やってるな、と思いながらしばらくその様子を煙草を咥えながら静観していた。

 公園の中央で三対一。

 一人が頭に回り両腕を押さえつけ、一人が足もとに回り両足を押さえつけ、最後の一人が汚い臀部を晒しながら腰のあたりに屈んでいた。

 東京に出てきて早数年。たまにこういう現場に出くわすのは僕の天性か。その時の気分次第では割り込むが、今日はどうしようかな。疲れているし、面倒くさいし、帰ろうかな、と思ったところで、事が済んだのか腰を振っていた奴が離れ、被害者の顔が街頭に照らされて浮かび上がった。

 赤髪―――金眼。

 なんとなく―――ロンドンにいるはずの旧友を思い出した。

 足を抑えていたのが入れ替わり、閉じようとしていた腿をこじ開けたところで初めて彼女のかすかな悲鳴が聞こえた。気がつくと足もとに落ちていた拳大の石を思い切り投げつけていた。後頭部に当たって、一人が倒れていくところを見て自分が何をしたのかを理解する。こうなっては後には引けない。

「やめとけよ……」

 歩み寄りながら煙草を吐き捨てる。

「やめとけよ、かわいそうだろ……」

 当然のように殴られた。

 倒れこむ寸前に手に持っていた砂を浴びせかける。ひるんだところでポケットに手を伸ばす。後ろからまた殴られ、その勢いのままポケットを引きちぎる。そのままタコ殴りにされる合間をみて相手の衣服をびりびりに破く程度のことに専念する。やがて、最初に倒れた一人も加わってさらに殴られる。鼻血が顔を濡らし膨れた瞼が視界をふさぎ服はもはやボロ布になってもまだ暴力は止まらない。

 しばらくして三人がさった頃には指一本動かすこともできないほどに痛すぎてどこが痛いのかよく分らなくなっていた。頭上の街灯の灯りが不意に遮られる。被害者がこちらの顔を覗き込んでいた。レイプされ直後何だからうずくまって泣いていればいいのに、むしろ僕の体の心配が優先だとも言いたげに手を伸ばしてくる。ますますアイツに似ている。

「邪魔だよ」

 その手を払いのけながら無理に起き上がり奴らがぶちまけたものを拾い集める。

「お前も手伝えよ」

 言われて彼女も四つん這いになって拾い集める。横目で見る限り、今すぐ自殺しそうなほど落ち込んではなさそうだ。大方集め終わったところで改めて彼女を見る。きていたものはかつて服だったようだが僕と似たような状況になっている。外傷は僕よりはマシという程度。意識ははっきりしているようだが下腹部が濡れ、ぽたぽたと血も垂れている。

「医者だな」

 彼女の手を引き馴染みの医院を訪ねるが営業は終わっていたので裏口から入り既に寝入っていた医者をたたき起す。僕の治療をかなりおざなりに済ませてから彼女の治療を念入りにねちっこく行った医者はちょいちょいと僕を呼び寄せる。

「とりあえず性病の心配があるから抗生物質は打っといた。通院は十日位といったところだが、あの子の身元は分からんのか」

「一時間前にあったところだ」

「ショックの所為か健忘を起こしている。名字以外は覚えてないそうだ」

「名字?」

「ああ、衛宮と言った」

「――――ふうん」

「それで、どうする。ウチはオレの分も合わせてベッド三つしかないぞ。一つは千津留さんが使っているし」

 千津留さんとは医者がネコかわいがりにしている、等身大ドールである。医者が人形を可愛がるというのは随分と薄ら寒いとも思うが実際のところ、彼女は可憐とさえ言っていいほどに人間らしかった。丁寧に愛情と慈しみをもって手入された髪や皺一つない上等な衣服。意志の光さえ感じられそうな瞳にふわりとした口元。誰の作かはわからないが、まさしく傑作。無論細部まで精巧に作りこまれているらしいがダッチワイフとかラブドールとかいうと本気で怒ってくるのは正直ドン引きである。

「ま、これも縁だ。僕の家にしばらく置いておこう」

 その旨、彼女に伝えると、少し微笑みながらこくりと頷いた。

 その後帰宅しそのままふたりとも泥のようにベッドに倒れ込み気がつくと日が昇っていたのだが、彼女は先に起きて既に朝食の用意を始めていた。何も教えていないのにその動きはとてもきちんとした物で淀みはない。それを見ながら昨日の戦利品をテーブルに並べる。一人、財布を落とした奴がいたのでこいつから後の二人も芋づるに分かるだろう。なに、昔からやっていることだ。と、彼女が朝食を持ってこちらにやってきた。ざっとテーブルを片付けスペースを作る。物説いたげな彼女に

「大丈夫、あいつらは社会的に抹殺してやるから」

「だめだぞ、慎二」

 初めて口を聞いた彼女は教えてもいない僕の名前を口にし、そしてあのバカのように僕の行動を戒めるように繰り返す。

「だめだぞ、慎二。そんなことしちゃ。俺のことは別にいいから」

 そういってまだ顔や体の腫れすら引いていないのに、まるで普通の朝の様にテーブルに朝食を並べていく。その様子に自分でも驚くほどするりと言葉こぼれおちた。

「―――なんだ、お前本当に衛宮だったのか」

 こちらの言葉に彼女は困ったように笑いながら、それでも嬉しそうに言った。

「うん、久し振りだな。慎二」

 

衛宮が家に来てから二週間。

女になった理由も東京に来た理由も聞く気はないが正体を知っていれば、特に色っぽい展開があるでもなし。それ以前と変わったことと言えば、食事が充実したことと部屋が狭くなったことだけだ。結局差し引きゼロと言った感じ。出費が増えた分むしろマイナスかもしれない。服に関しては僕のものは少々大き過ぎるようなので適当に買おうかと思っていたらいつの間にか古着を仕立て直して自分のものにしていた。なんというか、こう、性別うんぬん以前に家政婦がやってきた感じ。

あの後特に何かの症状が出るという事もなく、無事に通院も終了したのでその祝いという訳でもないが手近なファーストフード店に入る。僕自身それなりに自炊するし衛宮が来てからは三食きちんとした物を食べているがそれでも時々はこの安っぽい味が恋しくなる。

「そういやさ、衛宮。お前なんであの時素直にやられてたんだ。お前ならなんとでもできただろ」

「ん、ま、な。体が変わったからか、色々不都合が」

 何とも言い辛そうにもごもごと呟くが誤魔化すように猛然とトレイの上のジャンクフードに挑みかかる。それなりに気にしているようだが、はたして気にしているのはレイプされたことかその時に何の抵抗も出来なかったことか、あるいはその両方か。そもそも現在の衛宮の精神的な性はどちらよりなのかによってその意味も解釈も変わってくるだろう。たとえ表面的に男性であったとしても果たして深層ではどうなっているのか。精神は肉体の奴隷なんてありきたりな事を言うつもりはないが、衛宮の肉体の変質がどのような手段によるものか分からない以上その変質が精神に対して無効であると断じる根拠はない。

 そこまで考えて、あまりの無意味さに鼻で笑って薄いコーラを吸い込む。

それで悩むのは僕ではなくて衛宮本人の仕事だ。僕はあの頃の様にそんな衛宮をせいぜい笑ってやればいい。

「ああ、そう。今度からは一人で夜出歩くなよ。僕がそういつもいつも正義の味方の様に現れるとは限らない」

「正義の味方だったらあんなの見つけたら迷わず助けに入ってるだろ」

「へぇ、最初から気付いてた訳か。見えてないかと思ってたよ」

「別にさ、放っておいてくれても良かったんだ。大体お前普通なら放っておくタイプだろ」

「気分だよ、気分。あのときはたまたまそんな気分だったのさ」

 気分屋めと衛宮は軽くこちらを睨んでから、なぜか頭を下げてきた。

「大分遅くなったけど、ありがとうな、慎二」

「ふん、やっとかよ。遅すぎだよ」

 このバカめと笑っていると、本当にあの頃に戻れたような気がしてきた。

「それで?もうやったか」

「あのなぁ、男女二人が一緒に住んで何もないことがそんなに異常か?」

「異常だろ」

 その晩、しっかりと鍵をかけてから例の医者を呼び出したところいきなりそんな事を云われた。こいつは僕をなんだと思っているのか。煙草を吹かしながら最近碌な患者がいないとか千津留さんになにかアクセサリーを送りたいのだとか益体もない医者の話を聞き流していると、道の向こうから目当ての人物がやってきた。

フルフェイスメットをきっちりかぶってバットを改めて握り直す。

「オレは治す側なんだがなぁ」

「いいじゃないか、いまから客を作るんだから」

「なんだその自作自演」

 それでもしっかりと鉄パイプを握っているあたりは似たり寄ったりだ。相手は酒が入っているのかふらふらと体を揺らしながら歩いている。こちらに向かって道を折れた所で僕が顔面、医者が右腕を打った。ぐごっとうめきながら前傾となった背中にバットを振り下ろす。しばらく滅多打ちにしてすっかり動かなくなったところで、バットを下ろし

「それじゃあ、しっかり分捕りなよ」

「なんだ、尋問とかしないのか」

「前は柄にもなく正面からいったからね、顔がばれてるんだ。それにあとの二人にしてもすでに居場所は割れている。僕を誰だと思っているんだ」

「ま、いいがな。あの娘は知ってるのか」

「やめろと言われたな。だけどこれは私怨さ、あいつにとやかく言われる筋合いはない」

「いい気分でもないだろう」

「それこそ僕の埒外だ」

「お前は本当に歪んでるよな」

「うるさいね、この人形趣味」

「間桐、テメェ!千津留さんをそこいらの駄人形と一緒にするんじゃねぇよ!オレ達の愛は女を性欲処理の道具としか見てないお前には及びもつかないほど高尚な次元にあるンだよ!」

「……悪かった」

 家に戻ると衛宮が起きて明かりもつけないままこちらを睨んでいた。

「慎二」

「何だ」

「何してたんだ」

「散歩。今夜は月が奇麗だぞ」

「嘘つくな、血が付いてるぞ」

「ちょっと転んだんだ」

「慎二、俺、ダメだっていったよな」

 概ねどころか完璧に見抜かれていた。

 やれやれ学生時代は騙しおおせたんだが。

「僕はね、お前みたいな正義の味方じゃないんだよ。だから悪いことだって平気でできるのさ」

 僕の言葉に衛宮の瞳の中で僅かばかりに光を放っていた何かが消えうせたようにみえた。ああ、と心の中で溜息をつく。僕は、また―――

「―――正義の味方か。慎二、俺の代わりになってくれないか」

 疲れたように、荒んだ様に、枯れ果てたように。もはやすっかり曇った眼で、衛宮はあっさりと自分の夢を僕に差し出した。やめろよ、このバカ。

「冗談。それはお前のものだろ。よりにもよって衛宮のお古なんて願い下げだよ」

「手厳しいな」

 少し笑ってから衛宮は泣きだした。

 十分ばかり泣きつづけそのまま眠る直前に

「慎二、疲れたよ」

 なんて―――らしくもなく弱音を吐いた。

 ベランダに出て煙草を灯して深く吸い込みながら指折り数えて戦争から六年もたったことを今更ながらに実感する。長い。六年は長い。人間が変わるには十分すぎる時間だ。空を見上げながら、あの戦争を思い出す。

 ライダー―――初めてその姿を見た時、偽臣の書を持って彼女を使役できると感じたとき僕は嬉しかった。これで、ようやく全てが正しく回ると思えた。正当な後継者である僕がようやく正しい位置に戻ったと思えた。

 だけれど、そのライダーはたかが教師に打ち砕かれて、果てた。

 ギルガメッシュ―――今にして思えば新たなサーヴァントを手に入れたのではなくただ彼の王にまとわりついていただけであったが、やはり僕は嬉しかった。バーサーカーすら一方的に虐殺してのけたその力をまさに自分の事の様に喜んだ。

 だけれど、そのギルガメッシュに僕は殺された。今僕の胸で鼓動し続ける心臓を押し付けて自分のしたいようにふるまった。

 僕は、あの頃の僕は腕の一振りで人間を殺してのける彼らを使役できると本気で信じていたのだ。

「思えば―――」

 なんとなくうろ覚えで三十年近く前の歌の一節を口ずさむ。

―――思えば遠くへ

故郷離れて―――

―――思えば遠くへ

この先どこまで―――

―――思えば遠くへ

ここまで一人で―――

―――思えば遠くへ

この先どこまで―――

「どこまで、ゆくのやら」

翌日。目が覚めると衛宮が消えていた。僅かばかりにあった荷物もすっかり消えていたが朝食だけはしっかり用意してあった。まだ温かいそれを腹に収めてから医者の元へ向かうと案の定、衛宮が来ていると医者が言った。ベッドを囲っているカーテンの隙間からそうっと覗き見ると昨日の今日で包帯も痛々しい姿のままで寝ている自分をレイプした三人の内の一人を衛宮が見つめていた。衛宮が怒っているのか泣いているのか、ここからは確認できない。

しばらくしてから出てきた衛宮は思い切り僕を殴りつけてきた。その眼は昨日の様に曇ったものではなく、よく磨かれた金色の鏡かライオンの鬣を連想するほどに力強く輝いている。自分を犯した相手でも人が傷つくのは見てられないといったところか。まったく、このバカめ。

「ふん、何が疲れた、だ。――――正義の味方め」

「―――ああ、昨日言ったのはやっぱりなしだ。それは、俺の物だ」

「あいつ等は悪者だろう」

「もちろん、悪いさ。でもな、闇打ちなんてのはだめだ。やるんなら自分が何をしたかを認めさせて、額擦り切れるまで土下座させてやらなくちゃだめだ。だから―――慎二、手伝ってくれ」

「―――いいだろう」

 いってがっしり腕を組む。

 細く、やわらかく、とても誰かを害することはできなさそうな腕だが

 どうしようなく綺麗で熱い腕だった。

やっと―――衛宮と再会できた。

 痛い。

 顔全体が膨れてしびれのような痛みが何時までもとれない。

 手足は縄ではなくガムテープで縛られているので痛みはないが身動きは取れない

 目の前には適当に談笑している若者が数人。その中で一人、いら立っているのはあの日衛宮を襲っていた三人の最後の一人。二人を始末した時点で気付いたらしく適当に呼び集めたとおぼしき若者らと僕を拉致したのがほんの半日前。お友達が多いのは良いことだが少しは選んだ方がいい。二人もやられているというのに彼らには危機感がない。それは僕をいとも簡単に捕まえられたことから来る余裕であろうが、その様な余裕は早々に捨てた方が身のためだ。

 僕はこの場の誰よりも弱いという自負がある。

 だがしかし、

 僕の親友を舐めると痛い目をみるぞ。

 と、何度目になるかはわからないが彼が目の前にやってきて何度目かわからないが問いを繰り返す。

――――― 他の奴はどこにいる。

 仕方がないので僕も何度目か分からない返答をする。

「本当に物分かりが悪いな。人違いだって何度言えば分かるんだ。君の頭にはお味噌の代わりに藁か大鋸屑でも詰まってるんじゃないのか」

 そしてやっぱり僕の顔面を殴りつけて再び離れる。

 いまので左眼の視界が完全につぶれた。

 二番目に衛宮とともに謝罪するように「説得」した男はあの三人の中で、というよりも彼の知り合いの中では最も喧嘩が強かったようで、僕があまりにもあっさりと捕まってしまったことで逆に協力者に対して警戒心を強めている。

 その緊張感を他の連中に伝えられれば良かったのだろうが、傲慢は若者の特権の最たるものの一つであろう。実際、彼らが衛宮を見ればその余裕を増長させるのは目に見えている。なにしろ、今のあいつは令嬢と言えば言いすぎにしても拳を握ったり剣を取ったりするよりもフライパンを振るうか箒でも持っている方がよほど似合ってしまう女の子、なのだから。彼等にしてもレイプした相手は泣き寝入りをするもので間違っても付け回して実力行使に出るだなんて行動は考えられないのだろう。

 と、眼の前に初めてみる男がやってきた。

 衛宮を襲った男よりよほど頭の周りが早そうではあったが代わりに人相も倍率悪いその男は無言で僕の両手を広げて床につけさせる。大体の予想通り、小指に手を添えてから

「他の奴は何処にいる」

 聞いてきた声は存外に高くもしかしたら、高校生程度かもしれないとすら思えた。

「学校行ってる?」

 小枝を折るように小指が曲げられた。たまらず悲鳴を上げてしまう。そして第二関節、第三関節を順ぐりに折って行く。脂汗を流しながら、この間DVDでみた時代劇を思い出した。

「慣れてるね、念仏の鉄みたいだ」

「いいよな、山崎努」

 意外なことに賛同を得られたが、辞める気もないようで薬指に移動する。

 あまり折られてもかなわないのでいい加減話すことにした。

「仲間は二人、一人はお友達がレイプした奴でもう一人は医者だ」

「そりゃあいい」

 愉快そうに笑ってから、薬指が折る。

「で、何処にいる」

「所で君、仮面ライダーは好きかな。僕は今一つ特撮には熱中できない。というのも怪人やらというものにリアリティを感じないからだ。知ってるかい、本物の怪物。少なくともメデゥーサって凄い美人なんだよ。いや、本当の話。テレビみたいなおどろおどろしいものじゃない」

「お前、その、大丈夫か?」

「ご心配傷み入る。話を元に戻すと、僕の親友にそういうのが大好きなやつが居てね、大まじめに正義の味方を目指しているんだ。少しスランプもあったみたいだが最近はまた頑張って鍛えなおしている。変身はしないが、いやある意味変身しっぱなしなんだが、聞いて驚くんじゃないよ?なんとびっくりこれが魔法少女なんだよ」

「もういい」

 呆れたように言ってから中指と人差し指をまとめておられた。

 悲鳴が場に響く。但し、今度は僕だけじゃなく周りの若者の物もふくめた耳障りな混声合唱だったが。騒ぎに気づいた若者が振り返ったところに棍棒の柄が降ってきた。

「はじめまして。衛宮士郎、正義の味方です。コンゴトモヨロシク」

 なんて言いながら、衛宮は手なれた感じで山崎努好きの若者を打ちすえ気絶させる。

「遅いんだよ、もっと颯爽と助けに来いよ」

「うわ、なんだその手。痛くないのか」

「痛いに決まってるだろ。バカかお前は」

 「悪い悪い」と言いながら手足の拘束を解いて担ぎあげる。

 今の衛宮は学生時代よりもさらに一回り小柄になっているが、日ごろの鍛錬の成果かもしくはコツでもあるのかふらつくこともなく歩いて行く。

「アイツは如何した」

「外で待ってる」

「それじゃあ、警察を呼べ。世間一般じゃ正義の味方って言うのは警察のことなんだよ」

 街に戻る車の中、衛宮に顔の手当てをさせながら文句を垂れる。

「なんだよ、これ。腐ったジャガイモか。酷過ぎる。お前がさっさと助けにこないからだぞ。住まわせてやっている恩を忘れたのか」

「悪かったって。それより動くなよ、手元が狂う」

 そんなやり取りを聞きながら運転席の医者が楽しげに笑う。

「志保はやはりウチに来ればいい。あんな旨い飯を作ってもらっている恩を忘れるような薄情者はさっさと見限れ」

 事情が大分入り組んでいるため仮に志保と名付け、あくまでもあの日が初対面であり記憶の方も未だ戻らず身元不明のままであると言い含めてある。無論頭から信じているわけでもないのだろうが要らぬ詮索をするほどの好奇心は持ち合わせてはいないらしい。

 あの日から三か月も経過してからようやく三人目を確保した。あとは「説得」して謝らせて警察の前に放り出してそれでおしまいだ。それでとりあえず僕はまた元の生活にもどるだけであるが、しかし、衛宮はどうするつもりなのだろう。

「慎二、この後だけどな」

「うん」

「冬木に戻らないか。お前、こっち出てきてから一度も戻ってないだろ」

「え、イヤだよ。お前何言ってんの」

「いいから行こうぜ」

「冬木って間桐の地元だろ。オレもついて行くから観光案内してくれよ」

「ガイドブックでも読んでろ」

 衛宮はしばらく喰い下がってきたがにべもなく僕の対応にここはいったん引くべきと考えたのか、医者に話しかけそれに医者が嬉しそうに応じたためすることもなくなったのでとりあえず衛宮の横顔でも見ていることにした。幼さが残るその顔は、ともすれば人形じみた印象さえ与える程に整えられている。意地なのかなんなのか学生時代と同じくらいに短く刈りこんでしまっている髪は伸ばせと言っても断固として拒否しつつづけている。

 そういえば、と。

 この三か月というもの、意識して考えないようにしていた事に思考が及んでしまう。

 衛宮はなぜ東京にいたのか。

 考えるまでもない。冬木にもロンドンにも居場所がなかったからに決まっている。

 衛宮士郎がいるべき場所に衛宮士郎以外の人間がいるなんてことは、周囲を歪ませるには十分すぎる理由だ。

 とはいえ、近しい人間のうちで今の衛宮を拒絶する人間、その行為がもっともショックであるのは一体だれであるのか。

藤村、柳洞等一般人には性転換という事実自体を知らせようとしないだろう。しかし彼らならいきなり入れ替わった今の衛宮をたとえば、医者の様に別人として受け入れるだけの度量はある。衛宮自身は嘘が苦手なたちであるがそれが冬木を飛び出すほどのストレスになるとは考えにくい。このような事態に対して指示を仰ぎそうなのは、真先に遠坂であるが現在は時計塔に留学中である彼女を呼び戻すわけにも行くまいし、手紙や電話で事態が解決できるわけもない。直接出向こうにも衛宮にパスポートを偽造出来るような伝はあるまい。毎春帰国はしているらしいので、それまで仮に相談を持ちかける相手としては桜が妥当なところか。

あの妹がはたして今の衛宮を受け入れられるかを少し考えてみたが、無理であるような気がした。彼女は酷く脆く常に誰かの庇護下に入ることを求めていた。例えば遠坂が横にいればまだしも受け入れられたかもしれないが自分自身のショックを誰かに移せない状況ではそのまま衛宮に打ち返すのではないかと思える。

では僕ははたして衛宮を受け入れられているのかと問われれば答えは否でしかありえない。正直なところ、僕は少女が衛宮かどうかは割とどうでもいい。本人がそう振舞うのだからそうなのだろう、という程度にしか考えていない。

衛宮を名乗る人物と再び友人関係になれた事で僕は十分に満足なのだ。

「衛宮、帰ったらコーヒー入れてくれよ」

「口の中もぐちゃぐちゃだろ、飲めるのか」

「さあね。ちょっと言ってみただけだ」

 なんだそれ、と衛宮が快活に笑うのにつられて笑おうとしたら、傷が思いのほか痛んでしまって涙が零れた。

 

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