーヴァントがちゃっかり食卓についていたことだ。言いだしたのは先輩らしい。まったく一々突拍子もない事をやるお人だ。昨晩ライダーから同盟を組んだとは聞かされていたが、本当に手を結ぶとは。先輩はともかく姉さんはどういう心境の変化だろう。お互いに足を引っ張り合って自滅しなければいいが。

 その後きのう書いたとおり遠坂先輩に色々と打ち明けると大いに同情してくれたのはいいが、しばらく私を抱きしめた後に修羅か般若かという形相で駆けだしてしまった。何をしていたかはまた後で分かったのだがなんとそのまま姉さんと喧嘩をしにいっていたのだ。直情型というかなんというか、普段は優雅を気取っているがその下は単に短気な人だった。案外に可愛い。

 しばらくそこで待っていると三階の教室からガラスと一緒にガンドらしき魔力の塊が飛び出したり、逆に大量の矢が入っていったり、なんとその場で聖杯戦争を始めてしまったのだ。魔術師なのに、秘匿の文字は気にしないのだろうか。最後に赤い影に抱えられ空の彼方に消えて行ったが一時間ほどして随分と消沈した顔で戻ってきた。そして一緒に間桐邸に向かいその場で欝憤をすべてぶつけるように御爺様を殺害。蟲蔵も徹底的に破壊。ついに会うことの無かった私の義理の母の死体もここのどこかにあったはずだが。

それにしても御爺様は案外あっけなく、それこそ断末魔を上げる暇すらなく殺害されてしまった。こんなことなら鮮血神殿の完成を急がせればよかったと悶々としているとその勢いで遠坂先輩は書斎にあった魔術書の類も焼却。それなりに貴重なものもあったが真に重要なものは既に私の体に刻みこまれているのでこれは只の八当たり。姉さんの部屋にまで押し入ろうとするのを必死でなだめすかし私の部屋に連れ込む。

 そして、今後のことを話し合う。

 遠坂の家に戻らないかと誘われる。

 今更、である。今代のマスターに選ばれるほど間桐に染まり切ってから何を言うのかと、思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、私は汚れているからと試しに嘯いてみれば涙ながらにそんな事は気にしないと言われ、ならばと対抗して涙を流しながら姉さんと呼んでみるとこれが効果覿面。一気にお涙頂戴の姉妹再開ストーリーの出来上がりである。

 砂糖壺を丸のみする思いで抱擁を終え、戦争が終わったら姉さんと相談してみると約束をした。とはいえ、姉さんを殺した後は自殺するつもりなので空約束もいいところだ。

 今晩はこちらに泊ることにしたようで久々に一人ではない夕食だ。遠坂先輩は終始ニコニコと笑いっぱなしだったが、まあ、なんというか、人の心が分らないとは幸せであるなぁとぼんやりと考えながら適当に相槌を返す。

 遠坂先輩が日課であるところの宝石に魔力を移すための採血を何だか遠坂の魔術もあんまり気味の良いものではないななんて思いながらみていると電話がかかってきた。先輩からで姉さんが階段を踏み外して足を折ってしまったので入院するとのこと。戦争絡みであることは容易に想像が着くがそれは随分と危うい。出来ればこの手で止めを。

 よし、明日お見舞いに行こう。

 

Interlude out

 

 病院にはあまり良い思い出はない。特にこの病院は嫌いだ。間桐は私の代で終に枯れ果てこの身には魔術回路の痕が残るのみとなっている。だから、その痕に無理やりに魔力を通して回路を開こうと試みた事も一度や二度ではない。但し、その尽くは失敗に終わり何度もここに担ぎ込まれる羽目になった。その様な訳でここの看護師とは嫌な意味で顔見知りなのである。

「やあ、随分とまあ、お見限りであったではないかね。間桐さん。ほら、好物の病人食であるよ」

 へらへらと笑いながら食事の乗った盆を目の前に置く看護師。

「………相変わらずね」

「そういう間桐さんは相変わらず金離れが良いね。今回も担当は私であるからして、あまり下手な事を考えると退院が遅れることになる」

「腐っても医療従事者がそういう事を言わない方が良いと思うわ」

「私もそう思う。しかし間桐さんが単純な外傷で運び込まれるのは初めてだね。戦争絡みかい」

「まあ、ね」

 魔術協会の息のかかった病院。当然、聖杯戦争の事も少なからず知ってはいる。なにより十年前はこの病院始まって以来の大騒動となったはず。死者五百人余というのなら重軽傷者を含めたけが人はその数倍。語り草になるには十分だ。

「生きているうちに二度も戦争がおこるとは思っても見なかった。大火災再び、とならないことを祈っているよ」

「―――正義の味方が一人頑張っているから大丈夫よ」

「間桐さんも頑張りたまえよ。坊主と医者は暇な方が良い」

 ひらひらと手を振りながら出て行こうとする前に一つだけ、と質問をしてきた。

「間桐さんを連れてきた赤毛の少年、彼はもしや、衛宮士郎君かな」

「あいつ、ここに入院していたことがあるの?」

「そうかいそうかい。ふうん、そうかい」

 こちらの質問に答えないままにやにやと笑いながら今度こそは本当に出ていったあと、入れ替わりで手にフルーツの入ったバスケットと着替えが入っているのであろう紙袋を持って桜が入ってきた。バスケットを脇の台に置いて紙袋を差し出す。

「着替えを持ってきました。姉さん、林檎食べますか」

「ええ、お願い」

 バスケットから真っ赤なリンゴと果物ナイフを取り出しするするとその皮をむき始める。しゃりしゃりという音だけが響く。その手を止めないまま桜は夕食の献立の相談でもするようななんでもなさで話は時また

「姉さん、怖くはないんですか」

「何が」

「姉さんを殺そうとする私と二人きりで怖くはないのですか、と聞いているのです」

 しゃりしゃり

「私が間桐全体を怨んでいることは分かっているでしょう」

 しゃりしゃり

「御爺様はもう殺しました」

 しゃりしゃり

「姉さん、こんな安物の果物ナイフでだって人は死ぬんですよ」

 しゃりしゃり

「姉さん、怖くはないんですか」

 しゃりしゃり

「怖くないわね。だって私は桜のことを愛しちゃってるもの」

 音が途切れ桜の指に紅い珠が浮かぶ。

「―――痛ぁ。もう。姉さんが変な事言うから指切っちゃったじゃないですか」

「二番目の引出しに絆創膏が入ってるわよ」

「ありがとうございます。それで今のは何の冗談ですか。姉さんが私のことを憎んでいるのは分かっているんです。心にもない事を言わないでください。不実です」

「冗談じゃないんだけどね」

「もう。いいですよ。姉さんは何時だって私には意地悪なんですから」

「それじゃあ、あんたは愚図でトロいけどこんな逃げようもないところで殺すほどバカじゃないと思っている。こんな理由は如何?」

「まだそちらの方が幾らかマシです。はい、剥けましたよ」

 桜が向き終わった林檎を八つに分けたのを見計らったように衛宮がセイバーを引きつれて入ってきた。セイバーはあの鎧姿でも青いドレス姿でもなく、初日の食卓で来ていた衛宮の服でもなく桜色のカーディガンとロングスカートという当世風の恰好である。

「随分と野暮ったいわね」

「皆まで言うな。女物なんて俺のつてじゃ藤ねえ以外に頼る先がないんだよ」

「いってくれればお貸ししたんですけど」

「いや、そこまでしてもらうのも悪いと思ってな」

「まあ虎柄じゃないだけマシか」

 あの藤村もまっとうな服も持っているとは驚きだ。なんて嘯いてみれば、いや、それは穿ち過ぎだと衛宮が苦笑で返す。

「先輩、林檎如何ですか。セイバーさんも」

「頂きます」

「うん、甘い」

「それじゃ、私はこれで」

「もうちょっと居てもいいのに」

「これ以上ここにいると何するか分かりませんよ?」

 そう言ってそそくさと場を後にする。

 少しばかり、声が震えていたのは私と衛宮の事を変に勘ぐっているのだろうか。

 とうの衛宮は皿の上の林檎をとりながらさも楽しそうに、

「ふうん?なんだ、結局仲良いんじゃないか、お前ら」

 衛宮の言葉がちくりと胸に針の先ほどの穴を穿つ。その穴に先ほどの桜の言葉がじわりじわりと、波紋が広がるように熱が伝わるように、ゆっくりと染み入ってくる。そんな、たちの悪い風邪のような感覚の所為か、言いたくもないことが口をついて出てしまった。

「衛宮、私ね。桜と姉妹になりたかった」

「―――まあ、色々あるのは知ってるけどさ。今の見る限りじゃ普通の姉妹に見えたぞ」

「違うよ。私は最初で間違ってそのタイミングを逃しちゃった」

「じゃあ、やり直せばいいじゃないか。遠坂も関わってるみたいだけど、三人で話せよ。人間死なない限りはやり直しができる」

「無理だよ。衛宮、人間はタンパク質で出来てるんだよ。知ってる?」

「バカにするなよ?」

「比喩よ、比喩。人間はタンパク質で出来てるから、一度熱を加えて固まったらその心は元には戻れないの」

「ああ、うん。それはなんとなく納得できる。けどさ、場合によりけりだろ。それは確かに事実だけど真実とはまだ別の話だ。なんだったら、聖杯にでも頼んだらどうだ?そういう不可逆を無視するのが奇蹟ってやつだろ」

「それも、いいかもね―――衛宮。これからちょっと泣くから外にでていなさい」

「―――ああ、分かった」

衛宮がセイバーと連れだって再び外に出る。

バタンと、音をたててドアが閉まった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――外の声は聞こえない―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「士郎」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「なんだよ、セイバー」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「彼女らはどういう関係なのですか」―――――――――――――――――「お互いに、好きが50で嫌いが2000てところかな」―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「ふむ、難儀ですね」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――「まったくなぁ、仲良くできないもんかな」――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――外の声は聞こえない―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「うん、はい、よし。入っていいわよ衛宮」

「はいはい」

「さて、同盟の件だけど」

「ああ、お前、なんとか遠坂のことを諦めてくれないか」

「絶対嫌。それが参加した理由のうちで二番目に大きな事なんだから」

「一番目は?」

「参加すること自体、サーヴァントを使役して魔術師の戦いをすること自体が私の目的よ」

「遠坂を殺したがる理由は、何だ」

「教えない。教えたくもないしお前には理解できるはずもない」

「じゃあ仕方無い。俺は最後までその邪魔をしてやる。人が死ぬのを看過するわけにもいかない」

「ふん、じゃ同盟はこれで本当におしまいね。ほら、ばいばいよ。とっととでていきなさい―――――出てけ!私の前から失せろ!遠坂とでも組みなさい!」

 桜が置いて行った果物ナイフを振り回しながら力の限りに怒鳴りつける。そうだ、出て行け、その顔二度と見せるな。私の敵になるなら、私の邪魔をするなら、とっとと消え失せろ。衛宮に裏切られたからと言って何故ここまで取り乱さなければならないのか、自分でも全くわからない。だからこそより一層腹が立つ。その悪循環で思考がどんどん熱を帯び感情がどろどろと溶け出していく。

激昂し癇癪を起した私に衛宮は面喰ったような顔になりながら無軌道に振り回す私の手首をはっしとつかむ。むきになって振り払おうとするがびくともしない。

「落ち着け、危ないからそれ放せ。悪いが同盟は続けさせてもらう。お前を人殺しにする訳に行かない」

「私は、諦めない」

「じゃあ俺も諦めない。しばらくはそれでいいだろ」

 お互いそのまま睨みあうが先に根負けしたのは私の方だった。握りしめたままだった果物ナイフを衛宮に渡しかなり濃く残ってしまった衛宮の手の跡を摩る。

「このバカ力。女の子になんてことするのよ」

「ナイフ振り回すようなバカに手加減できるか」

「ふん。そんな事でどうやって誰も死なせずに終わらせるつもり」

「うん、だから遠坂以外の相手は慎とライダーを頼ることにする」

 そんな私たちの様子を見てセイバーは随分と憂鬱そうに頭を抱え込んでいた。

「それじゃ今後の話をしましょうか。今柳洞寺にライダーを偵察に向かわせているからその情報をもとに対策を練るわよ」

「あ、一つ報告。昨日あのあとバーサーカーと戦闘になった」

 特に気にする風もなく、こともなげに言う衛宮とそれを聞いて硬直する私。

 たっぷり三十秒固まってからようやく言葉が出てきた。

「よく無事だったわね」

「向こうの気まぐれで命拾いした形だな。色々と喋ってくれたぞ」

「何?真名でも教えてくれたの?」

「うむ。真名はヘラクレス。マスターはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。宝具はゴッドハンド、だそうだ」

 ちょっとまて。

 何だ、その絶望的な組み合わせ。

 アインツベルンが、ヘラクレスを、バーサーカーで召喚?

 なんて反則。五度目に至って誇りも何も捨て去って聖杯を取りにきたか。

「趣味の悪い冗談ね……。それでその宝具の能力までは流石に教えてくれなかったでしょ」

「いや、効果は十一の命のストックとBランク以下の攻撃の無効化。あと同じ技は二度通じないらしい」

 思わず窓から飛び降りたくなってしまった。

 頭を抱えながらとりあえず衛宮が無事だったことを神に感謝する。

「……つまり、舐められていたわけね」

「流石にあれだと納得いく。真っ向勝負なら勝てるサーヴァントは今回いないんじゃないか?」

「セイバーは如何?実際に手合わせした感触は?」

 出来れば根拠のない強がりでもいいから明るい答えを返してほしかったのだが、残念ながらセイバーの返答はあまり良いものではなかった。

「宝具を用いれば何とか……といった所です」

「一回で二回以上殺せるような宝具だったらいいんだけどね」

「そこまで無茶を言わないでください」

「よね。となると、マスター狙いか」

「む、殺すのはダメだぞ」

「言うと思った。けどそこまで悠長なこと言っていられる相手でもないのは、お前も分かってるでしょう」

「それは、そうなんだが」

 ううむ。いかにしたものか。

 その場の全員が黙りこくったところで三度、ドアが開けられる。

 そこに立っていたのはデニム地のジャケットを羽織った見知らぬ女性。女性はまず衛宮につかつかと歩み寄り、衛宮の額をつんと小突いて何やら耳打ちをする。それとほぼ同時に衛宮が崩れ落ちた。ひゅうひゅうと過呼吸にでも陥ったように顔面を蒼白にし脂汗を流したまま胸をかきむしっている。

 新手の魔術師?!

「セイバー、何をしているの!」

「あら、お嬢ちゃん。その眼は見えてないのね。まあ、とりあえずはこちらから」

 特に慌てることもなく、次に私のギプスにそのまま指を沈め、たしかにギプスの下にある私の右足の骨に触れてくる。すぐに手は引き抜かれたが握りしめられた手は血に塗れ、しかし、ギプスには穴一つ空いてはいない。女性が血をぬぐおうと手を開くと、何かが床に落ち硬質な音を響かせる。あれは、骨の固定具。と、強烈な、痛、み、が―――――――――――

「ひぎ―――が、あああ、いいああいいたああがああああ!?」

「痛いのは分かるけれど我慢なさい。あら、坊や?死んじゃった?」

 床に転がりぴくりとも動かない衛宮の頬をぺちぺちと叩きながらのんびりと言う女性は今度は私にも聞こえるようにはっきりと語りかける。

「言ったでしょう。剣と鞘。抜き身と常態。非常時と平時の切り替えのイメージを持ちなさい」

「が、は――――あ、は」

 げほげほとせき込みながらもなんとか衛宮の容体は安定したようだ。

「お疲れさま。さて、お嬢ちゃんももういいかしら」

「え、あ、あれ」

 気がつけば、私の足の痛みもすでに消えている。

 これは一体。

「それじゃあ、セイバーに剣を引くようにいってくれないかしら」

 結局終始睨みつけたままのセイバーであった。

 こんな狭い所で武装して切りかかれば私たちを巻き込むことをあやぶんで出遅れたのであろうがこれではサーヴァントの意味がまるでない。徒手空拳技を修めてはいないのだろうか。

「改めて自己紹介。クラスはキャスター。今は柳洞寺にマスター共々お世話になっているわ。分かる?柳洞寺」

 ずいぶんと人懐こい笑みで語るキャスターであるが、はたしてこのまま暢気にしていていいものか。そもそもはたして今の行動にどのような真意が隠れているのかまるでわからないのが不気味でしょうがない。時限性の呪いとか仕掛けられてないだろうな。

「そりゃあ、まあ……。ていうか、キャスターが表に出てきていいわけ?アサシンとかと一緒で裏から手を回すクラスでしょう」

「無論、この身体は骨に土をまとわせただけの只の人形。貌容はもちろん、もしかしたら本当は男かもしれないわね?実際に会うかどうかはこれからの話し合い次第ということで」

「その前に、キャスター、さっき俺たちに何したんだ」

「坊やには回路を定着させるために魔力を通して、お嬢ちゃんは骨折を治すために人体の回復力を強化したのよ。さっきの痛みは俗に言う成長痛みたいなものね」

「普通に回復魔術使ってよ」

 不満な風を装いつつ内心舌を巻く。

 強化の魔術自体は初心者向けのものであるが生物に魔力が通りにくいため他人の強化は最高難易度とされている。それを何でもないように実行するとは。

 キャスターは私の文句に衛宮を見ながら答える。

「それは、坊やに見せるためにね」

「俺に?なんでそんなこと」

「昨日、あなたの使った強化を見ていたけどあれは単に構造を補強しているだけでしょう?本来の強化は、刃物の切れ味や弾丸の貫通力、人間ならばその五感、そういった特性を底上げするものなの。だからその実践を見せたわけ。それともう回路は定着したからもうあんな自殺紛いのことはしなくていいわよ」

「いや、ちょっと待て。昨日のアレを見ていたって言うのか」

「坊や、神代の魔女を、おとぎ話に出てくるような等価交換さえ無視できる万能者を何だと思っているのかしら。私の眼は貴方が思っているよりもずっと多くを見渡すことができるのよ」

 その物言いに今更ながら

 ひやりと

 背中に冷たい汗が流れる。

 おそらくはキャスターは全てを見ている。

 そして、実際に私たちは見られていることに気づくことはおろか、その気配を感じることさえできなかった。箒で空を飛び、南瓜を馬車に、襤褸をドレスに、ネズミを御者に、おとぎ話の切り札、ご都合主義の権化、知らないことなど何もない賢者、出来ないことなど何もない超越者。つまりはそういうどうしようもない相手。

 そして、その当のキャスターはと言えば衛宮の手をとり

「坊や、セイバーを私にくれないかしら」

「はい?」

「最近門番を雇ったのだけれど、これがやる気がなくて困っていたのよ。ね、お願い」

「聞けるか、そんなの」

「まあ、そうよね。それじゃあ、お嬢ちゃん」

「―――何よ」

「ウチの子にならないかしら?」

 ええと。

 なんだこれ。

 もしやこれはすでに失伝した神代の呪文かなにかか。

 じゃなくて。

「はぁ?キャスター、日本語大丈夫?それともあなたの故郷じゃ同盟くむことをそういうのかしら」

「同盟を組むならまだセイバーがついてくる分坊やの方がましよ。そうじゃなくて、単純に私の娘にならないかと誘っているのよ」

「聖杯を手に入れてそう願うことね」

「残念、また振られちゃった。貴方達案外強情ね」

 特に残念でもなさそうに言うが、これで正体が男だったら変人どころか只の変態だ。

 と、衛宮がやけに真剣な面持ちでキャスターに頭を下げた。

「キャスター。俺に魔術を教えてくれないか」

 これにキャスターは、今度こそは本当に残念そうにしながらやんわりと拒絶する。

「そう、ね。面白い才能もあるし程々に無能だし。でもダメ。自分で頑張りなさい」

「なんでさ」

「だって手元に置いていたら我慢しきれなくなって、あなたのお味噌と回路、引きずり出して杖にでもしてしまうもの。もう確実に」

「―――やはり魔術師は変人ばかりです」

「随分ね、セイバー。まあ坊やが美少女だったら考えないでもないけれど」

 これもまたまんざら冗談でもなさそうにいってから、私たち二人を見比べて

「実は手を貸した理由はもう一つあるのよね」

「む、なんだ。バーサーカーを倒すのに協力してくれとか言うなら願ったり叶ったり何だが」

「それはねぇ、愛よ」

「はい?」

「愛。いいわよねぇ、愛。特に恋愛はいいわ。愛は何者にも勝るもの。ラブイズOK。ふふ、そうよ、愛があれば多少料理が下手だって……」

「恋愛至上主義……?」

 とは衛宮。

「昨日のあの切り抜け方は良かったわ。お互いを信頼して声を掛けるどころか眼を合わせることすらせずにやることを理解し合って。そうよ、人類は皆須く恋愛をすべきなのよ」

「恋愛原理主義……?」

 とは私。

 ていうか違うから。

衛宮は単に私の所有物であってそれ以上の関係はないから。

 ハレルヤとでも唄い出しそうなキャスターはこほんとわざとらしく咳払いをしてから

「それじゃあ、次に会うときは敵同士ということで。気が向いたら柳洞寺に来てもいいわよ」

「キャスター、私から一つ聞いてもいいかしら」

「何かしら、お嬢ちゃん」

「なんで、さっき私たちのことを殺さなかったの。当然出来たでしょう」

「だってまだ私の質問に答えてもらっていなかったじゃない」

「あんな事が、最優のセイバーを脱落させるよりも重要だって言うの。貴方私たちのことを―――」

「ええ、見下しているのよ。分をわきまえなさい、お嬢ちゃん。この状況下で見知らぬ相手に対し即応できないようで何が魔術師よ、何が戦争よ。不測の事態には備えるのではなく決断を、不慮の事故には対策でなく対応を。死ぬ覚悟を持って死ぬのではなく死ぬ覚悟を持って悪あがきをなさい。坊や、お嬢ちゃん、魔術の先達として一つ言わせてもらうわ。信念を掲げるのは結構だけれど、信念に振り回されると他人を巻き込むわよ」

「肝に銘じておくよ」

「ふん。なによ、偉そうに」

 そうして、最後の来客は帰って行った。

 

Interlude in

 

「正気ですか、白昼堂々」

「御坊達は魔女の術中、加えてこの位置ならば下からも意図せねば見えぬ。まあ、お互い一撃程度なら大丈夫であろうよ」

 ―――面倒な相手だ

 ライダーは心中で溜息を吐く。

 只の偵察のつもりであったのに見とがめられ、あろうことが日も高いうちから戦闘になろうとしている。まず、実体をあらわにしたのは相手。陣羽織に長刀を背負った侍。剣士がセイバー以外にいることもそうだが、ここに陣を構えているのはキャスターではなかったのかと内心驚いていると事の詳細を聞きもしないのに相手がぺらぺらと喋ってくれた。

 あらかたの事情を語り終えると抜刀だけでもそれなりの技量を要しそうな日本刀を構える。素人目にみて隙がないではない。しかしそれもおそらくは罠。不用意に食いつけばばっさり、という未来図が容易に浮かぶ。そも、今だに慣れぬ片目の距離感であの長刀をかいくぐるのは不可能。

 とりあえず、じゃらりと釘剣を両手に構える。

「鎖術使いか。鎖の間合いには聊か近過ぎる気もするがそれもまた――――面白い」

 ―――本当に面倒な相手だ。

 そもそも、侍など遡っても精々が千年程度。しかも刀の拵えを見るに更に五百年ほど若くなる。その時代に置いて神話に匹敵する伝説を持つ剣士などどれだけいるものか。それ以前に英霊の切り札たる宝具を運用するに足る魔術など持ち得るのか。可能性として妖刀、神剣の類の礼装もどき位だが刀自体からは何の神秘も感じない。キャスターよりもバックアップもなし。これで門番を全うできるのか。

 手が読めない。先が見えない。

「厳流、佐々木小次郎」

 すぅと、構えを変える。魔力の移動は、なし。目に見える変化も、なし。殺気すら、なし。ただ、見惚れるような優美な構え。故に怖い。人切り包丁をもってして尚心奪われるその雰囲気が何よりも怖い。

――――まあ、いってもしょうがない。

読めない相手に出来ることなど一つしかない。

「我流、ライダー」

 わけのわからぬ相手に対し、自分が最も自信をもつその両足に力を込める。

 侍が武人に似合わぬ紅い口を震わせる。

「秘剣――――」

 そしてライダーは

 ――――――――逃げだした。

 今できる最大の跳躍を持ってその場を離脱する。

 脇の林に逃げ込み木から木へ、枝から枝へ、一目散に逃げを打つ。出来れば秘剣とやらを拝んでも見たかったが、タイミングが早すぎたのか。それとも気を悟られていたか。とにかく秘剣は未だ秘密のままであった。

その場に一人残された侍はそのまま刀を鞘にもどし、怒るべきか笑うべきかと寸時悩んだあと、その身を霊体に戻した。

 

Interlude out

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