―――― 午前三時 ロンドン

『はろー、衛宮。元気かい?』

 いい加減に寝ようとベッドに手をかけた瞬間にかかってきた電話を受けると知らぬ女性の声でそんなことを言われた。こちらの都合の無視の仕方とその中に含まれる傲慢さに一瞬、日本に居るはずの友人を思い浮かべたがアレは確かに男であったはずだ。一応、何人か女性の知人の内で日本語を操れる者を思い浮かべてみるものの、このようなしゃべり方をする者には心当たりがない。

 ここは素直に聞いてみよう。

「えっと、ごめん。誰?」

 この言葉に電話の向こうで相手が「はっ」と鼻で笑ったのがかすかに聞こえた。ますます彼のことが頭に浮かぶが――――軽く頭を振って否定する。色々あったが、彼はもう一般人の筈だ。あの戦争以来彼の周りに魔術師はいない。肝心の彼の家系が魔術師ではあるが、それもすでに魔術師とは言えないものになっていると聞いている。故に金輪際わけのわからない状況に陥ることもないだろう。規格外の神秘の塊が一人居候しているが、アレは彼に興味を持たないしな。―――そういえば、そもそもどうやってあの戦争に参加したのだろう。うーん、まあ、脱落した後でサーヴァント変えて復帰してたし抜け道は色々あるんだろうな。……五回やって一度もまともに終わらないのも納得。

 なんて、考えていると相手が罵倒の言葉を並べ立ててくる。

『衛宮は相変わらずバカだな。何も十年二十年ってわけでもないだろうに話し方くらい覚えていろよ。ふん、それとも?もう日本の事はどうでもいいのかな?便りの一つもよこさない、電話の一つも掛けてこない。全くもって薄情だな、衛宮は。友達無くすぞ』

「えーっと」

 いい加減なのってくれないかな、と思ったところで、

『間桐だ、間桐慎二だよ』

「し、慎二?」

『そうだよ、僕だよ、悪いかよ』

「――――なんでさ」

 いや、本当に、なんでさ。記憶を漁ってみたところで中学以来の付き合いの間桐慎二は確かに性別:男性であった。学校では男子の制服を着ていたし弓道部に在籍していたころは一緒に道着に着替えていたし、間違いなく女性ではない。女性であったならば様々な問題が浮上するというか、良心の呵責で殺される。首をひねっていたところで慎二を名乗る女性は言葉を続ける。

『それは僕の方こそ言わせてもらいたいね。朝起きたらいきなり女になってるとか、なんでさ』

「いきなりって―――」

『まぁ、見た目から考えるに心臓の影響っていうところかな』

「イリヤの―――心臓のか」

 苦々しげに口にされたその言葉に俺はようやっと得心することができた。あの事を知っているのは俺と遠坂を除けば慎二本人しか知らないはず。好んで吹聴することでもなければ自覚したいことでもない。

『ああ、あれ以来特に問題もなく動いてるから油断してたらいきなりこれだ。回路だけになっても自己主張の激しいガキだ、まったく。さもなくば―――バーサーカーを殺された恨みかね』

「―――慎二」

『ああ、確かに酷い殺し方だったよね。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、微塵に刻んで木端に散らして、ふん、派手好きなのはいいが殺し過ぎなんだよ。悪趣味だ。恨まれても仕方ない。仕方ないが、僕を恨むのは筋違いだと思わないか?』

「慎―――二」

『確かにアイツはもういない。だからっていまさら、こんなことをされても』

「―――慎二!」

『―――なんだよ』

「もういいから、それ以上自分の傷をえぐるな」

『ふん―――何を言ってるのさ。僕に傷なんて、ない』

「ああ―――それならいいんだ。悪い、俺の勘違いだった」

 それ以降少し沈黙が降りる。こちらに来る前、見舞いに寄った時にベッドから起き上がれぬままに「死にたい気分だ」と慎二は漏らした。それ以降口にすることはなかったがその唯の一度のつぶやきの中に何を含んでいたのか俺には分からなかった。わからなかったが今の身を切るような独白にその内のいくらかは含まれているのだろう。

 慎二は積極的な悪人ではない。そう評価するのはおそらく桜を除けば俺だけだろうが、慎二は確固たる価値基準の上で他人を評価しているに過ぎず、ただその価値観が世間一般から大分ずれていることもまた確かである。だがしかし、その価値観のさらに根底をなすものはただの虚栄に他ならない。その上に選民思想的価値観を糊塗することで体裁を保つ彼が悪人になりきれるはずもない。人の形をしたものが殺し殺されるところを見て何も思わないことなどできない。

 本人に言えばこの上ない勢いで論破されそうだが、さしあたり、それが俺の価値観に基づいた上での慎二評価である。というか「子犬と特権が好き」というナイスガイが悪人なわけもない。

 続く沈黙を破ったのは慎二の方だった。

『で、衛宮?なにか元に戻す方法知らないかい』

「うーん、俺に聞くのはお門違いな気もしないではないが。そうだな、元に戻すよりもそっくりの体を作って乗り換えた方がいいんじゃないか?ホムンクルスとか人形とか」

『僕の手は一般人向けにしか伸びてないの。そういうつながり、お前の方にはないのか』

 俺は今のトコロ、ツブシのきかない三流魔術師なんだけどな。

「俺、というか遠坂なら人形師位心当たりはありそうだけど……。なんだかんだ言って協力はしてくれると思うけど、その前に指をさして腹筋が切れるまで笑いそうだ」

『笑われるのはこの際我慢しよう。背に腹は代えられない。というか、うん、一度そっちに行くことにするよ』

「それもそうだな。俺と違って遠坂なら直接会えばそんな面倒なことしなくてもなんか方法思いつきそうだ。ビバ天才」

『全く妬ましい。―――新しいパスポート用意するのに一ヶ月位かな』

「お前持ってなかったっけ?」

『どういう話だったのか忘れたのかい、今僕性別女だよ。使えないって』

「―――まさかとは思うけど」

『言ったろ?僕の手は一般人には伸びてるの』

「友人を犯罪者にするわけにはいかない。何とか遠坂を連れてくから日本でおとなしくしてろ」

『いーじゃん。相変わらず頑固だね、衛宮は。せっかく退院したんだし旅行の一つでもしたかったところだ。じゃあな』

「おい慎二」

 呼びかけに返事はなく、一つ溜息をついてから声の途切れた受話器を戻して、ベッドにもぐる。後のことは後で考えよう。先のことはことが来てから対処しよう。今はとりあえず、眠い。

 

――― 一ヶ月後 午後一時 ロンドン 某空港

「やぁ、久し振り。衛宮。脊、伸びた?」

「―――――――――」

 連絡を受け空港まで出迎えに俺を待っていたのは、少しばかりの懐かしさと押しつぶされそうな後悔をもたらす少女だった。その髪もその目もその肌も、あのとき血染めに濡れた少女を、あの冬に初めて会った姉を、思い出させる。少女は鉛の棒でも飲んだ様に固まるこちらを下からのぞきこむようにして少し不満げに、

「なんだい、その顔は。喜べよ。親友との再会だぜ」

「ん、あ、いや。悪い、少し、な。―――久し振り、慎二」

「ふん?何をボケッとしてるんだか、只でさえ締まりのない顔してるんだから意識しないとますます馬鹿に見えるぞ。さて、遠坂はどこかな?半分くらいは会うこと自体が目的だ」

 そういってきょろきょろとあたりを見回す。しかし俺のほかに出迎えは無し。慎二はさらに不満げに顔をしかめ、俺に対して文句をつける。ここら辺は慎二のままだ。少し癖のついたウェービーヘアをポニー風にまとめているのも乳がでかいのもいっそ救われる。

「何だよ何だよ、遠坂は如何した?せっかく会いに来たのに出迎えにもこれないのか」

「俺と違って忙しいのさ。天才には天才なりの苦労がある。さ、荷物を持とう。夜まできちきちらしいから、荷物を置いたら観光案内でもしてやるよ」

 そう言って慎二の荷物を受け取る。さも当然のように受け渡した慎二はにんまりと笑い、

「なんだい、衛宮にしては気がきくじゃないか。てっきり言うまで持たないものかとおもってたのに」

 とりあえず、最初から荷物持ちにはする気だったらしい。

「いや、ほら、一応男だしな。女の子に重いもの持たせるのもどうかと」

「―――は?」

「だから、慎二は今女の子だろ?だったらジョンブルの国に住むものとしてはきちんとしないとな―――顔が赤いがどうした?」

「ば―――」

「ば?」

「バカじゃないのか、衛宮は!僕が女だろうが男だろうがお前は僕の荷物を持つ義務があるんだよ!」

「はは、なんだ、それ。暴論だぞ」

  苦笑しながら荷物を担ぎあげ空港の出口に向かう。後ろで慎二が「ホント、バカ……」とか呟きながらついてくる。うん。慎二ならこれくらいじゃないとな。これなら、慎二を慎二として扱える。これなら、彼女を思い出さない。

「ああ、それと」

「な、なんだよ」

「できればスカートはやめてほしかった。あと化粧も」

「―――それは桜に言ってくれ」

「仲が良さそうで安心したよ」

さて、ロンドン観光の開始である。

 

「ベーカー街はどっちだ?」

「あっち」

 

「ロンドン橋落ちたー、落ちたー♪」

「唄うな、縁起でもない」

 

「脂っこい。もういらない。衛宮やる」

「ハズレが多いんだよな、名物なのに」

 

「イギリスもういいや。飽きた。えーとヒースロー行きはっと……」

「こらこら」

 

「七時前か。喫茶店で時間でもつぶそう。コーヒーの旨い所な」

「紅茶飲め、紅茶」

 

 喫茶店に入り近況を話し合う。イギリス料理も慣れれば悪くないとか学園を卒業して改めて金の偉大さを噛みしめただとかあかいあくまとあおいあくまの闘争が激化しているとか柳洞寺が近々文化財だかに登録されそうだとか、しばらく話したところで一つ気になっていたところを聞いてみることにした。

「―――慎二、戻れなかったらどうするんだ」

 慎二はふむ、と少し考えた後、

「そうだな、子供でも産んで間桐を継がせようか」

「それは、魔術師として、か?」

「でなければ意味はないさ」

 冗談めかして言ってはいるが、その目の奥に暗い炎を揺れるのを見た気がした。あれは何だろう。あれは、あの暗さは、あの熱さは、俺が衛宮になったあの地獄を思い出させる。ああ、もしかして。もしかして、慎二の中にはあの黒い太陽があの泥が未だ澱のようにこびりついているのだろうか。お願いだ、慎二。彼女と似た髪で目で肌で、そんな事を云わないでくれ。お願いだ―――。

「確実に自分の子供を残せることになったんだ。尚且つ僕の体はある意味じゃあり得ない位の神秘をはらんでいる。この際、間桐を拓くのも、悪くない。―――衛宮。マキリの性質を知っているか?支配だよ。支配」

「支配―――」

「『騎士王』アーサー・ペンドラゴン

『光の皇子』クー・フーリン

『化物』メデゥーサ

『英雄』ヘラクレス

『魔女』メディア

『厳流』佐々木小次郎

『■■■』■■■

『英雄王』ギルガメッシュ。

こんな埒外の英霊達を唯の三度とはいえ縛り屈服させ隷属させ、魔法に近づけるだけの神秘、令呪を作り上げたのはドコだと思ってる。なぁ、その技は本人が失伝させたがその傷痕は残ってるんだ。それを腐らせるなんて、衛宮、もったいない、だろ?」

 優しく絡みつくような言葉で慎二は言う。慎二。慎二。お前は其処を目指してどうする気だ。其処に至るために何をする気だ。なんで普通に生きようとしない。なんでこちらに来ようとする。忘れろ、あんなことは理解の外に置け。関わるな。夢でも良い、幻でも良い。なんでもいいからアレを現と見るんじゃない。そうすればお前は、彼女は普通に生きていけたのに―――

「なんだ、どうした。吐きそうな顔して人の話を聞くんじゃないよ―――とにかく戻れないなら其処を目指すのも良い。ぶっちゃければ『始祖』っていうのがカッコイイ」

 そのどうしようもなく単純な理由にほっとする。その程度の理由なら実に慎二らしい。その程度の理由なら、諦めさせることだって、きっとできる。

「……納得。それはお前らしい。ああ、それと―――何で全員の真名知ってるんだよ」

「僕は自分の特技を大切にしてるんだ」

「特技?」

「名推理。いいかい、衛宮?名推理に過程は要らない」

「おいおい」

「だからな」

「ん?」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――知ってるぜ?」

 

―――午後十時 ロンドン 某所

「――――――――――!――――――!!―――――ッッッッ!」

「予想以上だな、衛宮」

「全くだな、おい、遠坂。優雅優雅」

「―――っく。わざわざロンドンくんだりまで私を殺しに来たのかしぶふっ」

「エレガンテの残り滓もないな、衛宮」

「全くだな。おい、遠坂。エレガントエレガント」

「なによ、私は何時だっくふふふふふ」

「おい、衛宮。いい加減ムカついてきたぞ」

「全くだな。おい、あかいあくま。ツンデレツンデレ」

「―――なによ、それは」

ようやく落ち着いたらしい遠坂は、頭のてっぺんからつま先までそれこそなめるように慎二の体をじっくりとみてから

「ふぅん、ふぅん、ふぅーん。間桐くん、間桐くん、間桐、くん。くくくくくくく」

「いい加減話を進めようぜ。僕も早いところ男に戻りたい」

「うーん、でもねぇ。間桐くんの体ってさぁ、ホムンクルスの心臓を強引に押し込まれてそこから聖杯を展開して挙句むりやり引き抜いて、で、今度は女になって……いいのかな。これ以上手を入れて」

 うん。改めて考えてみれば、慎二は何回死んでてもおかしくはないな。むしろ、生きてる方が不思議だ。言わないけどね。

「本当に何で死んでないのかしら、間桐くん」

 こうやって遠坂が口を滑らせるしな。ああ、ひくついてるな。慎二。

「僕が死ぬのは世界の損失だからね。抑止力でも働いてるんじゃない?」

「その自信の根拠はなに?まあ、心当たりは当ってみるけど気長に待ってね」

 

――― 午前一時 ロンドン 某所

「―――衛宮、起きてるかい」

 あのあと三人頭突き合わせて再び近況報告会と相成った。まあ概ね遠坂が慎二に対して桜のことを聞くばかりではあったが。それも開けてうとうととしていたところで呼びかけられ寝ぼけながら声の主を見て―――息の仕方を忘れた。

「イリ――――」

「は?なんだって?」

「あ、慎二、か。なんでもない、只の寝言だ、気にしないでくれ」

 慎二は怪訝そうに眉をひそめたが、ベッドに仰向けになっていた俺の顔を覆いかぶさるようにして覗き込む。ぎしりと、スプリングがきしむ。顔が、近い。髪が触れる。目が、あの赤い眼が俺をまっすぐにみている。瞳の中に俺がいる。彼女を救えなかった俺がいる。

 ああ、イリヤ。恨むなら俺を恨めばよかったのに。お前は俺を殺しに来たんだろう。お前を捨てた親父の代わりに俺を殺しに来たのなら、お前を死地に向かわせたその理由が俺だったのなら、あの状況でみているしかできなかった俺をこそ恨めばよかったのに。

「衛宮」

「なん、だ」

「遠坂のついでに桜を囲うくらいの甲斐性はないか?」

 そういったのは確かに慎二だった。その目に浮かぶのは暗い炎でも俺に対する非難でもなく―――

「頼むよ、僕の貞操がかかっている」

「……この一ヶ月で何があった」

 ただの恐怖だった。慎二は半ば泣きそうになりながら

「あいつの本性は蛇だ、影だ、くすくすわらってごーごーだ。いつからあんな他人の痛みのわからない奴に」

「それはそれで答えになっているが桜がそんな事をするわけがない。この嘘吐き」

「お前は親友よりも後輩を信用するのか」

 うう、と。今度こそは俺に対する非難を浮かべつつ言う慎二は顔を離し、ベッドの端に座りなおすと、ふうとため息をついてぶつぶつと愚痴をこぼす。―――たぶん遠坂の質問攻めに色々と思い出したんだろう。このまま寝るわけにもいかないので体を起して並んで座る。

「どいつもこいつも桜に対して甘すぎる。その分のツケを受け持つのはいつも僕だ。お前がこっちに来てからはますますひどくなってきている。しかもあいつ自身は自分が加害者だという自覚がない。何よりも他人を傷つけるのは無視だって知らないのか。こっちを見ろ。僕を見ろ。お前は誰に対して謝っているんだ。誰を憐れんでいるんだ―――ああ、もう」

振り払うように頭を振ると、俺をみて、

「こいつは何かご褒美でも貰わないとやってられないな」

「む、秘蔵のXO醤はやらんぞ」

「いるか。―――お前の魔術回路が欲しい」

 そういうと慎二は俺の首に腕をからめてくる。再び顔が近付く。離れようとしても思いのほかがっちりとつかまれて動けない。

「間桐を拓く。あれは結構本気だ。言ったろ。知っていると」

「男に戻るんじゃなかったのか」

「正直なところ、僕は後どれだけ生きられるか分からない。例えば今この瞬間に絶命したっておかしくはないんだ。だから、気長になんて待ってはいられない」

「は――――なに、を」

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。冬の聖女の末。数多の失敗の果てに出来上がったアイツは、あのガキはもともとがそんなことは望まれてはいなかった。あの戦争の「先」なんて望まれてはいなかったし諦めてもいた」

 何を言うつもりだ、慎二。いや、そもそも、何で知っている。お前は、只の魔術師にあこがれるだけの一般人だったはずなのに―――

「臓器には記憶が宿る。聞いたことはないか、衛宮。細胞記憶論とか言うらしいけど結構実例はあるんだ。いや、何もそんな話でなくとも、僕らは魔術に生きる者だろ。記憶が物質によらず伝播する。そんなに不思議なことか?お前だってサーヴァントの記憶を夢に見たろう」

「――――慎」

「何もいうな。聞けば揺らぐ。正直もう疲れた。一ヶ月は割に長いな。朝起きて鏡を見て声を聞き顔に触れ、常に自分以外の誰かがそこに居るのはもういやだ。ああ、どうせ容姿が変わるなら人格だってやっても良かったのに」

「――――」

 しばらくうつむいていたが顔をあげ屹然とした表情で

「お前の孕む「可能性」。そのすべてを間桐が貰い受ける」

「お前はそれで―――いいのか」

「相手がお前なら―――な」

 さらに顔が近付き――――

「ガンドガンドガンドガンドガンド!なによそれなんなのよ!?変態変態変態変態変態!そういうのはルヴィアだけで十分よ!」

「慎二?!慎二、死ぬなー!」

「痛い!熱い!寒い!死ぬ!いや殺せ!」

 遠坂。俺はここでお前に対してなんというべきなんだろうか。浮気しかけたことを謝るべきか割って入ったことに感謝すべきかはたまた空気を読めというべきかただ一つ確実なのは――――――いつから覗いていやがりましたか、コンチクショウ。

 

――― 午前二時 ロンドン 某所

「僕が死んだらホームズに依頼してくれ、衛宮」

「名探偵に頼むには少し難易度が低すぎないか?現行犯だし」

「は?フィクションの人物にどうやって依頼するのよ」

「煩い、真犯人。ドイルはワトソンの代理人だ」

 軽口を言い合う慎二はそう簡単に死にそうには見えないが、とりあえずベッドに寝かして養生させることにした。さて、実際の病気でないにしろなガンドの効能が身体機能低下ならば何か食べさせた方がいいのだろうか――――林檎擦って卵酒でもつくるか?

 なにか呪いの対処法としては間違ってる気がするが以上二つをもって戻ると、中から遠坂と慎二の話声が聞こえてきた。何とはなしに、聞き耳を立ててしまう。俺も人のことはいえないな。

「―――言っとくけどうっかりは封印しておけよ?崩落に巻きこまれたさすがに死ぬぞ。それに聞いた話じゃ柳洞寺も文化財か何かに指定されるらしいしな。そこでいきなり出来た大穴に飲み込まれるとか洒落にもならない。遠坂も少しは聖杯戦争の成り立ちを調べろよ、せっかく第一回からかかわるなんてアドバンテージがあるのにな。まあ、ウチの場合は本人がそのまま五回も関わってるなんて妖怪だったが。そんなだからあんな奴を引くんだよ」

「間桐くん」

「なにかな」

「私はあなたの息の根の止め方を取り合えずで27個ほど思いつくのだけれど?」

「ごめんなさい。お詫びにいい豊胸の手を」

「まずはガンドをもう一発」

「親切のつもりなんだが。それで?頼まれてくれるかな、セカンドオーナー殿」

「あなたも随分といやらしくなったわね。―――引き受けましょう」

「やれやれ、アインツベルンにはばれない様にな。あそこはまだまだ執着していそうだ」

「ああ、憂鬱。知りたくもない事を知ってしまったわ。んー、でも、んー。聖杯起動式、ね。んー、もったいない、かな。うん、もったいないわね」

「引き受けてから言うなよ。もしかして勢いか」

「んー?んふふ。まぁ、どうでしょうね。解体するにしても前回からの持ち越し、都合70余年分の魔力が残っているわけだし、間桐くんの言うように一日では終わらないわね。どうしようかなぁ」

「任せるよ。適当に協力者なり何なり見つくろいな。僕は協力できないしな」

「ね―――桜、元気?」

「あー、もう。どいつもこいつも何で目の前の僕をほっといて桜のことばっか言うのかね。ムカつくな。腹立つな。ほら、遠坂。僕に惚れてもいいぜ?」

「ね―――桜、元気?」

「無視かよ、おい無視かよ!ふん、元気さ。ああ、元気だとも!僕の純潔を狙うぐらいにはな!くそ、ライダーと二人して怖すぎるんだよ!前門に蛇!後門にも蛇だ!」

「嘘吐き、桜がそんな事する訳ないじゃない」

「お前らは!本当に!お似合いだ!」

 えっと、ほんの一分前までまじめな話をしていたような気がするんだが。まあ、これなら大丈夫だろう。こんこんとノックをして内側からドアを開けてくれるように催促する。

 

―――三日後 午後二時 ロンドン 某空港

 体調が回復するまで待って帰国と相成った慎二の見送りに今度は遠坂もついてきた。それなりに気にはしてるのか。

「じゃあ桜によろしくな」

「桜によろしくね」

「僕はいい加減泣いてもいいと思うんだが?くそう、帰りたくねー。遠坂ー、あの部屋もう一人くらい入らない?」

「じゃあ桜によろしくな」

「桜によろしくね」

「―――はて。親友ってなんだっけ。友情ってなんだっけ。もう何も見えない何もわからない。ちくしょー、お前ら二人とももう友達じゃねー」

 少々からかい過ぎたか。うずくまって床に意味のない図形を描きだした慎二の頭にぽんと手を置いて、

「いや、悪い悪い。元気でな、慎二。一応女の子なんだから道中気をつけろよ?」

「いやごめんごめん、早く帰れ」

「衛宮!素敵!抱いて!そして遠坂は要らん。あっちいけ」

「何よー、このホモ」

「ホモっていうな―――おっと時間だ。あ、そうそう衛宮」

「ん、なんだ?」

「恨んでなんかないよ、お兄ちゃん。だそうだ」

「は―――」

「言ったろ。人格をやってもよかったって。あのガキは今でも僕の胸の中で生きてるよ」

 それを言うと慎二は、

「―――じゃあな」

ロンドンを去った。

 

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