丹念に、という程でもないが蟲蔵への出入り口があった辺りをさぐってみると床近くに鉛筆大の穴が開いていた。やはりというかなんというか遠坂はもちろん、桜も遠坂の家系だけあって詰めが甘い。御爺様の身体については私よりも知っているはずなのに。

 少し考えれば思いいたる。

 間桐の蟲を使って身体を構築していた御爺様。では、その司令塔となる、御爺様本人となる蟲は一体どこに居たのか。御爺様の身体の中だとして、それをピンポイントで潰すことなど至難の業だ。心臓が体のどこにあるかわからなければ射抜くことなどできるわけがない。ならば、難を逃れた御爺様は果たして何処に行くか。無論、蟲蔵に戻り身体を再構築するに決まっている。

 やれやれ肉親ながら、随分と人間離れしてしまったものだ。

 物置から持ち出したスコップで潰された出入り口を掘り進めながらそんな事を考える。程無く四つん這いで入れるほどの穴を空いた。ごそごそと潜り込んでしばらく進むと急に開けた空間に出た途端甘く粘りつく空気が全体に漂う。ここに来るのは二度目、前回ここに入った時のことを思い出し、自分がこれから見るであろう光景を想像し、喉元までこみあげてきた吐き気を押し戻す。

 鼻を吐く刺激臭で気を取り直し改めて、階段を踏みしめながらゆっくりと下りて行くと徐々に強くなる臭気とともに怨嗟の叫びのような唸り声が聞こえて来た。更に進むと、その内容が聞き取れるほどにはっきりしてくる。あちら側でもこちらに気がついたのか、声がはっきりとした意志をもって話しかけてきた。

――――おお、慎か

「御爺様……」

 こちらの呼びかけに御爺様のあの低い笑い声が蟲蔵全体にこだまする。

―――よく来た。ここじゃ、ここじゃ

 蔵の底にたどりつき御爺様の声のもとを探して視線を走らせると程なく半分ほど崩れた御爺様の体を見つける。その姿に、かつてあこがれた偶像が生々しい腐った肉の塊になり果てた現状に思わず目を背ける。

―――どうした。もっと近くにきなさい

「御爺様、ご無事で」

―――無事ではないわ。締め切られたせいで蟲達が腐っていく一方。ままならん。ほれ、慎。もう少しこちらに

「いえ、このままでお聞き下さい。聖杯戦争は終結しました。汚染されていた聖杯は破壊されました」

―――では、また次の機会じゃな

「桜は現在入院中ですが一年以内には退院できそうです」

―――ふむ。命に別状がなければ一安心というもの。さあ、慎こちらに

「お、御爺、様。わた、私をど、どうするつも、り……ですか」

―――御主の望むように魔術師にしてやろうと思ってな

 その声とともに私ににじり寄っていた蟲が一斉に飛びかかってくる。その様子を見ながら私の心はむしろ冷え込んで、一瞬前まであった御爺様への憧憬も情も今度こそは腐り果てた。

 四肢に奔る肉を食われる激痛を堪えながら掌中のオイルライターに点火し足もとで刺激臭を放っていた灯油に着火する。火はあっという間に燃え広がり薄暗かった蟲蔵の中をオレンジ色に煌々と照らしだす。

「御爺様、もう嗅覚や視覚は死んでいるのですか。私が上の方でポリタンクをぶちまけていたところは見えませんでしたか」

―――血迷ったか

「わたしはもう魔術以外の寄る辺を見つけたのです。さあ、御爺様、最期位は見届けてあげましょう」

 痛みを押し殺しながら吐きだした私の言葉に御爺様はしばし沈黙し先ほどよりも倍増しにけたたましい哄笑をあげた。

―――この程度の炎で蟲共が死ぬものか、やはり貴様は出来そこないよ

「まったくよねえ」

 唐突に第三者の声が私たちの間に割り込んできた。その真っ赤な声の主は、お得意の宝石魔術を展開する。

「と―――遠坂?!」

「息を止めなさい。喉を焼くわよ」

 二節の詠唱より放たれた炎が私を包み込むと私自身もいくらかやけどを負ったものの、私にまとわりついていた蟲達を根こそぎ焼き払われていた。次いで私を囲むように現れた遠坂の家紋が燃え上がり足もとに群がっていた蟲達も同様に灰に変えていく。

「な、何であんたがここにくるのよ!」

「まず礼を言いなさいよね。さて、間桐臓硯。今度こそは一片残らず確実に焼き殺す。聖杯が破壊された以上貴方がこちらに残る理由もないでしょう」

―――この蟲蔵で儂に勝てるつもりか

「もちろん。遠坂が戦う以上は勝利以外にあり得ない」

 三度響きわたる御爺様の笑い声を合図に御爺様の体を構成していた淫虫以外の間桐の蟲が蔵の中から湧いて出てくる。万群の蟲に隠れた御爺様と対峙した遠坂はそれでも気負うことなく私の防御結界を維持したままガンドと炎を操りながら真正面から正々堂々、文字通り蹴散らして行く。それを見ながら私は迂闊にも遠坂を認めてしまった。そしてたった一瞬だろうとそう思ってしまった以上は最早遠坂を憎むことなど不可能だ。

 遠坂は私のそんな思いなど知る由もなく只只、御爺様の手勢を蹂躙しつくしていき本当に蟲蔵の蟲全てを殺しつくし御爺様の目の前まで至った。

「遺言は、あるかしら」

――――それは生き損った者の戯言じゃ。儂は此れまでの一切を肯定し合切を誇る

 遠坂はそう、と短くいって極大の紅蓮で御爺様を荼毘に付した。焼き殺される苦しみに漏れる意味の無いうめき声が徐々に小さくなっていきやがて炎ともに消えうせるその一瞬に死にたくないと、文字通り蟲の様に小さな声が私に耳に届いた気がした。それこそが五百年間生きた御爺様の本当の遺言だった。

 しばらく迷った後にさようならと、口の中で呟いた。

 程無く私の周りの炎も鎮火し遠坂がこちらにやってきたので、渾身の力を込めて殴りつける。が、するりと円運動で受け流され逆に身体に軽く当て身を食らう。

「肉親を殺されて笑って礼をいうようならぶっ飛ばそうかと思ってたけど、どうやらその必要はなさそうね」

「ッハ。当然でしょう。私がやってこそ意味があるのだから。それで?なんでここにいるのかしら。遠坂に気づかれるほどのそぶりは見せたつもりはなかったのだけど」

「それは道々。さっさと出ましょう」

 外に出れば既に私が放った火の手は間桐邸全体に回っていたが不思議な事に玄関までつっきるかたちで道が一本残されていた。聞けば防火結界を張ってきたらしい。

「いくら道を確保してても屋敷自体が崩れ出したら意味はないんだから、急ぎなさい」

 道を駆け抜けながら改めてここに来た理由を聞けば桜の脊髄を交換した際に残っていた蟲とつながれたラインをたどり御爺様の生存をしったのだという。あの狙い澄ましたようなタイミングは何かと聞けば相応の準備をしてきたところ私が蟲蔵に入り込むところに遭遇したために少しばかりの様子見でまさしくタイミングを計っていたらしい。

「で、なんで衛宮じゃなくてお前が来るのよ」

「あ、不機嫌の理由はそこなんだ?彼の魔術は対人戦闘とかタイマン向けで、あの手の相手は不向きでしょ、だから内緒にしてたわけ。て言うか、あなた明日から何処に住む気よ。火災保険くらい入ってるでしょうけど、ホテル暮らしでもするの」

「ん?桜と一緒に衛宮の家に住み込む気だけど」

「それはそれは、桜も気の毒に。桜の気持は気付いてるんでしょ」

「欲しけりゃ略奪すればいいのよ。あの子も間桐なんだから―――遠坂、お前も来る?」

「どういう風の吹きまわしかしら」

「別に。にぎやかになった方が楽しいかと思ってね。あのあくまっこの相手は正直お前以外に務まりそうはないし」

「はは、何それ。もしかしたら結託するかもしれないわよ」

「―――実はね遠坂」

「なによ」

「私、もうお前のことそこまで嫌いじゃないのよ」

「あっそ―――ま、気が向いたら遊びに行くわ」

 

 

 

 

 

私の横に衛宮が居る。

その向こうに桜が居る。

その向こうに遠坂が居る。

衛宮の対面にイリヤスフィールが居る。

その向こうに藤村も居る。

騒がしく、皆で食卓を囲んでいる。

がやがやと騒ぎながら食事をする。

伊草の匂いと日の光を浴びながら箸を動かす。

料理一つ一つの味がはっきりと舌を楽しませる。

朝の入浴は純粋に楽しみのために行うようになった。

桜が私と遠坂をまとめて姉さんと呼ぶようになってしまい非常に紛らわしい。

晩には遠坂とイリヤスフィールに衛宮、桜ともども魔術を習っている。

遠坂は卒業すれば時計塔に行ってしまうというのでそうなれば必然イリヤスフィールのみに魔術を習う事になってしまう。そら恐ろしい。

魔術回路がない私は遠坂の伝で取り寄せた資料よりルーン魔術を独学で習得しようともしている。

新しい間桐邸はもう少し光が入るつくりになるようにしている。

御爺様の墓を新しく建てた。

そして最近、無条件で幸せな空気というものがそれほど苦手でもなくなってきた。

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